価値ある芸術支援プログラム、「ロレックス メントー & プロトジェ アート・イニシアチヴ」を知っていますか?

  • 文:並木浩一

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世界中の才能ある若いアーティストたちと各分野の第一人者を結びつけ、一対一の指導を通したクリエイティブなコラボレーションの機会を提供するプログラム、「ロレックス メントー & プロトジェ アート・イニシアチヴ」。世界の注目を集めるその内容をご紹介する。

2018-2019年度のメントーとプロトジェたち。左から、サー・デイヴィッド・アジャイとマリアム・カマラ(建築)、コルム・トビーンとコリン・バレット(文学)、クリスタル・パイトとコウディア・トゥーレ(舞踊)、ザキール・フセインとマーカス・ギルモア(音楽)。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli

もしあなたが新進のアーティストであったら、その分野で巨匠と認められた芸術家と一対一で、しかも2年もの間、創造的なコラボレーションの機会が与えられることを、にわかに信じられるだろうか。そんな夢を実現しているのが、2002年から始まった「ロレックス メントー & プロトジェ アート・イニシアチヴ」。何世代にもわたってアーティストたちの知識が継承されていくことを目的とするこのプロジェクトは、ロレックスの創立者ハンス・ウイルスドルフの時計製造におけるビジョンや価値観が反映されたユニークな芸術支援活動だ。2年に一度行われ、偉大な指導者(メントー)たちは、それぞれひとりの才能ある生徒(プロトジェ)を選ぶ。芸術の各分野で次の世代に知識の伝承が行われるのだ。濃密な2年間は、師弟関係でもありながら世代を超えた才能が交歓し、ときには熱い意見が交わされ、ひとつの成果に結実していく奇跡的な時間。そしてプログラムの最後には、その出会いなしには生まれ得なかった唯一無二の芸術作品などが「ロレックス アート・ ウィークエンド」で世界に披露されるのだ。

「ロレックス アート・ウィークエンド」で披露された、 2018-2019年度の成果。

プログラムの成果を発表するイベントが、ロレックス アート・ウィークエンド。2018-2019年度のペアによるイベントは 2020年2月8~9日に南アフリカ共和国ケープタウンのバクスターシアターセンターで開催された。写真はアートを愛する観客を前に実施されたトークセッション「格差時代のアーツ」より。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli
毎回、場所を変えて行われるロレックス アート・ウィークエンド。2018-2019年度の会場に選ばれたバクスターシアターセンターは、関係の深いケープタウン大学にほど近い歴史的地区に1976年に建設されたもの。劇場兼コンサートホールを中心にした複合文化施設だ。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli
妹島和世(下左)は、2012年に新たに加わった建築分野の、初めてのメントー。日本を代表する建築家とペアを組んだプロトジェは中国の新進建築家、ヤン・チャオ(右)。その成果である東日本大震災の被災地・気仙沼に建てられた「みんなの家」は、高い評価を受ける建築物。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

地球規模に広がる、クリエイティブコミュニティ

ロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチブは、芸術の8ジャンルにおいて実施され、2年ごとに4組のメントー&プロトジェが選ばれる。2018-2019年度に実施されたのは「建築」「音楽」「舞踊」「文学」。過去にこのジャンルでメントーを務めた顔ぶれには、文学では米黒人女性初のノーベル文学賞作家トニー・モリソンら。音楽ではブライアン・イーノやユッスー・ンドゥール、ジルベルト・ジルなど多彩な名が挙がる。舞踊ではコンテンポラリー・ダンスの第一人者であるウィリアム・フォーサイス、イリ・キリアンと並び、2004-2005年度には勅使河原三郎が務めた。建築は2012年から始まった分野だが、その最初のメントーは妹島和世であった。いままでメントーを務めた世界のアーティストは54名。それぞれが選んだプロトジェの国籍は36カ国にもおよぶ。このプログラムが与える影響は、地球規模のもの。このプログラムを通じて、世界中のアーティストたちのクリエイティブ コミュニティが築かれているのだ。

2018-2019年度、建築分野のメントー、サー・デイヴィッド・アジャイ(左)とプロトジェのマリアム・カマラ(中央)によるトークセッション「ニアメ、ニジェール川沿いの公共空間」。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli
文学の分野のメントーであるアイルランド人作家コルム・トビーン(右)と、プロトジェのコリン・バレット。コラボレーションから生み出されたバレット初の長編小説「THE ENGLISH BROTHERS」の抜粋の朗読を交えながら、ふたりのディスカッションが披露された。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli

