“伝説のバーマン”、チャールズ・シューマンに島地勝彦が薦めたい東京のトップバーとは?

  • 写真:峯 竜也
  • 文:ペン編集部

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エッセイスト&バーマンとして活躍する島地勝彦さんと、“伝説のバーマン”、チャールズ・シューマンさんの対談が実現。島地さんがシューマンさんを案内したい、東京のトップバーとは? そこで飲むべき究極の一杯とは? この都市が誇る名店について語ってもらいました。

エッセイスト&バーマンの島地勝彦さん(左)と、『シューマンズ バー ブック』(河出書房新社)の著者であり、ミュンヘンにある「シューマンズ バー」のオーナーであるチャールズ・シューマンさん(右)。

桜の花がほころび始めた3月のある日の午後。エッセイスト&バーマンの島地勝彦さんは、伊勢丹新宿店メンズ館8階にあるバー「サロン ド シマジ」のカウンターに立っていました。『週刊プレイボーイ』や『PLAYBOY日本版』の編集長として腕を鳴らし、数々のヒット企画や連載を手がけた島地さんですが、珍しくどこか緊張した面持ち。それもそのはず、あの世界的に有名な伝説のバーマン、チャールズ・シューマンさんが島地さんに会いに来るというのです。

シューマンさんは、4月21日に渋谷のシアター・イメージフォーラム他で封切られる映画『シューマンズ バー ブック』のプロモーションのために来日していました。この映画は、彼がニューヨークやパリ、ハバナや東京のトップバーを訪れるドキュメンタリー。島地さんは、そのパンフレットに寄稿しました。すると、それを読んだシューマンさんは、「これは私へのラブレターだ!」と感激して、どうしても島地さんに会いたくなったそうなのです。

島地さんは、編集者を辞めてから71歳の時にバーマンを始めた、いわば“にわかバーマン”。これに対し、シューマンさんは世界中のバーで愛読されるカクテルレシピ本『シューマンズ バー ブック』の著者として名を知られるカリスマ的存在です。今回の対談はどうも位が違い過ぎるのではないか、と島地さんの脳裏に一抹の不安がよぎったその時、シューマンさんは颯爽とサロンに姿を現したのでした。

“伝説の編集者”と“伝説のバーマン”が対面。

初対面にもかかわらず、すぐに打ち解けるふたり。まるで再会を喜ぶ親友のように会話が弾む。まずはウイスキーで乾杯!

老練なバーマンの風格からは想像もつかないほど、気さくでフレンドリーなシューマンさん。初めて対面する島地さんと、あたかも10年来の親友のように打ち解けます。「ずっとお会いしたかった」とシューマンさん。島地さんも、「私もこんなに早く会えるなんて夢のよう。嬉しいです」と答えます。

挨拶を終えると、シューマンさんは早速バックバーにずらりと並んだウイスキーに興味津々の様子。日本有数のシングルモルトウイスキー通である島地さんがセレクトした希少なボトルの数々に目を見張ります。カクテルメイキングの巨匠として名高いシューマンさんですが、実は大のウイスキーファン。ミュンヘンにある「シューマンズ バー」の2階に自らつくりあげた店「悪の華」は、もともとウイスキー専門のバーにしたかったというほどの熱心ぶりです。

そんなシューマンさんに島地さんが薦めたのは、「スパイシーハイボール」。スコットランド・スカイ島産のモルト「タリスカー 10年」をソーダで割り、ピートで燻製したブラックペッパーを振りかけた一杯です。ゲール語で「あなたの健康を祝して」を意味する乾杯の挨拶「スランジバー」の掛け声とともに、伝説の編集者と伝説のバーマンの対談が幕を開けました。

憧れのシューマンさんを目の前に、トークにも熱が入る島地さん。自慢のスモーキングジャケットにお気に入りのアクセサリーをあしらい、“完全武装”でシューマンさんに挑む。

シューマン 島地さん。あなたに会えて本当に嬉しい。私の出演する映画のためにくださったご寄稿は、あなたの愛を感じる素晴らしいものでした。今日こうして、ようやくあなたと飲み交わすことができた訳ですが、その昔、私が『シューマンズ バー ブック』に書いたタリスカーに関する一文に感動してくださったというのは本当ですか?

