【いま、パリで見るべき展覧会】Vol.1 ポンピドゥー・センターで開催中、サイ・トゥオンブリーの大回顧展をお見逃しなく!

  • 写真:小野祐次
  • 文:青野尚子

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ポンピドゥー・センターで、アメリカの現代美術作家サイ・トゥオンブリーの大回顧展が開かれています。会期は4月24日までと残りわずか。パリにお出かけの方、ラストチャンスを逃さないでください。

ポンピドゥー・センターで開催中の 「Cy Twombly(サイ・トゥオンブリー展)」。写真の作品は『ブルーミング』(2001〜2008年)。

今年で開館40周年になるパリのポンピドゥー・センター。開館当初は「工場のようで醜い」と不評をかった建物も、いまでは欠かせないランドマークとして、すっかり街並みに馴染んでいます。建物前の広場で行われるパフォーマンスもパリの名物になってきました。

この記念の年に開かれる特別展の第一弾は、アメリカ現代美術史に大きな足跡を残す作家、サイ・トゥオンブリーの回顧展です。昨年11月から開かれているこの展示は、他館に巡回することなく、ポンピドゥー・センターのみで開かれるもの。絵画、彫刻、写真など約140点の作品が集まった、半世紀以上にわたって活躍した彼の、知的かつ官能的な作品が並ぶ大回顧展です。

意図的につくりあげた、落書きのようなスタイル

1950年代の初期作品が並ぶ。左が『ヴォルビリス』(1953年)。
ともにタイトルは『無題(レキシントン)』。1951年の作品。

サイ・トゥオンブリーは1928年、アメリカ・ヴァージニア州生まれ。展覧会は1950年代の初期の作品から始まります。写真の作品は、白地に黒、または黒地に白で描きなぐったような絵画です。この頃彼は、ロバート・ラウシェンバーグとともにヨーロッパや北アフリカに旅行していました。『ヴォルビリス』と題された作品はモロッコの古代遺跡の名をとったもの。よく「子どもの落書きのよう」と評される彼のスタイルは、この時点で既に確立されていました。もちろんそれは、トゥオンブリーが意識的につくり上げたものだったのです。

『コンモドゥスの9つの対話』(1963年)部分。絵の具を激しくたたきつけたような画面。

1960年に彼は家族とともにローマに移住しました。天井の高いアトリエで描かれた絵は大型化し、それまでになかった鮮やかな色彩が登場します。「アメリカではこんなカラフルな絵は描かなかった。外国に来て初めて感じた自由さが、僕の絵を変えたんだ」。トゥオンブリー自身はそう語っています。

『コンモドゥスの9つの対話』(1963年)の展示室。J.F.ケネディの暗殺直後に描かれたもの。当時の社会情勢も反映している。発表当時は酷評されたが、リチャード・セラやヨゼフ・ボイスにも影響を与えた。

『アテネの学堂』などにぽつぽつと現れていた赤い点は次第に大きくなり、カンバスの中央で燃え盛るようになります。『コンモドゥスの9つの対話』という9点組の絵画は紀元2世紀のローマ皇帝、コンモドゥスの名を引用したもの。18歳で即位したコンモドゥスは残酷で血なまぐさい暴君として知られています。白い絵の具が置かれたキャンバスが次第に飛び散る赤い絵の具で彩られていく様子は暗殺によってこの世を去った皇帝の生涯を暗示するようです。

『イリアムの50日』(1978年)。正面の絵には「アキレス」「ペトロクロス」などの文字が書き込まれている。

この頃彼はホメロスの叙事詩「イーリアス」をもとにした絵画『イリアムの50日』というシリーズも手がけていました。その中には花のような模様に「イーリアス」の登場人物である「アキレス」「ペトロクロス」と読める文字が描きこまれているものもあります。

『無題(ニューヨーク)』(1967年)。白い螺旋模様は下のほうに行くに従って大きくなり、画面から飛び出していくかのように感じられる。

コンモドゥスのシリーズから3年後にトゥオンブリーは「ブラックボード・ペインティング」と呼ばれる一連の作品を発表しました。黒板にチョークで線を引いたようなシリーズです。そのうちのひとつ、『無題(ニューヨーク)』は渦巻きが上から下へだんだんに大きくなっていくような作品。これも子どもの落書きのようですが、その言葉に対して彼はこう反論しています。「本当はすごく難しいんだ。子どもの落書きのような線を描くには、子どもの目で世界を見なくてはならない。つまり、感じることだ」