2年間の成果を披露するパブリックイベント

ロレックス アート・ウィークエンドは、2年間にわたるプログラムの成果を世界に発信する注目のイベント。観客は、メントーとプロトジェや華麗なゲストらによる成果の披露と、生のセッションに触れることができる。ジャンルやペアによってプレゼンテーションの方法は異なる。建築分野では長い期間を企画・設計に費やすが、その成果の実物を会場に持ってくることは不可能だ。しかしプロジェクトの様子をスクリーンに投影しながら、建築家たち自身の言葉で語ることによって、どのような形で知識の伝承がなされたのかが明らかになる。文学の分野では、成果である小説の朗読とメントーとプロトジェの討論が、書かれた文字に命を吹き込む。

舞踊分野のパブリックパフォーマンスは、プロトジェのコウディア・トゥーレ(右から2番目)と、トゥーレの所属カンパニー“ラ・メール・ノワール”による「When the night comes」が世界初公開された。メントーのクルスタル・パイトとの対談も行われた。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli
インドの打楽器タブラの奏者として世界的に有名なメントーのザキール・フセイン(左)と、プロトジェのアメリカ人ドラマー、マーカス・ギルモア。成果として完成した2楽章からなるオーケストラ曲「Pulse」の初演と、ふたりでのセッションが行われた。photo:ⒸRolex/Reto Albertalli

才能の花を開かせ、芸術を広めていく。

ロレックス アート・ウィークエンドの会場となったバクスターシアターセンターは、南アフリカの国際都市ケープタウンでは誰もが知る有名な文化施設である。クラシック音楽のコンサートから民族音楽、クラシックバレエからモダンダンスのパフォーマンスまで多彩なプログラムを用意し、ジャンルや人種を超えたアフリカを代表する、芸術と文化の殿堂となっている。実はこの施設のディレクターは、2004−2005年度のロレックス メントー & プロトジェ アート・イニシアチヴで、舞台芸術分野のプロトジェだったララ・フットだ。当時のメントーは、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの創設者であり、英国ナショナル・シアターの芸術監督も務めたサー・ピーター・ホール。サミュエル・ベケットのイギリス初演も彼なしではあり得なかったといわれる人物なのだ。優れたメントーとの出会いを導いたプログラムは、無名の芸術家の才能を花開かせた。芸術を広めることの意義、そのための知識の伝承がしっかりと行われていることがわかる。

メントーとプロトジェが紡ぐ、熱き想いと絆。

建築界でその一挙手一投足が注目を集めるイギリスの建築家、サー・デイヴィッド・アジャイ(左)。建築分野のメントーとして彼がプロトジェに選んだのは、アフリカというルーツを共有する、ニジェール出身のマリアム・カマラだった。photo:ⒸRolex/Thomas Chéné
マリアム・カマラと彼女のアトリエが手がけた「リージョナル・マーケット」(ニジェール、ダンダジ)を訪れたサー・デイヴィッド・アジャイ。photo:ⒸRolex/Thomas Chéné

アフリカをルーツとする、建築家ふたりのセッション

デイヴィッド・アジャイは、現代で最も注目される建築家のひとりだろう。代表作として知られるワシントンD.Cの国立アフリカ系米国人歴史文化博物館、ニューヨーク・ハーレム地区で手がけた複合施設「シュガー・ヒル」など、彼の建築には、誰もが賛辞を惜しまない。その巨匠が、知識を伝承する相手に選んだプロトジェが、ニジェールの首都ニアメを本拠地とする建築家マリアム・カマラ。これにより、彼女もまた世界的な知名度を得て、アーティストのコミュニティに迎えられたといってよいだろう。多忙なアジャイだが、彼女のためにニジェールを訪れている。ふたりのコラボレーションは、マリアム・カマラのアトリエで現在進行中のプロジェクト「ニアメ文化センター」に昇華している。