島地 こちらこそ、お目にかかれて光栄です、シューマンさん。そのエピソードは本当ですよ。あなたはタリスカーを、「アイレー・モルトのリッチさと、ハイランド・モルトのデリケートさを兼ね備えた味わいだ」と評していらっしゃいました。これを読んだ時、なるほどその通りだと膝を叩いた記憶があります。私はかつて編集者をしていましたので、人の文才を見極めるのは得意ですが、あなたは物書きとしても素質がありますよ。バーマンとしては既に頂点を極められたのですから、次は作家になられてはいかがですか?(笑)

シンプルな濃紺のスーツに身を包み、颯爽と現れたシューマンさん。昔はモデルの仕事もしていたそうで、77歳となったいまも抜群のルックスは健在だ。

シューマン ご冗談を(笑)。あなたのご寄稿ですが、タイトルも実に秀逸でした。「バーカウンターは人生の勉強机である」。なんと含蓄のある言葉でしょう。これには私のほうが膝を叩きましたよ。

島地 ありがとう。ちなみにこのサロンでは、私が考えた格言をコースターにして、お客に手渡ししています。あなたがいまグラスを載せているコースターにも、同じ格言が書いてありますよ。実は、あなたに伝えたいとっておきの言葉があるのです。「男の顔は、40歳までは両親の作品であるが、40歳からは自分自身の作品である」。これに照らせば、シューマンさん、あなたの顔はまさに完成されたアートそのものですね。

シューマン いやいや。島地さんこそ、チャーミングでいいお顔をしていらっしゃる。それに、あなたは凄く若々しい。奇しくも私と同い年だそうですが、とてもそうとは思えませんよ。

島地 日本には不老長寿という言葉があるのですが、私がいつも“不良長寿”をモットーに生きていますので(笑)。その効果ではないですか? 遊びに淫することは、元気でいるためのなによりの妙薬ですよ。

シューマン ははは! それは面白い!

島地 遊びということで言えば、そこの壁に飾ってある書をぜひご覧になってください。若い頃、今東光大僧正という名僧にいただいたものなのですが、「遊戯三昧」と書いてあります。「人生は、遊びのなかにこそ真実がある」という意味ですね。シューマンさんも、そうは思われませんか?

今東光さんの書について語る島地さんと、説明に熱心に聞き入るシューマンさん。その思想は、心に深く響いたようだ。

その問いかけに、「同感ですね。こちらの書、写真に撮ってもいいですか? ぜひ覚えて帰りたいです」とシューマンさん。もちろん島地さんは笑顔で快諾。すっかり意気投合したふたりが2杯目の乾杯を済ませると、話題は東京のバーのことへと移ります。

2001年、バーマンとして初めて東京を訪れて以来、シューマンさんは、この都市のバーに魅せられ続けているといいます。格式のあるバーといえば、ホテルのラウンジや、歴史ある建物の中に鎮座する老舗が中心のヨーロッパ。それとは異なり、雑居ビルの一室や地下など、思いも寄らない隠れ家的なロケーションに、一流のバーマンが営む名店がひしめく東京。まるで高級寿司店のように、カウンターを隔ててバーマンとお客が一対一で対峙し、緊張感と心地よさが絶妙なバランスで保たれたこの都市のバーに、多大な影響を受けたそうです。

「東京でも行きつけはあるものの、知らない店もさらに開拓したい」と意気込むシューマンさん。そんな彼の話を耳にするや否や、ここは自分の出番とばかりに島地さんの腕が鳴ります。「それでは、私のお気に入りをあなたに教えて差し上げましょう」。果たして島地さんは、いったいどのような店を紹介するのでしょうか?

“旅するバーマン”は、ヨーロッパの息吹を伝える求道者だ。

隅田川のほとり、浅草は花川戸にある「バー ドラス」。磨き抜かれた店内には、オーナーバーマン・中森保貴さんが選び抜いたヨーロッパの酒や美しいアンティークのグラスなどがずらりと並ぶ。

はじめに島地さんが名前を挙げたのが、「バー ドラス」。浅草は花川戸という、隅田川のほとりにある一軒です。ちなみに「ドラス」とは、ゲール語で「ドア」を意味する言葉。この地名に着想を得て名付けられたそうです。

ヨーロッパの美酒がもつ真の味わい。そして、その生産者たちの情熱を余すところなく伝えたいと話す中森さん。

シューマン 東京のバーには、店によって多種多様な魅力がありますね。島地さんは、このバーのどのようなところに感銘を受けたのですか?

島地 なんといっても、オーナーバーマン・中森保貴さんが素晴らしいと思います。シューマンさんは若い頃から放浪癖があったようですが、彼もヨーロッパを一人旅してシングルモルトやコニャック、アンティークのグラスなどを仕入れてくる、“旅するバーマン”なのです。現地の生産者が酒づくりにかける思いを日本のお客に伝えたいと、毎年欠かさずヨーロッパに赴いています。これはなかなかできることではありません。中森バーマンのお眼鏡にかなった美酒の味わいを最大限に楽しむには、まずは彼に任せるのがいいでしょう。それぞれのお客の好みや飲んでみたいお酒の種類に合わせ、“コース仕立て”でカクテルを出してくれますよ。

軽やかで華やかな風味が特徴のコニャック「フラパン」をベースにしたサイドカー¥1,940

シューマン コース仕立て、ですか?

