いま気になる話題の企業、Amazonの本社はこうなっている。

  • 写真:尾鷲陽介

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ついに3Dスマートフォンを発表したAmazon(アマゾン)。Kindleやオンラインショッピングサイトとの連携で、どんな未来を描いているのでしょうか? シアトルにある本社を取材しました。

シアトルの北に位置する本社キャンパス

ドーソンビルの屋上から、Amazonのオフィスが集中するサウスレイクユニオン地区を見る。北にユニオン湖を望む。
「デイ・ワン・ノース」入り口の壁に張られた、ビル名の由来を示す表示。
アメリカ・ワシントン州の中心都市、シアトルのダウンタウンからクルマで5分。「キャンパス」と呼ばれるAmazonの本社機能は、街の北側、豪華なヨットの並ぶユニオン湖岸に近い、サウスレイクユニオン地区に集中しています。この数街区に分散された20ほどのビルが現在のAmazonの中枢です。「Amazon」の看板など、ここがアマゾンのオフィスであることを示す表示は、ビルの外にはどこにもありません。セキュリティのためもあり、倹約を尊ぶ社風ということもあるでしょう。
ユニオン湖はさらに大きなワシントン湖に運河でつながっていて、周辺には州の大学であるワシントン大学もあります。ワシントン湖岸は、マイクロソフトのビル・ゲイツやAmazon創業者兼CEOのジェフ・ベゾスが邸宅を構える高級住宅地となっている、風光明媚な場所です。
シアトルは毎年、アメリカの「住みやすい都市」ランキングで上位になる都市。雨は年間を通して多いですが、人口約60万人と適度に都会でありながら、太平洋に面しており、さらにレーニア山など、大自然に囲まれているのが大きな特徴です。
本社の中心は「デイ・ワン」ビル。ベンチやテーブルの置かれた広場を挟んで「デイ・ワン・ノース(北)」と「デイ・ワン・サウス(南)」に分かれています。このどこかにベゾスのオフィスもあるのでしょう。アメリカのIT企業といえば、郊外に位置して一面の芝生に囲まれた、広いキャンパスをイメージしますが、Amazonのキャンパスは都会型で、周辺にあるレストランや商店を含めて、街の一部として成り立っている感じです。いまのキャンパスは近代的なオフィスビルですが、数年前にこの地区に移ってくるまでは、もう少し郊外にある元病院の古い建物が、長らくAmazonの本社でした。
ロビーの一角。応接スペースの壁を飾る世界最大級のパズルを除けば、清潔だが至って簡素で、まるで大学にいるようだ。
過去のさまざまなプロジェクトの証し、スタート時の寄せ書きが壁を飾る。現在そのまま継続して残っている事業はほとんどないが、多くのトライアル&エラーがベンチャー企業の精神を物語る。
「デイ・ワン」というビル名は、「私たちはまだインターネット時代の入り口、第1日目にいるところで、これから多くの革新的なことが起こる」というベゾスの言葉から名付けられています。デイ・ワン・ノースのロビーの壁には、キース・へリングの絵をフィーチャーした、世界最大級のパズルを飾った一角があり、なかなか素敵な雰囲気を醸し出していますが、このパズルもAmazonのサイトで販売しているとのこと。
オフィスビルの名称はどれも個性的で、以前、本社のあった通りの名前から「ドーソン」、初代のKindleの開発コード名から「フィオーナ」、初代のコンピューターインフラの名前で、かつアマゾン川の支流が合流する街の名前である「オビドス」など、固有名詞がついています。Amazonは1995年に創業し、来年でちょうど20周年。従業員数8万8400人、売上高約744億ドルの大企業としてはスタートからあまり時間が経っていないのに、創業当時を忘れまいとする雰囲気に満ちています。
Amazonキャンパス内のスナップ。平日の昼間だが、頻繁に犬を散歩させている人に出会う。
「ルーファス」というビルの名は、創業当時の従業員が飼っていた犬の名前からきています。その従業員は毎日長時間働くために、家に飼い犬を置いておけず、会社に連れてきてよいことになったという逸話があるとか。以来、この会社はとても犬好きな会社として有名であり、なんと、犬を連れて出勤できます。実際、キャンパス内でも、犬を連れて歩いている人に出会うことがとても多く、聞いてみると仕事中は縄につないで、待っていてもらうとのこと。

