世界初公開の新作も登場! 欧州の前衛芸術ネットワーク「ゼロ」と共鳴した、知られざる草間彌生。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:猪飼尚司

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1950年代末のヨーロッパに生まれた前衛芸術ネットワーク「ゼロ(ZERO)」。当時ニューヨークに住んでいた草間彌生が、この「ゼロ」とかかわりをもっていたことはあまり知られていない。日本ではあまり紹介されてこなかったその活動と当時の草間の作品を通じて、新たな芸術が誕生するエネルギーに触れてほしい。

草間彌生『無限なる天国への憧れ』2020年 ミクストメディア 六角形のミラールームの中に整然と配置された極彩色の電飾が、壁や天井の鏡に反射して無限の世界をつくり出す。草間彌生美術館で2020年5月末まで開催予定の特別展が世界初公開となる新作だ。

日本を代表するアーティスト、草間彌生の個人美術館として2017年に設立された草間彌生美術館で開催されている特別展、「ZERO IS INFINITY 『ゼロ』と草間彌生」(臨時休館中、最新の開館情報は美術館ウェブサイトまで)。草間はニューヨークに滞在していた1960年代、同時期に活動していたヨーロッパのアーティスト・ネットワーク「ゼロ」と意識をともにしていたという。草間に影響を与えた彼らは当時なにを感じ、伝えようとしていたのだろう。

アーティストのハインツ・マックとオットー・ピーネがドイツのデュッセルドルフで1958年に結成した「ゼロ」。ユニークなネーミングは、ロケットが発射される時のカウントダウンに起因する。「5、4、3、2、1」とカウントダウンが進むにつれて緊張が高まり、「0」の瞬間、次に起こる劇的なものを期待して、人々は息を呑み、沈黙する。この様子を自分たちの芸術的な思考や態度と重ね合わせ、設立メンバーであるマックとピーネはそれをグループ名としたのだ。ドイツの他、フランス、イタリア、オランダなど、ヨーロッパ諸国を巻き込みながら、しだいに運動を拡大し、ニューヨークからは草間彌生、そして日本からも具体美術協会(吉原治良を中心に兵庫で結成されたアートグループ)も招聘するなど、60年代を席巻する芸術活動へと発展していった。

「ゼロ」と草間の作品に見える、共通項とは。

草間彌生美術館の2階は、「ゼロ」の中で特に草間と交流のあった主要作家の作品を中心に構成されている。

「ゼロ」が誕生した背景には、第二次世界大戦の勃発と、それが終焉した後の世界の状況が色濃く反映されている。大戦中のヨーロッパは、戦火により隣り合う国々の国交が断絶。世界は陰鬱としたムードに包まれていた。戦後の新しい時代の到来とともに、しばらく分断されていた文化交流を復活させ、異なる国々の芸術家同士が連携し、ゼロ地点から芸術もリ・スタートしようという思いを胸に、彼らは新たな表現に意欲的に取り組んでいったのだ。

一方で、1957年に渡米し、当時ニューヨークを拠点に活動を行なっていた草間は、61年にオランダ人アーティスト、へンク・ペーテルスの呼びかけで、「ゼロ」との交流をスタート。展覧会にも積極的に参加するようになる。

1965年にアムステルダム市立美術館で開催された『ヌル1965』のオープニングにて。「ゼロ」の主要メンバーの他、草間、吉原治良の顔も見える。
「ゼロ」を創設したふたりの作品。左:ハインツ・マック『始まりも終わりもない』1959年 右:オットー・ピーネ『煙のドローイング』1960年

特別展『ZERO IS INFINITY』では、「ゼロ」の作品とともに彼らの姿勢とリンクする草間作品が展示されている。同館としては、草間以外の作品を展示するのは初めての試み。草間ワールドがいかに世界とつながっていたかを知る、よいきっかけとなるだろう。

1階のエントランスでは、「ゼロ」の活動を紹介する映像を紹介。2階に上がると、特に草間と交流のあった「ゼロ」の主要作家の作品を中心に構成された展示空間が広がる。モノクロームの追求、反復するモチーフなど、「ゼロ」と草間に共通する表現を確認することができる。

