これからの世界に向けたメッセージ——。森美術館・片岡真実館長が語る『STARS展』の意義と、現代アートの必要性。

  • ポートレート:齋藤誠一
  • 文:岩崎香央理

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日本という枠を飛び出し、世界の現代美術シーンで輝きを放つ6人のアーティストが集結した展覧会『STARS展:現代美術のスターたち—日本から世界へ』が森美術館で開催中だ。コロナ禍での閉鎖期間を経て、満を持しての公開となった本展。その見どころを、館長の言葉とともに紹介する。

村上 隆 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 撮影:高山幸三 画像提供:森美術館

草間彌生、李禹煥(リ・ウファン)、宮島達男、村上隆、奈良美智、杉本博司。日本を代表する6人のアーティストが一堂に会した『STARS展:現代美術のスターたち——日本から世界へ』が、森美術館で開催されている。当初は2020年4月23日に幕を開ける予定だった本展だが、新型コロナウィルスの影響で延期となり、改めて7月31日より、来年1月3日まで会期を延長しての公開となった。

2020年1月に森美術館の新館長に就任した片岡真実さんに、企画段階から全体を取りまとめてきた『STARS展』の見どころを聞くとともに、いまだからこそ現代美術を観る意義を語ってもらった。

初期作から最新作まで、創造の軌跡をたどる。

片岡真実(かたおか・まみ)●愛知県生まれ。東京オペラシティアートギャラリーのチーフキュレーターを経て、2003年より森美術館勤務。2020年1月より現職。第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督(2012年)、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018年)を務める。CIMAM(国際美術館会議)会長。

戦後の高度成長期から現在にかけ、日本という枠を超えて世界のアートシーンにその名を知らしめ、国際的に活躍する6人のアーティスト。『STARS展』では、彼らの表現の変遷を辿りながら、日本の現代美術が海外でどう見られてきたかを多角的なアーカイブ展示で俯瞰していく。

なぜ、今回この6人が顔を揃えたのか。片岡さんによると、その選考基準は「欧米だけでなくアジアを含めて大規模な個展歴があり、ビエンナーレなど国際展への出品も多く、かつ、アートフェアといったマーケットからも高い評価を得ている」ことだという。そのうえで、この錚々たる顔ぶれのひとり一人が「日本社会や世界の認識が移り変わるなかで、時代に合致した、あるいは時代の流れに切り込んでいく表現をした人たち」だと評する。

『STARS展』は、森美術館の企画展スペースをL字型に6つに区切り、それぞれの展示を巡っていく構成だ。6人が世界へデビューした当時の初期作品を振り返ると同時に、キャリアを積み上げたいまの表現である近作、新作とも向き合える。さらに、いくつかのターニングポイントとなった重要作品が時間軸をつないでいく。以下に、その見どころを紹介しよう。

草間彌生 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 草間彌生の近作。左から、『たくさんの愛のすばらしさ』(2019年)、『季節に涙を流して』(2015年)、『女たちの群れは愛を待っているのに、男たちはいつも去っていってしまう』(2009年)。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館
詰め物をした布の集合体で物体を覆うソフト・スカルプチュアは、草間彌生の代表的な表現のひとつ。写真の『ピンクボート』(1992年)の他にも、1960年代に制作された初期のソフト・スカルプチュア作品を展示。所蔵:名古屋市美術館(愛知)

1957年の渡米後に前衛芸術家としての評価を得た草間彌生。ニューヨーク時代の「無限の網」シリーズを起点に、立体作品の「ソフト・スカルプチュア」シリーズなどを展開した。なかでも『ピンクボート』は、1993年のベネツィア・ビエンナーレで日本館代表として発表され、ヨーロッパでの認知を確立した代表作だ。

万華鏡のような迷宮を覗き込む体感型インスタレーション『Infinity Mirrored Room——信濃の灯』(2001年)や、最新絵画『たくさんの愛のすばらしさ』(2019年)など、一貫して表現される無限の集合体モチーフによって、内的エネルギーがほとばしる作品群が観られる。

李禹煥 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 李禹煥『関係項』(1969年/2020年)は、ガラス板に石を落下させてヒビを入れた立体作品。奥はステンレス棒と石を組み合わせた『関係項——不協和音』(2004年/2020年)。壁の絵画は、描かれた部分と描かれない余白の出合いを追求した「対話」シリーズ(2019年/2020年)。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館 

李禹煥は、木や石などの自然物と、鉄などの人工物を題材に、ものともの、ものと空間、そしてヒトの行為といったあらゆる存在との相互依存関係を提示した「もの派」の中心人物である。