犬好きな会社には、変わったオブジェも続々。

ドーソンビルの入り口ではロボット犬(?)のオブジェがお出迎え。
犬もエレベーターに乗れる。
Amazonの犬好き度をアピールするものはいくつもあります。まず、受付にはドッグフードが置いてあり、飼い主が自由に犬に与えられるようになっています。ビルの入り口にはなぜか、ロボット犬のオブジェが飾ってあったり、エレベーターを示すピクトグラフには人と一緒に犬も描かれていたりします。また、創業者のベゾスも犬好きで知られています。
インテリアで特徴的なのは、質素な木の机。これはベゾスがオンライン書店を始めたとき、ホームセンターに売っている木のドアを利用して、自らつくった作業台に範を取ったものです。いまは木のドアそのものではないものの、類似の簡素なデスクがオフィス机として使用されています。写真はその木の机をモデルにした、社内の賞のトロフィー。倹約した結果、顧客に利益をもたらした従業員に贈られるものです。
ドア材を使った木の机をモデルにした、社内賞のトロフィー。
エレベーターの中で行われた、議論の痕跡か?
Amazonは、基本的には1円単位の厳しいコスト削減を顧客のために行うショッピングサイトなので、流通業的な雰囲気かと思っていたのですが、ネット企業らしい変わったところはいろいろ見受けられます。
エレベーターの内装は、なんとホワイトボードのようにマジックペンで文字を書くことができるようになっています。すぐに議論ができるように、あるいは思いついたことを忘れないように、との配慮です。もっとも、混んだエレベーターで壁に押し付けられたり、壁に寄りかかったりすると、書いてある文字を衣服で消す「人間黒板消し」になってしまうことも。そんなことに注意できる余裕も、Amazon社員には必要なようです。また、現在は6階程度の、あまり高層ではない建物が多いので、壁に書いている間にエレベーターが目的の階に着いてしまいそうです。
「バン・ボースト」ビルの入り口には、2mほどの動物の骨が威容を誇ります。これはベゾスが自社のオークションサイトで買って、かつての本社のロビーに飾っていた、氷河時代のホラアナグマだとのこと。
オフィス内のほとんどは非公開で撮影禁止だったのですが、日本のように机を並べていくつもの島にしたオープンなフロアや、衝立で机を囲うタイプではなく、完全な小部屋に分かれていて、外側の壁にも自由にポスター(たとえばアニメの『ビービス・アンド・バットヘッド』など)が張られていました。
とっても唐突な、氷河時代のホラアナグマの骨。
こんなビルもあります。これはアーティスト、ジェイミー・ウォーカーによる作品。

