ヴァン クリーフ&アーペル、輝き躍動する動物たち。

  • 写真:吉田タイスケ

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「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」と名付けられたヴァン クリーフ&アーペルのハイジュエリー コレクションが披露されました。ユニークなインスタレーションをひも解きながら、その魅力をご紹介します。

再開を果たしたオテル・リッツが華やかさをふりまいているパリ、ヴァンドーム広場。やはり広場に店を構え、パリを代表するジュエラーのひとつである「ヴァン クリーフ&アーペル」が、その一角でユニークなプレゼンテーションを行いました。何世紀にもわたり芸術家の心を引き寄せ、モチーフとなってきた「ノアの方舟」の物語を表現した、新たなハイジュエリー コレクションを披露したのです。ダイヤモンドをはじめサファイア、オパール、ターコイズなどきらめく貴石を惜しみなく使った、詩的かつ創造性あふれる動物たちの世界を、たっぷりとご堪能ください。

シンボリックに表現された「ノアの方舟」

ヴァンドーム広場の一角に長い行列が。見慣れない光景に観光客も思わず足をとめていました。
銅製の塔をその中心に掲げるパリ・ヴァンドーム広場。名だたる老舗が軒を連ね、ジュエラーにとって聖地といえる場所です。

秋晴れのパリ、ヴァンドーム広場の一角に、見慣れない行列ができていました。人気ブランドのブティックに話題の商品が入荷したわけではありません。人々が集まり列をなしているのは、老舗ジュエラー「ヴァン クリーフ&アーペル」のハイジュエリーコレクションを紹介する、ユニークな展覧会が行われているからでした。

会場の入り口に設置されたディスプレイ。

会場を演出したのは、刺激的な舞台をつくりあげることで知られるアメリカ人舞台演出家、ロバート・ウィルソン。今回ウィルソンが手がけたのは、「ノアの方舟」の物語です。聖書はもちろんのこと、コーランやユダヤのラビ文学、メソポタミア文学やギリシャ神話、中国の神話などで取り上げられ、多くの芸術家たちがモチーフとして表現してきたこの物語を、ミニマルかつシンボリックに表現し、ヴァン クリーフ&アーペルの新作プレゼンテーションの場をつくりあげたのです。

ミニマルな箱型の会場を、ロバート・ウィルソンの演出とヴァン クリーフ&アーペルの新作ハイジュエリーが彩っています。
頭上に浮かべられた木製の小さな舟。エスキモーのつくるミニマムアートに着想を得たものだそう。

建物に足を踏み入れ、ほの暗いトンネルのようなアプローチをくぐり抜けると、控えめでやわらかな明かりと、優しく

打ち寄せる波の音に包まれます。奥行き約10m、幅約6mほどの箱型の空間は壁全体がLEDディスプレイとなっていて、夜明けを迎えようとする湖のような、ゆらぐ水面が全面に映し出されているのです。

時折、雷鳴のような激しい音が空間を揺さぶると、やがて空間は明るさを失い、暗闇に包まれていきます。すべてをのみ込むかのような静寂の後、ゆっくりと明るさを取り戻すと、まるでなにごともなかったように、ふたたび空間は穏やかさで満たされていくのです。

気鋭の演出家であるロバート・ウィルソンは、この小さな箱のような空間を、世界を破滅させる洪水から逃れようとする、ノアの方舟に見立てました。嵐の中を流され、さまよい、ふたたび平和に包まれていくそのさまを、映像と音によってミニマルかつシンボリックに表しました。

そして、この空間を彩る主役こそが、実に60組の輝く動物たち。ヴァン クリーフ&アーペルによって創りだされた新たなジュエリー コレクションなのです。

輝き、躍動する60組の動物たち。

ヴァン クリーフ&アーペルが誇る職人の手によって、60組の動物と3組の架空の生き物がかたちづくられた今回のコレクション。発想のもととなったのは、ヴァン クリーフ&アーペルプレジデント兼CEO、ニコラ・ボスのインスピレーションでした。ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館を訪れたボスは、ヤン・ブリューゲルの描いた大作「ノアの方舟」と運命的なな出合いを果たしたのです。

ブリューゲルは旧約聖書からコーラン、中国の神話にいたるまで、さまざまな物語で語り継がれているこの物語を、楽園への希望と喜びにあふれた情景として描いていました。その夢のような雰囲気や無邪気な楽しさに心を打たれたボスは、その感動を宝石によって表そうと決めたのです。

そして誕生したのが、フクロウからウサギ、ゾウ、ネコやライオン、ペンギンやカメレオンまで、さまざまな実在の動物とユニコーン、フェニックス、ペガサスという3つの想像上の生き物を、貴石やハードストーンで表現した今回のコレクションなのです。

また、ヴァン クリーフ&アーペルは、このジュエリーをメゾンの伝統的なアイテムであるクリップとして制作しました。メゾンの歴史の中で、さまざまなテーマがこのクリップとして表現されてきたといいます。メゾンの豊かな創造性と詩的な感性、そして、マンドール(黄金の手)と称される職人たちの技術によって、色鮮やかできらめくようなジュエリーが誕生したのです。