片岡さんは解説する。「1969年の『関係項』が見どころですが、これは芸術に向けられた彼の思想を最も象徴する作品でもあります。当時から現在まで、一貫したコンセプトを希求してきた彼の姿勢がわかる展示になっています」

宮島達男「『時の海—東北』プロジェクト(2020 東京)」2020年 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 1から9までの数字が変化していくLEDデジタルカウンターを水中に配置し、ランダムに明滅させるインスタレーション。東日本大震災に思いを寄せて、一般参加者とともに制作。会場ではその過程が映像でも観られる。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館

「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」という3つのコンセプトを核とし、発光ダイオード(LED)のデジタルカウンターを使った作品で知られる宮島達男。1988年ベネツィア・ビエンナーレのアペルト88(若手作家部門)で初めて発表し、世界的に評価された『時の海』。その最新プロジェクトは、刻まれる時のなかに埋もれながらも時間を忘れてしまいそうな、美しい空間だ。

「『時の海』がいくつかの発展を経た後、2017年からは『時の海——東北』を継続しています。本展ではその最新版を大スケールで観ることができます。また、1987年制作の『30万年の時計』は現在のコンセプトを生み出した契機と言える作品なので、ぜひ観てほしいです」

村上 隆『Ko2ちゃん(プロジェクトKo2)』1997年 展示風景:「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」森美術館(東京)2020年 日本よりも先に海外のアート界が喝采を送った等身大フィギュア・プロジェクトの始まりが森美術館に。会場には『ヒロポン』(1997年)、『マイ・ロンサム・カウボーイ』(1998年)の3体が勢揃いしている。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館
村上 隆 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 本展のために制作した巨大壁画『チェリーブロッサム フジヤマ JAPAN』(右・2020年)と『ポップアップフラワー』(左・2020年)を従えて、『阿像』(手前・2014年)と『吽像』(奥・2014年)が睨みをきかせる、村上隆の展示空間。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館 

『STARS展』では最年少作家となる村上隆。パワフルで祝祭的な展示エリアの入り口で出迎えてくれるのは、人気キャラクター『Ko2ちゃん』。現代美術界に物議を醸した等身大フィギュアの超有名作品が揃って見参する貴重な機会だ。

「1990年代、世界がグローバルにつながるなかで、バブル崩壊後の日本は逆に内向化していた。2000年代、村上さんがスーパーフラット理論を提唱して世界に切り込んでいった流れは、歴史に残る現象だったと思います」

大作に埋もれがちだが、映像作品『原発を見にいくよ』(2020年)も見逃さないでほしい。牧歌的なカップルの一日に村上本人の歌唱を載せた8分8秒の映像が、日本人の心に刻まれたあの日の傷跡を呼び起こす。

現代美術は、世界を映し出す縮図。

奈良美智 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 小屋の屋根に月が小休止する、奈良美智の立体作品『Voyage of the Moon (Resting Moon) /Voyage of the Moon』(2006年)。奥の壁には、暗闇で発光するかのごとく、最新作『Miss Moonlight』(2020年)が浮かび上がる。右はドイツ時代に描いた『Submarines in Girl』(1992年)。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館 

奈良美智の展示は、愛知とドイツ時代の初期作から、彼が描き続けてきた少女像の最新作『Miss Moonlight』までを辿るレトロスペクティブ的な構成だ。ハイライトは、夜の森に佇むような『Voyage of the Moon (Resting Moon) /Voyage of the Moon』の空間。月がほんのりと照らす優しく孤独な世界観で、小さな絵やオブジェがいっぱいに詰まったアトリエのような小屋の内部を覗き込める。「奈良さんの脳内を覗くように小屋のなかを見る。太陽よりも月が好きだという、奈良さんらしい大作」と片岡さん。

奈良のインスピレーションの源であるレコードやCDジャケット、本、人形やぬいぐるみなどさまざまなコレクションもじっくりと観て回りたい。

杉本博司『時間の庭のひとりごと』2020年 映像:鈴木 心 英語字幕:ジャイルズ・マリー 制作:小田原文化財団、森美術館 展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 建造物と庭園からなるアートサイト「小田原文化財団 江之浦測候所」を撮り下ろした映画作品。風景、時と光、舞台といった杉本の表現テーマがすべて込められている。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館 
ニューヨーク近代美術館の写真部門ディレクターの目に留まり収蔵された出世作『シロクマ』(1976年)。アメリカ自然史博物館の展示を撮影した「ジオラマ」シリーズより。所蔵:大林コレクション