キンドルが提供する、「快適な読書体験」。

今回のシアトル訪問の目的は、Penの誌面掲載のためのKindleの取材だったので、そちらにも触れておきましょう。
Amazonの電子書籍対応端末はタブレットの「Kindle Fire」と電子書籍専用リーダー「Kindle Paperwhite」。どちらも、Wi-Fiにつないで、PCを経由せずに直接、書籍コンテンツをダウンロードできます。「Kindle Fire」タブレットのCPUは強力で、タブレットの中でも比較的大型の8.9インチ、または7インチのスクリーンを装備しており、もちろんeメールやインターネットのブラウジングも可能です。しかし、「本好きのための端末」というのが、オンライン書店として始まったAmazonのこの端末の大きな特徴です。「読書をしやすくする仕組みが、Kindleの大きな強みです」と、Kindleのデバイス部門を統括する上級副社長、デーブ・リンプも強調します。
Kindleは利用者がいつでもどこでも、好きなコンテンツを自在に使えるようにするために、クラウドとの連携が図られています。電子書籍はAmazonのクラウドサービスに自動で保存され、アンドロイドやiOS端末など他社のデバイスでも、Kindleのアプリをインストールしさえすれば、Kindleで最後に読んだページから別の端末でまた読み始めることができます。タブレットやスマートフォンなど多くのモバイル機器を使いこなすのが当たり前になった現在、場所や端末を変えても読書を続けられるこの機能は、かなり便利なものだと思います。
読書に加え、ウェブ閲覧やメールに最適なタブレット「Kindle Fire HDX8.9」。16GBモデル¥40,980、32GBモデル¥47,180、64GBモデル¥53,280
電子書籍専用リーダー、「Kindle Paperwhite」は、ディスプレイにイーインク社のイーペーパーを採用し、明るい場所でも文字が読みやすい。205g(3Gモデル215g)、¥10,280
電子書籍コンテンツは、Amazonの「Kindleストア」などインターネット上にある電子書籍を扱う書店から購入します。AmazonのKindleストアにある日本語の電子書籍タイトルは、現在20万冊以上。これは7万3000冊の漫画を含んでいて、しかも日々増え続けています。
圧倒的な軽さも、Kindleを使う利点のひとつ。電子書籍専用リーダーの「Kindle Paperwhite」は206g(3Gモデル215g)、「Kindle Fire HDX8.9」タブレットで374g。新書1冊の重さは約160gほどですから、紙の参考文献を2冊以上持ち歩くなら、フットワークは間違いなくKindleのほうが軽いでしょう。
また、従来は紙の本のほうが有利と思われていた、メモを追加したり、重要な部分をハイライトする機能も。さらに、同じ本を買った人が線を引いた文章には、クラウドを介してすでに薄く線が引いてあり、「92人がハイライト」などと、何人が注目したかがわかるようになっているのはユニークです。
もちろんAmazonのブックストアサイトとの連携で本を選びやすいのもメリット。利用者がこれまでに購入・閲覧した商品の傾向を踏まえて、新しい商品をサイト上で推奨する「お薦め機能」やベストセラーの紹介など、サイトの恩恵を最大限に受けられます。
また、Amazonの端末は、ハードウェアでなく、電子書籍や商品を買ってもらって利益を確保する仕組み。端末自体は「Kindle Fire HDX8.9タブレット」が¥40,980~¥53,280、電子書籍専用リーダー「Kindle Paperwhite」が¥10,280と、競合他社よりも控えめな価格設定になっています。
Amazonで「Kindle Fire」と「Kindle Paperwhite」のハードウェア開発に携わってきたリンプ上級副社長。
日本語化など、コンテンツの現地化を統括するKindleコンテンツ部門の上級副社長のグランディネッティ。
「Kindleは本を身近なものにするのに役立っています。購入後の1年で本を4倍以上読むというデータもあります」とKindleコンテンツ事業部長のデイビッド・ナガールは言います。
Amazonが電子書籍数を増やす努力としては、「Kindleダイレクト・パブリッシング」と呼ばれる、電子書籍の自主出版の試みもアメリカとヨーロッパ、そして日本のKindleストアで始まっています。
これは出版社を介さずに直接、著者が電子書籍を発表することで、これまで出版できなかった著作も簡単に発表でき、すでに過去数年でベストセラーも数多く生まれています。ミリオンセラーのファンタジー小説『ハリー・ポッター』は当初、著者のJ.K.ローリングがいくつもの出版社にもち込んでも出版を断られたことで有名ですし、今後も、出版社を通していれば日の目をみなかったはずの作品が、ベストセラーになるケースが出てくるのは確実でしょう。「出版社の編集機能がなければ、本が出せるはずがない」という意見もあるかもしれませんが、こうした電子書籍の著者は、欧米には数多くいるフリーの編集者やデザイナーの助けを借りているようです。
Kindleのコンテンツ部門を統括する上級副社長のラス・グランディネッティが、「我々は人が買いたいと思うものはなんでも集めて売りたい」というように、アマゾンの究極の目標は、「エブリシング・ストア=地球上で最も豊富な品揃え」なのでしょう。そしてそれは、創業者でCEOのベゾスが常々語っていることでもあります。
Kindleや今回発表された「Fire Phone」は、この「エブリシング・ストア」へのアクセスを確保するためのハードウェアといえます。Fire Phoneはいつでもどこでも使用できるモバイル端末として、Kindleはやはりモバイル端末ですが、大きな画面を必要とする読書やビデオ視聴など、お茶の間での端末として機能するはずです。

アマゾンはどこへ行く?