舞踊分野のメントー、クリスタル・パイト(右)とプロトジェのコウディア・トゥーレ。パイトの活動拠点であるカナダ、バンクーバーのスコシアバンク・ダンスセンターでのワーク・セッションの光景。photo:ⒸRolex/Tina Ruisinger
身体そのものが作品ともいえるダンスでは、そもそも振り付けも指導も対面でのワーク・セッションが不可欠になる。パイトとトゥーレは、今回のロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴで多くの時間を共有した。photo:ⒸRolex/Tina Ruisinger

若手ダンサーの運命を変えた、濃密なコラボレーション

2018-2019年度のロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴで、メントーとプロトジェの関係が最も濃密であったのは、舞踊分野のクリスタル・パイトとコウディア・トゥーレだろう。ダンスの世界でパイトの存在感は絶対的。振付家の巨匠ウィリアム・フォーサイスに師事し、その後継者とも目されるスーパースターが選んだ“生徒”は、セネガルで活動するヒップホップのストリートダンサーだった。ジャンルすら異なるように見える無名のコウディア・トゥーレは2年間、パイトに同行し、世界中のダンス・カンパニーを訪れた。トゥーレは、ダンスの分野で世界的なアーティストのコミュニティに迎えられ、このプログラムがひとりの女性アーティストの運命を劇的に変えたのだ。

文学分野のメントーであるコルム・トビーン(右)と、プロトジェのコリン・バレット。ふたりともアイルランド出身という共通点があるが、カナダ在住のバレットが、トビーンが教鞭をとるコロンビア大学の研究室でセッションを受けたことも。photo:ⒸRolex/Bart Michiels
ニューヨーク公共図書館でのトビーンとバレット。トビーンは2016年のアカデミー作品賞ほか3部門にノミネートされた映画「ブルックリン」の原作者でもあり、アメリカでも抜群の知名度を持つ。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

巨匠と過ごした時間から、初の長編作が生み出された。

文学分野のメントーは、アイルランド生まれの作家コルム・トビーン。映画化されてアカデミー作品賞候補となった小説「ブルックリン」の作者として知られているが、劇作家で詩人でもあり、教育者としても高い評価を得ている。そのトビーンのプロトジェに選ばれたのが、同じアイルランド出身のコリン・バレット。すでに日本でも出版された短編集『ヤングスキンズ』の著者でもある。英語圏では一般に、短編(ショートストーリー)の著者と長編小説の作家には、大きな隔たりがある。しかし、トビーンとの時間は、パレットにはかりしれない影響を与えた。バレットは最初の長編小説『The English Brothers』を脱稿し、ランダムハウス社から 2021年に刊行予定だ。

インドの打楽器タブラの奏者として、即興を駆使したその超絶技巧と優れた芸術性で世界に知られたザキール・フセイン(右)が、音楽分野のメントー。プロトジェはアメリカで活動するジャズドラマーのマーカス・ギルモア。photo:ⒸRolex/Hugo Glendinning
インドだけでなく、ニューヨークでもワーク・セッションが行われた。インド音楽とジャズという分野の違いはあるが、打楽器奏者という共通点がある。そしてギルモアにとっては、作曲家としてのフセインもまた尊敬の対象。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

先達の助言によって実現した、作曲へのステップアップ

代表的なタブラ奏者であると同時に、インド音楽の巨匠として知られるザキール・フセイン。彼のプロトジェに選ばれる幸運を得たのは、同じ打楽器でもジャズのドラマーであった。そのマーカス・ギルモアはチック・コリアとのユニットで来日公演の経験もあるが、ドラムだけでなく作曲をも手がけたいと熱望していた。そして2年間、ギルモアが続けていたのは、ドラムやジャズミュージシャンも絡む、本格的なクラシック・オーケストラの演奏曲。作曲家としても偉大な先達であるフセインの助言を受けながらつくられた曲「Pulse」は、ロレックス アート・ウィークエンドで披露された。

2020−2021年度のロレックス アート・イニシアチヴも既に、メントーとプロトジェが決定。

舞台芸術分野のメントーは、世界的な演出家として知られる、イギリス出身のフィリダ・ロイド(左)。代表作であるミュージカル『マンマ・ミーア』を知らない人はいないだろう。彼女はプロトジェに、NYで活動する若手演出家ホイットニー・ホワイトを選んだ。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