写真家としてキャリアをスタートした杉本博司。国際的評価の足がかりとなった『シロクマ』と、世界各地の水平線を撮影した「海景」シリーズを90度回転させた「Revolution」シリーズ(1982年〜)などが展示されている。

片岡さんは解説する。「近年最大のプロジェクトとして取り組んでいる、『小田原文化財団 江之浦測候所』を映した初の映画作品も発表しています。杉本さんは、美術家であると同時に多彩な分野に精通した、現代のルネッサンスマン。建築や舞台の文脈で語られることの多い江之浦ですが、むしろこれは現代美術。庭や彫刻も含め、全体がひとつのコンセプチュアル・アートとも言えるでしょう」。


6人6様の世界観を巡るとともに、『STARS展』でぜひ時間をかけて鑑賞したいのが、1950年以降に海外で開催された日本の現代美術展のアーカイブである。カタログや展示写真など、貴重な資料のほか、国内外での当時の批評記事も読むことができる。

「日本の現代美術と一言で言っても、そこには複雑な歴史があります。日本が世界からどう見られてきたのか、その道のりを単純化するのではなく、複雑なものを複雑なまま、この展示をつくりました。時系列と多角的な考察でひも解き、深い理解へとつなげる工夫が凝らしてあります。スターたちの作品を入口としながら、もう一歩深みにはまって、現代美術を楽しんでもらえたらと思います」

展示風景:『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』森美術館(東京)2020年 1950年代から現在まで、海外で開催された主要な日本現代美術展の資料を展示。時には小さな波であったり、新しい価値観をもたらす奔流にもなった日本の現代美術。その挑戦の歴史を知ることができる。撮影:高山幸三 画像提供:森美術館 

2020年1月の館長就任時におけるステートメントで、「現代美術は世界を映し出す縮図。世界が抱える課題や価値観の多様性をあぶり出すとともに、未知の領域と出合う場でもある」と語った片岡さん。いま、コロナ禍によって世界の様相が一変している状況を、どう捉えているのだろう。

「歴史を振り返れば、ペストやスペイン風邪などさまざまな疫病を人類は経験してきました。地球は時々そういうことをするというか、メタフィジカルなレベルで見れば、こうした事態は起こりうるんだということを、我々は100年ぶりぐらいに実感していると思います。だから、美術館が閉鎖していた期間は、少し立ち止まって、より広い視野でものごとを考えようと努めました。刹那的に日々を生きるのではなく、自分がどうふるまうのかが、大きな世界につながっているということ。ひとり一人がその意識を怠ると、容易に崩壊してしまう、人間社会はそれぐらい脆弱なものなんだと感じましたね」

「現代アートはあらゆるものを投影してきた」と語る、森美術館館長の片岡真実さん。「だからこそ、美術館は世界の縮図を映し出すプラットフォームとしての役割を、これからも果たしていきたい」。

5月末に緊急事態宣言が解除され、ウィズ・コロナや新しい生活様式という言葉が生まれるとともに、美術館も感染防止に取り組みながら、活動を再開している。いまだ終息の見えないこの経験によって、現代美術の潮流には、コロナ以前・以後という文脈が新たに加わっていくのだろうか。

「元来、現代美術は、なんだかわからない未知のものや、知っているつもりで実は知らなかったことをたびたび題材にしてきました。日本でも、たとえば戦争の後にはルポルタージュ絵画など、当時の世相を強く反映した作風もあった。淀んだ空気に光を見出そうとしたり、圧迫されていたことが解放されたり、そこにはいろんな表現が生まれます。ムンクもスペイン風邪にかかった後に自画像を描いていますが、いま人々の中にうごめいている集合的な不安が、いずれなんらかの形でアートにも表れてくるのでしょう」

未知の状況に出合った人間による創造性の発露が、そもそも現代美術なのだと、片岡さんは言う。鑑賞者にとっても、以前の日常とは一変した状況でアートと向き合うことが、新しいビジョンを発見するきっかけとなるかもしれない。

「美術館でアートに対峙し、自分の意識を少し変えてみるという知的な刺激は、人間にとって不可欠なもの。大きな流れのなかで価値観を追求してきた6人の生き様と、彼らのアートを『STARS展』で見せることが、これからの世界に向けたポジティブで強いメッセージになるといいなと思っています」

『STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ』

開催期間:2020年7月31日(金)~ 2021年1月3日(日)
開催場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
開館時間:10時~22時(火曜は17時まで、ただし11月3日は22時まで) ※入館は閉館30分前まで
会期中無休
入館料:一般¥2,000
www.mori.art.museum