今年4月に発表された、日用品注文のための機器「Amazon Dash」。
今後のAmazonはどこへ向かっているのでしょうか。 総合オンラインストアとしては、年20%前後の勢いで成長を続けており、売上高では米小売り最大手ウォルマートの売上高4760億ドルの7分の1という位置にまできています。
昨年来騒がれた無人配達ヘリでの宅配計画は、一見荒唐無稽で、単なる広告効果を狙ったものとも考えられますが、日本の宅急便のようなきめ細かい宅配サービスが発達していないアメリカで、オンラインストアが商品の配達に取り組もうとする意欲の表れともとれます。
流通という意味では、すでにシアトル、ロサンゼルス、サンフランシスコで展開している生鮮食料品の会員制オンライン販売「Amazon Fresh(アマゾンフレッシュ)」も新しい取り組みです。これに関しては「Amazon Fresh」のロゴをつけた配送トラックによる戸口への配送が、限られた地域ではあるものの、毎日行われています。
さらに、4月に発表された「Amazon Fresh」専用の注文機器「Amazon Dash(アマゾンダッシュ)」は、Wi-Fiでコンピューターと接続して、注文する品を音声で入力したり、現在家にある商品に機器を向けるだけで、その商品を補充したりできる革新的な取り組みです。たとえば家にあるいつもの洗剤が残りあとわずかとなっているなら、それを自動的に注文してくれるという、需要予測型の画期的な製品です。
注文した商品などの受け取り先に指定できる、「Amazon Locker」。
「Amazon Locker(アマゾンロッカー)」も配送を改善する取り組みのひとつ。3年前から、シアトル、カリフォルニア、ニューヨークなどのコンビニエンスストアや文具ストアに設置され、アマゾンで注文した品を自宅ではなく、場所を指定してロッカーに配達してもらうことが可能になっています。
発表されたばかりのスマートフォン「Fire Phone」は、カメラを通して商品や音楽、ビデオなどを認識し、即座にAmazonのサイトで注文できるという「ファイアフライ(蛍)」と呼ばれるフィーチャーを備えています。また撮影した写真データはクラウド上に保存されるため、大量に管理が可能で、Fire Phone本体の記憶媒体の容量を圧迫しません。アメリカではFire Phoneの契約とともに、年間99ドルの優遇会員権「Amazon Prime(アマゾンプライム)」も付いてきます。このAmazon Primeで、アメリカでは注文後2日間での商品の配送や無制限のビデオ視聴が可能になっています。Fire Phoneの価格は199~299ドルで、出荷は7月中旬となっています。日本での発売時期は未定ですが、Amazonの売上高の約10分の1を占める日本で今後展開されることは、ほぼ間違いないでしょう。
シアトルのダウンタウンの中心で既に建設が始まっている、高層ビル2棟のAmazonオフィス拡張の計画図。
ビル下にはこのようなドームも予定されており、シアトルの新しいランドマークとなりそうだ。
このように、Amazonは、オンライン書店から総合オンラインショッピングサイトへ発展し、さらにゲームやソフトの開発拠点となり、KindleやFire Phoneのようなハードウェアまでも開発して、流通業大手にも比類する、いやそれ以上の存在になろうとしています。
いま、事業の拡大とともに従業員数が急増するAmazonでは、シアトルのダウンタウンの中心に2棟の高層ビルと2つの象徴的なドーム(植物園になる予定)を配したオフィスビルの建設が始まっており、今夏には一部が完成する予定。「エブリシング・ストア」とそれをデリバリするための流通網が整ったとき、Amazonはどこまで大きくなっているのでしょうか。そして、アメリカで始まったサービスが日本に上陸したときに、どのような受け入れられ方をするのでしょうか? 興味は尽きません。