左から、ヘンク・ペーテルス『モビール・フェザー 8-14』1962-67年、ヤン・スホーンホーフェン『無題』1965年、フェルディナント・シュピンデル『無題』1977年
草間彌生『ファリック・ガール』1967年 全身に無数のファルス(男性器を彷彿させる突起物)が付着した少女のマネキン。

作品に入り込む、エンヴァイラメンタル・アートの数々。

3階展示室。天井のインスタレーション作品は、ハインツ・マックの『空間の光格子』1961-69年。作品の下を通りすぎると、きらきらと光が乱反射して見える。

3階の展示室には、「ゼロ」に関する作品がずらり。ミラーや照明装置を用いた表現が多く見られ、なかには機械仕掛けで突然動き出すものもある。これらは、アーティストが表現したいものをダイレクトに見せるのではなく、作品の中に鑑賞者が入り込み、それを取り巻く環境を含めてひとつの作品として考える「エンヴァラメンタル・アート」の手法だ。作品の周りを移動したり、鑑賞を続けているうちにさまざまな状況と遭遇し、鑑賞者はそれぞれ自由に発想を巡らせることができるのだ。

オットー・ピーネ『かんむり座』1965年 球体に取り付けられた無数の電球が、規則的な点滅を繰り返す。
奥:クリスチャン・メーゲルト『鉄の壁』1961年/2020年 手前:クリスチャン・メーゲルト『12枚の鏡のモビール』1964年/2020年 ゆらゆらと動く円形ミラーが鑑賞者の姿を捉えたり、消滅させたりする。

1965年にオランダのハーグで企画されたグループ展『海の上のゼロ』のために、草間は六角形のミラールームのアイデアを構想したが、天候不順により残念ながら実現しなかったという。のちに草間はニューヨークで同じアイデアを展開した『愛はとこしえ』を発表し、以後、このミラールームのシリーズは彼女の代表作のひとつとなった。今回、この特別展の開催にあたり、草間は新作『無限なる天国への憧れ』を制作し、美術館の4階展示室で披露。世界初公開となる同作は、「ゼロ」が取り組んだエンヴァイラメンタル・アートにも通じるものであり、見る者を幻想的な世界に誘ってくれる。

草間彌生『無限なる天国への憧れ』2020年 合わせ鏡で、小さなミラーボックスの中に無限に広がる空間をつくり出す。
小窓からのぞき込んでいると、時間とともに電飾の色が変わり、新たな世界が現れる。

「ゼロ」が精力的に活動した1960年代から半世紀以上が経っているが、近年、ニューヨークのグッゲンハイム美術館やアムステルダム市立美術館で回顧展が連続的に開催されるなど、彼らの運動は改めて評価を受けている。その理由に、国籍や文化を超えてアーティストが交流を重ねた「ゼロ」には「トランスナショナル」の考え方が見出されることがある。トランスナショナルとは、国家の枠組みを超えた人間活動を目指す思想。現代では、欧米を中心にみられる新たなポピュリズムの台頭により、世界がまた少しずつ分断しつつある。そんないまだからこそ、「ゼロ」の活動、そして草間が描いた理念は、人間の意識を喚起し、自己に問いかけを続ける姿勢に働きかけるとして注目されているのだ。独自の表現を追求しながらも、ときに世界のアートの流れと合わさりながら時代を揺り動かし、平和と希望を訴えてきた草間彌生の信念を、本展では垣間見ることができる。

早稲田と神楽坂の中間、閑静な住宅街のなかにある草間彌生美術館。本展は開館以来初となる、草間作品以外の作品も展示したグループ展だ。

特別展 ZERO IS INFINITY 「ゼロ」と草間彌生

期間:2020年5月31日(日)まで ※現在、臨時休館中
開催場所:草間彌生美術館
東京都新宿区弁天町107
開館日:木~日、祝
休館日:月~水
開館時間:11時~17時30分
入場料:一般1,100円、小・中・高生600円 ※未就学児無料
※完全予約制。チケット予約はこちらから

https://yayoikusamamuseum.jp

※会期や開館時間、休館日などが変更になる可能性があります。事前に確認をお薦めします。