1970年のTOKYOから、熱風が吹いてくる。

  • 写真:江森康之
  • 文:青野尚子

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日本写真界の巨匠たちが撮ったのは、いまだ熱気を帯びた時代の東京の風景。東京・銀座のアルマーニ / 銀座タワーで行われている、ユニークな写真展を紹介しましょう。

40点におよぶ、未発表作品。

会場の一角にびっしりと並ぶ荒れたモノクロームの写真は、森山大道(もりやま だいどう・上写真)さんの作品です。彼の写真を特徴づけるブレ、ボケはもちろん、印刷物を複写したもの、パーフォレーション(フィルムの両端に開けられた送り用の穴)がプリントされているもの、ネガが傷んでいるのか、奇妙な模様がついているものなど、カオティックな光景が広がります。全60点の写真のうち20点は1972年に発表された「写真よさようなら」に収録されたもの。残りの40点は、そこに収録しなかったものを中心とする未発表カットです。展覧会のキュレーターを務めた長澤章生さんによれば、森山さんはセレクトで落としたカットも、収録したものと同等に考えていて、いつか生き返らせたいと思っていたそう。
森山さんが68年に出版した最初の写真集「にっぽん劇場写真帖」に散文詩を寄せてくれたのが、寺山修司さんです。雑誌の連載でも寺山さんが文を、森山さんが写真を、というように一緒に旅をしていました。
「僕を大衆演劇の世界へ連れて行ってくれたのが寺山さんでした。とにかく映画スターみたいにかっこよかった。目の前にいてもいなくても、とても懐かしい、という不思議な体温を持った人でしたね」とオープニングに訪れた森山さんは語っています。

ファッションフォトの萌芽。

同じくオープニングに姿を見せた立木義浩(たつき よしひろ・上写真))さんの写真は、当時はめずらしかったストーリー仕立てのファッションフォトの形式です。モデルが街を自由に歩き回るのを追った一連のシリーズになっており、70年代の尖った雑誌のような雰囲気が漂います。寺山さんとは映画やドラマなど、いろいろな企画を一緒に考えたそう。
「あるとき僕の会社に来てもらって、コマーシャルのシノプシス(あらすじ)を書いてもらったんです。4~5時間ぐらいいて書いていったんだけれど、『僕がいる間は見ないで、帰ったら見て』って言う。そんな繊細な神経をもった人でした」
よく見ると鼠が何匹も見え隠れしている室内、ケンカのあとなのかケガをして運ばれていく男性、ボロボロの服を着た浮浪者……。猥雑な東京の暗部を明るみに晒しているのは、内藤正敏(ないとう まさとし・上写真)さんの写真です。時おり私たちも目にしているにもかかわらず、「見ていない」光景が写し出されていますが、いまと違うのは、70年前後は高度経済成長期だったこと。浮浪者といっても1日働けば1週間、酒を飲んで暮らせたという時代でした。彼らの表情にも悲壮感よりも、エネルギーが感じられます。内藤さんは寺山修司と直接の面識はなかったそうですが、
「僕の『遠野物語』という写真集を、寺山さんが書評で好意的に取り上げてくれたことがありました。書を捨てよ町に出よう、なんて言いながらちゃんと本を見ているんだな、と思ったことを覚えています」

現実と虚構がないまぜになった作品。

沢渡朔(さわたり はじめ・上写真)さんの初期の作品「Kinky」は、後の「ナディア」や「アリス」につながる、一人の女性を追ったシリーズ。季節の移ろいとともに女性の姿も変わっていきますが、沢渡さんとモデルとなった女性とは後に結婚。フィクションとノンフィクションとがないまぜになり、“真実を写しているようでそうではない”という写真の特質を活かしたシリーズです。寺山さんとは映画やテレビドラマの写真など、いろいろな仕事を一緒にしていたといいます。
「寺山さんのほうが5つぐらい年上で、知り合ったときには有名だったけれど、当時はそんなに偉い人だとは思っていなかった。年上のいい兄貴、という感じでした。69年か70年には一緒に16ミリの映画を撮ったりもしましたね」
ほかの写真家が撮った劇団・天井桟敷や寺山修司のポートレイトはたくさん残されていますが、今回展示されているような、寺山さん自身が撮ったもの(上写真)はあまり知られていません。奇怪な小道具を配し、役者たちにさまざまなポーズをとらせた画面は、実在しない映画のスチルのような虚構性に満ちています。こんな世界を見たい、つくりたいという演出家の目線で撮られた写真です。