シンプルな線の裏にある、奥深い世界。

『四季』(1993〜1995年)。17世紀フランス古典主義の巨匠、ニコラ・プッサンを参照したもの。春(一番左)はストラヴィンスキー「春の祭典」を、秋(右から2番目)はブドウ農家の祭りを表している。
『セソストリスの戴冠』(2000年)。さまざまな時代の神話や詩を引用した重層的なシリーズ。

2000年になって発表した『セソストリスの戴冠』は古代エジプトの伝説的な王からインスピレーションを得たもの。セソストリスは1〜3世までいますが、それぞれ最古のオベリスクを建造したり、干拓を行って食料を増産するなど安定した治世を行いました。また馬車に乗って東から現れ、西に沈むという太陽神ラーの伝承もヒントになっています。古代ギリシャの詩人、サッポーやアルクマン、アメリカ現代詩人のパトリシア・ウォーターズからの引用も。トゥオンブリーの絵にはこのように神話や文学からの引用が行われていることが多く、しかもそれは古代から現代まで、幅広い年代と文化圏にまたがります。その中には日本人には馴染みのないものも多いのですが、読み解いていくとシンプルな線の裏側に複雑な世界が浮かび上がってきます。サイ・トゥオンブリーの絵の魅力はそんなところにあるのです。

立体のコラージュのような彫刻作品。表面に文章が書かれていることも。

大きな窓から外が見える展示室には彫刻作品が並びます。木の切れ端やコンセント、箱、造花など、彼が見つけてきたいろいろなものを組み合わせたものに白い石膏をかけたものです。これらの彫刻も絵画と同様、神話や考古学などを思わせます。トゥオンブリーは「白い石膏は僕の大理石だ」と語ったことがあります。ミケランジェロなど、古典へのオマージュを感じさせる言葉です。

タイトルにダブル・ミーニングが仕掛けられた『カミノ・レアル』(2011年)。

最晩年に制作した『カミノ・レアル』は鮮やかな緑の地に黄色や赤、オレンジで不規則なループを描いた作品です。それまでの彼の作品と同様に本能的に描かれた、身体性を強く感じさせる絵です。題名の「カミノ・レアル」はテネシー・ウィリアムズの演劇からとられたもの。「王の道」と「みすぼらしい現実」の2つの意味があります。「みすぼらしい」とは、老境を迎えた彼自身を表しているのかもしれません。同時に明るい色彩は彼を「王の道」へと解放してくれるようです。最後に至るまでトゥオンブリーは、作品の中に二重にも三重にも物語を仕掛けていたのです。

中央の水色の絵は2003年頃に描かれたもの。水色の絵の具の下に赤や黄色が見える。モネの『睡蓮』を連想させる。

ポンピドゥー・センターではこの後、40周年記念としてアメリカの写真家、ウォーカー・エヴァンスやイギリスのアーティスト、デヴィッド・ホックニー、フランスの現代美術作家、セザールらの展覧会が開かれる予定です。フランスだけでなく、スペインのピカソなど外国のアーティストが世界に先駆けて新しいアートの冒険を展開してきたパリ。その地で40年を迎える美術館にふさわしいラインアップです。

『無題(バッカス)』(2005年)。イラク戦争のさなかに描かれた作品。「バッカス」(酒の神)のタイトルからはワインを、時代背景からは血を連想させる。Udo et Anette Brandhorst Collection © Cy Twombly Foundation
『レモン、ガエタ』(1998年)。ポラロイドで撮影したものを拡大してプリントしたもの。そのためエッジの甘いソフトフォーカス的な画面になる。Collection Fondazione Nicola del Roscio
© Fondazione Nicola Del Roscio, courtesy Archives Nicola Del Roscio
『静物、ブラック・マウンテン・カレッジ』(1951年)。モランディを思わせる初期の写真。トゥオンブリーは1951年にブラック・マウンテン・カレッジで学んでいた頃から写真を手がけていた。Collection Fondazione Nicola Del Roscio © Fondazione Nicola Del Roscio, courtesy Archives Nicola Del Roscio


協力:フランス観光開発機構 http://jp.france.fr
   パリ観光会議局  http://ja.parisinfo.com
   パリ・イルドフランス地方観光局  www.visitparisregion.com

Cy Twombly(サイ・トゥオンブリー展)
会期:〜4月24日
会場:Centre Pompidou(ポンピドゥー・センター) 住所:Place Georges Pompidou, 75004 Paris
TEL:+33-1-44-78-12-33
開館時間:11時〜21時
休館日:火曜
入場料:14ユーロ(一般)
https://www.centrepompidou.fr/en