島地 そうなんです。私がぜひ薦めたいのは、中森バーマンが毎年プライドをかけてボトリングしてくるコニャック「ギィ・ピナール」を中心に組み立てたものです。まず“前菜”として供されるのが王道の「サイドカー」なのですが、彼のサイドカーは他とひと味もふた味も違います。

シューマン なるほど。中森バーマンがおつくりになるサイドカーの特徴はどこにあるのでしょう?

島地 2011年に訪れて以来使っているというコニャック「フラパン」をベースにしています。華やかで軽やかな、グランド・シャンパーニュ100%の素晴らしいコニャックなのですが、中森バーマンいわく、ノンシュガー、ノンカラメルのため非常に繊細で、氷や水との相性がよくないらしい。シェークした時に出る苦味への対処が課題だと感じた彼は、出来上がりのイメージを固めてから遡って手法を決めて、独自のレシピと技術を編み出した。コニャックの豊潤な香りがどこまでも広がり続けるような、実にエレガントな一杯なのですよ。

渡仏すると必ず訪れるというコニャック「ギィ・ピナール」にプレゼントした、中森さんのオリジナルカクテル「ファン・ボア・ムース」¥2,160

シューマン 道を究めようと努力する中森バーマンの姿勢は、心から尊敬します。サイドカーは一般的なカクテルであるからこそ、彼がどこに注意を払い、どのように工夫しているのか、よくわかるのかもしれませんね。ぜひ自分の舌で確かめたいです。

島地 その通りですね。しかし、彼の真剣勝負はまだまだ続きます。“メインディッシュ”として中森バーマンがセレクトしたコニャックをストレートで味わったら、いよいよ“デザート”で仕上げです。

シューマン 締めくくりのカクテル選びは、非常に難易度が高いですよ。お客にとって強過ぎるカクテルを出してしまうと余韻を楽しめませんし、逆に優し過ぎては最後の一杯にふさわしくありません。

島地 中森バーマンの前ではそんな心配はご無用ですよ。「ファン・ボア・ムース」という彼のオリジナルカクテルを飲んでみてください。ギィ・ピナールの「ファン・ボア・セレクション」というコニャックがベースで、彼がギィ・ピナールにプレゼントしたレシピなのです。この素晴らしいコニャックの個性を残したまま、生クリームのやわらかな質感を活かすため、シェーカー内で材料を調合したらバースプーンで細かく攪拌します。泡を立て、空気をしっかり入れてから、左斜めからまっすぐシェークして仕上げるそうです。氷の数にも気を配っているそうですよ。

シューマン 氷の数からシェークする時の角度まで、中森バーマンの一挙手一投足にはそれぞれ意味があるのですね。恐れ入りました。

島地 中森バーマンの口癖は、「昨日の自分を超えろ」。たとえ長い間受け継がれてきたクラシックなカクテルのレシピがあったとしても、彼はそこに安住しません。もっとおいしいものができるはずだと常に意識して、カウンターに立っているのです。

バー ドラス
BAR DORAS
東京都台東区花川戸2-2-6
TEL:03-3847-5661
営業時間:19時~深夜3時(月、火、木~土) 18時~深夜2時(日、祝)
定休日:水、第3火曜
https://doras.exblog.jp

カクテルの第一人者が魅せる、芳醇な一杯とは?

銀座のバーらしい格式を感じさせる、ギンザ ゼニスのエントランス。

シューマン さすがは島地さん。『週刊プレイボーイ』を100万部にした伝説の編集長は、質の高いお店をよくご存じですね。ぜひもう一軒紹介していただけませんか?

島地 もちろんですとも。東京の、そして日本のバーの中心地である銀座で、私が足繁く通う店です。「ギンザ ゼニス」といいます。

島地さんをして“カクテルメイキングの天才”と言わしめる、オーナーバーマンの須田善一さん。

シューマン ゼニス、ですか。英語で「頂点」という意味ですね。島地さんにとって、こちらはやはりひとつの頂点なのですか?

島地 おっしゃる通りです。この店のオーナーバーマン・須田善一さんは、若い頃から数々のカクテルコンクールで受賞歴がある腕利きのバーマンなのです。誇張抜きで、私は彼のことを“カクテルメイキングの天才”だと思っていますよ。須田バーマンは非常に謙虚な人ですから、いつも「そんなことはありませんよ」と微笑み返されてしまいますけれど。

オリジナルチョコレートとのマリアージュが絶品のマンハッタン¥2,160

シューマン こちらでまず飲むべき一杯はなんでしょうか?