大胆かつ革新的な作品を生み出す舞台演出家。

2020−2021年度のメント―とプロジェもこのほど決定し、先のアート・ウィークエンドで発表された。舞台芸術分野のメントーはフィリダ・ロイド。彼女は劇団四季のレパートリーにも加わった、世界的大ヒット作『マンマ・ミーア』の舞台演出と映画版の監督を務めている。映画の主役だったメリル・ストリープが主演した『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』も彼女が監督。ストレートプレイからオペラまでも演出する多才な彼女がプロトジェに選んだのは、ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするホイットニー・ホワイト。ミュージシャンであり作曲、女優でもある若手演出家とのコラボレーションがどんな化学変化をもたらすか、目が離せない。

映画分野のメントーは、スパイク・リー。代表作『マルコムX』ほか、社会的影響力の高い映画をつくり続けてきたレジェンドが選んだプロトジェは、カイル・ベル。ネイティブアメリカンである自身のルーツに関わる映像にこだわる、若手の映画監督だ。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

高い社会意識をもつ、アメリカ人映画監督。

スパイク・リーは2020年、アフリカ系アメリカ人として初めて、カンヌ映画祭コンペティション部門の審査委員長に選ばれた(映画祭は延期)。さまざまな意味で注目される多忙なこの年に、彼はロレックス・メントー&プロトジェ・アート・イニシアチヴのメントーを引き受けた。彼のプロトジェ、カイル・ベルは、ネイティブアメリカンのドキュメンタリーを撮り続ける映画監督であり、社会派の映像作家だ。2015年に初めてカメラを持ったという彼が、映画界のレジェンドからどのような薫陶を受けるのだろうか。

視覚芸術分野のメントーは、キャリー・メイ・ウィームス(右)。1980年代から写真家・映像作家として活躍する巨匠だ。彼女のプロトジェは、コロンビア人若手ビジュアルアーティストのカミラ・ロドリゲス・トリアーナ。photo:ⒸRolex/Audion Desforges

分野を超越し交流・探求を続ける視覚芸術家。

1953年生まれのキャリー・メイ・ウィームスは、約40年にわたって活躍してきた写真家・映像作家。初期のテーマ「キッチンテーブル・シリーズ」(2016年に写真集として出版)など、黒人女性の視点で切り取られた日常風景の芸術性は高く評価され、世界各国での展覧会開催、作品の常設展示に至った。2014年には黒人女性として初めてグッゲンハイム美術館で回顧展『Three Decades of Photography and Video』が開かれている。その巨匠がプロトジェに選んだカミラ・ロドリゲス・トリアーナは、ドキュメンタリーの映画監督・ビジュアルアーティストとして、現在コロンビアとフランスを行き来しながら活動している。

オープンカテゴリーのメントーは、作曲家、作詞家、歌手、俳優として知られるリン=マニュエル・ミランダ(右)。ピュリッツァー賞、グラミー賞、エミー賞、トニー賞の受賞歴があるアーティスト。プロトジェはアルゼンチン人のアグスティナ・サン・マルティン。photo:ⒸRolex/Bart Michiels

錚々たる受賞歴を誇るクリエイター&俳優。

2020-2021年度のロレックス メントー&プロトジェ アート・イニシアチヴには、新たに“オープンカテゴリー”分野が設けられた。超域的な芸術を受け入れることができるこの分野のメントーは、リン= マニュエル・ミランダ。2015年からブロードウェイでロングランを続け、数々の賞を受けて社会現象となったともいわれるミュージカル「ハミルトン」では、なんと脚本・作曲・作詞・主演をすべてひとりでこなしている。驚くべきそのマルチな才能が選んだプロトジェは、アグスティナ・サン・マルティン。『Monster God(原題“MONSTRUO DIOS”)』が2019年のカンヌ映画祭短編部門で審査員特別賞(MENTION SPÉCIALE)を受賞し、一躍、有名になった新進の映画監督だ。

4組のメントー&プロトジェは、これから2年間にわたり、濃密な関係を築いていくことになる。ロレックスの創立者ハンス・ウィルスドルフのビジョンや価値観、芸術支援への想いは、ロレックス メント―&プロジェ アート・イニシアチヴ を通じてさらに次世代へと受け継がれようとしている。

ロレックス メントー&プロジェ アート イニシアチヴ www.rolex.org/ja/rolex-mentor-protege