写真とは、「記憶の記録」。

細江英公(ほそえ えいこう)さんによる「シモン 私風景」(上写真)は、当時状況劇場の女形のダンサーであり、今は人形作家の四谷シモンさんを撮ったもの。場所は細江さんにとって原風景となる、幼少期から青年期を過ごした東京の下町界隈です。細江さんは「自分が子供のころ、河原にこんな人が本当にいた。淫靡な世界なのはわかっていたけれど、子どもだから聞けなかった」と言います。でもこの写真は子どものころの細江さんが実際に見たものではなく、大人になってから再構成した風景です。細江さんが暗黒舞踏の土方巽を撮った「かまいたち」というシリーズも彼が疎開していた秋田で「こんな風景を見た」と細江さんが言う風景です。細江さんはこれらの写真を「記憶の記録」と言っています。しかしそれは、ねつ造された記憶かもしれません。
70年当時、流しの演歌師ならぬ流しの写真師として撮ったのが渡辺克巳(わたなべ かつみ)さんの「新宿群盗伝」(上写真)です。当時、個人でカメラを持っている人は少なかったため、こんなふうに「写真どうですか」と言って記念写真を撮るという仕事があったそうで、被写体は大半が新宿界隈のスナックなど、お店のホステスやボーイや常連客。寺山修司さんが写っているものもあります。ファッションやメイク、背景に写り込んだ店構えなどが期せずして時代の記録になっています。

妻と子への愛のカタチ。

有田泰而(ありた たいじ)さんは60年代後半からアメリカやカナダ、東京を行き来していました。今回展示されている「First Born」(上写真)は妻と、初めての子どもを撮った写真。といってもストレートなスナップというよりも、人形などの小道具を使いポーズをとらせてシーンを作り出したもの。思わずくすっと微笑んでしまうユーモアがあります。生まれた子どもへの、彼なりの愛情表現だったのかもしれません。
須田一政(すだ いっせい)さんの「わが東京100」(上写真)は、須田さんが生まれ育った東京・神田近辺のスナップです。特別な日や事件を追ったものではない、当時なら毎日どこにでも見られる情景を撮っているのですが、よく見ると何か変な感じがします。私たちが頭の中で考えている“日常”と現実との間にはズレがあることを教えてくれる写真です。
この写真展を企画したキュレーターの長澤章生さん(上写真)。それぞれ長いキャリアをもつ写真家の多様な作品から「1970年」「東京」をキーワードに、「各作家を代表する、ど真ん中の作品を選びました。世界のトップクラスの美術館に出しても恥ずかしくないクオリティ」といいます。展示作品はすべて販売されていますが、「僕は、美術品は買わないとわからない、と思っているんです。文字通り身銭を切るわけだから、真剣に見て、考えて、勉強する。こうして写真がもっと深く理解できるようになるんです」
作家一人当たりの出品点数が多いのもこの展覧会の特徴ですが、「1点で完結する写真もありますが、今回は写真集のページをめくるように見て欲しいと思ったので点数を増やしました。複数の写真の流れで見ると意味が変わってくる写真もあるので」と長澤さん。1970年は40年あまり前のこと。ぼんやりと覚えている人もまったく知らないという人も、それぞれに対話ができる、そんな強い写真が集まっています。 

「TOKYO 1970 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS 9」

~2013年10月29日まで
会場:アルマーニ / 銀座タワー9F
住所:東京都中央区銀座5−5−4
開場時間:11時~20時(月~金) 11時~18時(土、日、祝) 会期中無休
入場料:¥800
TEL: 03-3740-4560
http://tokyo1970.jp


関連イベント

10/19(土)、20(日) 森山大道作品のシルクスクリーンワークショップ
写真界に大きな衝撃を与えた「写真よさようなら」シリーズの未公開作品を含む3 版から1 点、プリントイメージを選び、シルクスクリーンプリントのT シャツを1 枚制作するワークショップ。
※詳細情報、申し込みは右のウェブサイトまで http://tokyo1970.jp/daido/

10/20(日) 内藤正敏×中沢新一 トークセミナー 「都市の中の異界」
写真家、民族学者として特異な活動する内藤正敏と思想家、人類学者として多くの著書を執筆する中沢新一の二人が「都市の中の異界」をテーマに対談を行います。江戸に開花した落語や怪談、見世物など庶民文化の中の“異界” の構造を読み解き、江戸から東京へ、前近代から近代へと貫流する都市の闇を照射します。
※詳細情報、申し込みは右のウェブサイトまで http://tokyo1970.jp/talk/