島地 「マンハッタン」がいいでしょう。マンハッタンといえば“カクテルの女王”とも称される古典的なレシピですが、探求心の尽きない須田バーマンは、アメリカのライウイスキー「テンプルトンライ」をベースに使います。これにイタリアのベルモット「ガンチア」や「カルパノ アンティカ フォーミュラ」を加えて、「アンゴスチュラ」のビターで仕上げているそうです。

シューマン なるほど。興味深いレシピですね。最後に数滴落とすビターが醸し出す香りが、一種のスパイスとして余計な甘みを抑えるのでしょう。口当たりはやわらかでも引き締まった味わいにまとめる、素晴らしいアイデアです。島地さんのおっしゃる通り、やはり須田バーマンは傑出した才能の持ち主なのではないですか。新たなアプローチで完成度の高いカクテルを考案するのは、決して簡単なことではないですからね。

島地 愉しみはこれだけではありません。さらに彼はペアリングも提案してくれます。このマンハッタンとオリジナルチョコレートのマリアージュは、まさに至福の味わいですよ。

ザクロを漬け込んだ自家製カルバドスをベースにした、フレッシュな味わいのジャックローズ¥2,160

シューマン 須田バーマンのつくるマンハッタンを想像していたら、もう2杯目が欲しくなってきてしまいました(笑)。島地さん、最後にもう一杯、お薦めを教えてください。

島地 それなら「ジャックローズ」ですね。これもクラシックなレシピですが、使用するカルバドスはザクロを漬け込んだ彼のオリジナル。ザクロジュースも自家製です。須田バーマンのつくるジャックローズを飲むまでは、このカクテルに比較的ドライな味わいの印象をもっていたのですが、彼のつくるジャックローズは非常にフルーティ。すっと体に染み込むような感覚で驚きますよ。

鍵のかかったバックバーが印象的な店内。シックな色調のインテリアが、落ち着いた空間を演出する。

須田バーマンいわく、ドライでシャープなお酒がベースのカクテルよりも、芳醇で奥行きのあるお酒を使ったもののほうが好みだそう。言うまでもなく、東京は世界でいちばん忙しい街のひとつですが、ここのカクテルを片手にゆっくりと寛げば、口の中までまったりできそうです。

ギンザ ゼニス
Ginza Zenith

東京都中央区銀座6-4-7 G.O.WESTビル7F
TEL:03-3575-0061
営業時間:17時~深夜2時(月~金) 17時~23時(土、日、祝)
無休

「酒を飲む若者は愚か者だが、酒を飲まない年老いた男はもっと愚か者である」

喜寿を迎えてなお、ますますパワフルなふたり。最後に、再会を祈念して一枚。

シューマン 東京には私の知らない名店が、まだまだありますね。次に東京に来る時がいまから楽しみになりました。

島地 それはよかったです。その時はぜひこのサロンにも立ち寄ってくださいね。

シューマン もちろんです。またここに帰ってきますよ。そういえば島地さん、対談も佳境に差しかかっておうかがいするのは恐縮ですが、バー通いを始めたのはいつ頃なのですか? やはり編集者になってからいろいろな店を巡るようになったのでしょうか?

島地 答えを言いましょうか。16歳の時です(笑)。

シューマン ははは! なんてことだ! でもおかげでひとついい言葉を思い出しました。私が敬愛するウィンストン・チャーチルが言っていたのです。「酒を飲む若者は愚か者だが、酒を飲まない年老いた男はもっと愚か者である」とね。

島地 これは一本取られました。チャーチルらしい名言ですね。彼は朝起きたらすぐウイスキーのソーダ割りを飲み、悠々とシガーを燻らしていたそうです。私たちは既に彼が言う年老いた男になってしまいましたが、これからも大いに酒を飲んで、元気に生きていこうではありませんか。

シューマン そうですね。それでは、再会を祈って乾杯しましょう。プロスト!

島地 スランジバー、ゴーブラ!

『シューマンズ バー ブック』

チャールズ・シューマンが、ニューヨーク、パリ、ハバナ、東京のトップバーを訪れるドキュメンタリー。第67回ベルリン国際映画祭カリナリー・シネマ部門プレミア上映。

監督:マリーケ・シュレーダー 
出演:チャールズ・シューマン、シュテファン・ウェーバー、デイル・デグロフ、ジュリー・ライナー、コリン・フィールド、岸久、上野秀嗣ほか
2017年 ドイツ 映画 98分
4月21日(土)より、シアター・イメージフォーラムほかにて公開。 
http://crest-inter.co.jp/schumanns/

サロン ド シマジ
salon de SHIMAJI

東京都新宿区新宿3-14-1伊勢丹新宿店メンズ館8F
TEL:03-3352-1111
営業時間:10時30分~20時
無休
https://www.imn.jp/post/108057198610
※島地さんの来店情報はウェブサイトで要確認