Feature Art 「時代はふたたび、純粋さを求めている」 新しさと普遍の美を描く、マッツ・グスタフソンの個展「NUDE」に注目。

「時代はふたたび、純粋さを求めている」 新しさと普遍の美を描く、マッツ・グスタフソンの個展「NUDE」に注目。

ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

マッツ・グスタフソンの個展「NUDE」は恵比寿のMA2ギャラリーで開催中。会期は12月27日(水)まで。

1980年前後のニューヨークは、現在とは違った意味で、圧倒的にクリエイティブでアーティスティックな都市でした。数多くの才能ある若者たちが、世界中からその街に吸い寄せられたといいます。スウェーデン出身のファッションイラストレーター、マッツ・グスタフソンもそのひとりでした。『VOGUE ITALIA』の編集長、フランカ・ソッツァーニらに早くから注目された彼は、80年代を通して第一線で活躍していきました。

転機が訪れたのは1989年。エイズの流行により悲しい現実と向き合うことになった彼は、仕事とは別に自身の作品を描きはじめます。やがて、題材として頻繁に描かれるようになったのがヌードでした。2003年5月15日号の「Pen」に掲載されたインタビュー記事で、マッツは「ファッションを描くことがどうしても薄っぺらに感じられてしかたなかった」と語っています。当時の気持ちについて、あらためて彼に尋ねました。

「ヌードとは、人の体を覆うファッションの対極にあるもの。当時の私は、人間そのものを意識したかった。特に80年代のファッションは奇妙にデフォルメされたものが多かったから、よりリアリティを大切にしようと考えた。エイズのために悲痛な現実が目の前にあり、自分を表現するのにファッションでは物足りないと感じていたんだ」

ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

個展のオープニングに合わせて日本に滞在したマッツ・グスタフソン。話し方はソフトで優しいが、眼光は鋭い。

今回の個展「NUDE」では、2つの技法による作品が展示されています。1つは水彩画で、もう1つは黒のインクを多用したドローイングです。水彩画のほうは、マッツの友人や知人がモデルを務めました。

「私のまわりのファッションにかかわる人の中で、親しい人や素敵だと思っていた人にお願いした。女性のヌードも男性のヌードもあるけれど、どれもとてもプライベートな作品だ。僕はシャイな人間だし、相手との関係もあって、勇気のいる作業だったよ」

一方、インクのドローイングは、フリーマーケットで見つけたヌード雑誌などを参照して描いていったそうです。

「あの頃は『ヴィジョネア』がエロティカ・イシューを発行したりと、ヌードがいろいろな面から注目されつつある時期だったんだ。誰もがリアルな生に向き合おうとしていたし、私のヌードも肉体へのセレブレーションと言える。当時は確かにそういう空気があった。いまにして思うと、ヌードが時代の象徴(サイン・オブ・ザ・タイム)だったということだ」

ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

2008年制作の水彩画。似た構図の作品は「エストネーション」の広告キャンペーンにも使用された。

ヌードは、本質に向かう時代の象徴だった。

1990年から翌年にかけて描かれた水彩画。

2003年の「Pen」の記事でマッツは、「金があふれ、退廃的とも言える80年代の後にやってきた90年代は、生きることの意味を問う時代だった」と回想します。そんな時代の趨勢と、彼が描くヌードの世界観は確かに重なっています。では彼にとって、2010年代とはどんな時代でしょうか?

「正直なところ、いい答えが見つからない。現在もファッションの仕事を通じて時代を感じているけれど、もっと時間が経ってわかることかもしれないね。ただ、純粋なもの、本質的なもの、正直でベーシックなものが求められているところは、90年代と共通する。テクノロジーもコミュニケーションの取り方も大きく変わったから、決して同じではないけどね。混沌とした時代の中で、若い世代ほど世界について真剣に考えていると思う」

アメリカに暮らす彼は、やはり「分断」「緊張」「政治的」が現代のキーワードになっていると言いますが、だからこそある種の救いとして、美しいものが求められているということでしょう。

Feature Art 「時代はふたたび、純粋さを求めている」 新しさと普遍の美を描く、マッツ・グスタフソンの個展「NUDE」に注目。