雌雄の像が向かい合う「エレファン クリップ」。ブルーとグリーンのコントラストが非常に美しい。
ペンギンが身体を寄せ合う「パングワン クリップ」。足元のコーラルの美しさが際立ちます。

お披露目された「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」のジュエリーを、いくつかご覧いただきましょう。上の写真は2頭のゾウをかたどったものでブルーはラピスラズリ、グリーンはマラカイトを使っています。天然素材ならではの縞模様は、この小さな動物に奥行きと生命感をもたらしています。特徴である大きな耳や長い鼻は大きさの異なるダイヤモンドを並べて表現。また、足の爪としてあしらわれたブルーのサファイアもお見逃しなく。つがいとして描かれた2頭のうち、大きな身体の雄は頭を下げ、ひと回り小柄な雌は生の歓びを表すように鼻を高く上げています。

続いては、寄り添う2羽のペンギンです。黒く艶やかな毛並みはオニキス、翼やお腹はダイヤモンドで表現され、色鮮やかなくちばしと、足元の氷はコーラルで彩っています。2羽が優しく寄り添うこのクリップは、メゾンの大切にする愛や分かち合いの価値を、かわいらしく表現しているのです。

今回つくられた3つの想像上の生き物のひとつ、ユニコーンの「リコーヌ クリップ」4つの蹄にはターコイズをあしらっています。

一方こちらは、コレクションに3頭加えられた、想像上の生き物のひとつ、ユニコーン。この3頭は気高くも一頭ずつでつくられていますが、なかでも凛々しい姿を見せているのが、片足を上げ、神秘的な横顔を見せるユニコーンです。

グリーンの目はエメラルド、角と頭部、脚部はダイヤを惜しげもなく使っています。たてがみと横腹、長い尾にあしらわれている深いブルーは、バゲットカットのサファイアで、表からは爪が見えない、メゾンを代表する技術「ミステリーセッティング」で並べられていることにご注目ください。

またユニコーンは、ヴァン クリーフ&アーペルにとって、1940 年代に初めて描かれた、非常に馴染み深いモチーフです。今回のコレクションでは同様に、メゾンにとって馴染みのあるモチーフがいくつも登場しています。

同じく想像上の生き物のひとつ、ペガサスの「ペガズ クリップ」。燃え上がる炎のような翼がユニークです。

そしてこちらも想像上の動物である、ペガサスです。ギリシャ神話に登場する、大きな羽をもつ神馬であるペガサスは、濃淡2色のコーラルを羽にあしらい、異なるカッティングのダイヤによって頭部やたてがみ、脚部や尾がつくられています。胴体部分はバゲットカットのルビーが、やはりミステリーセッティングで置かれています。

こうして紹介したのは、今回のコレクションのほんの一部です。全体では60組という数になりますが、そのすべてが新たに制作されたもの。貴石の配置やジュエリーとしての構造にいたるすべてが綿密にデザインされているわけですから、その充実ぶりは、まさに驚異的といえるでしょう。

しかもこの「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」コレクションがもうすぐ東京にやってくるというのですから、見逃せません。東京でのお披露目は2016年11月12日(土)から2017年1月15日(日)まで、銀座のヴァン クリーフ&アーペル銀座本店にて。約30組以上が来日し、ヴァンドーム広場の展示会場をイメージした空間に飾られます。貴重な輝きを実際に目にすることができるこの機会、ぜひ銀座へ足を運ぶことをおすすめします。

メゾンの歴史を継承し、発展させるアトリエ。

アトリエ内の様子。メゾンの誇るハイジュエリーがこの場所でつくりだされています。

今回のコレクションで特筆すべきは、そのすべてが同じヴァンドーム広場の一角にある、メゾンのアトリエで制作されていることです。

ヴァン クリーフ&アーペルの“命”であるこのアトリエは、メゾンが誇るマンドール(黄金の手)と呼ばれる熟練職人たちの家でもあります。3年前に大がかりな改装を経たこのアトリエでは、40人ほどの職人たちが働き、ハイジュエリーの制作を分業のもと行っています。

職人による作業の様子。セッティングに先立って、貴石をしかるべきかたちに仕上げています。

職人たちは昔と変わらぬブナ材のテーブルにそれぞれのスペースをもち、使い慣れた専用の工具を備えて作業を行っています。アトリエの職人は大きく分けると宝飾職人、石留め職人、宝石細工職人、研磨職人に分類されるそうで、それぞれの工程でスペシャリストとして役割を担っています。それぞれのもつ非常にレベルの高い技術がアトリエとして統合されることで、複雑かつ繊細きわまりないジュエリーをつくりあげることができるのです。

表側から石を固定する爪が見えない「ミステリーセッティング」は、メゾンの代名詞といえる技法。

アトリエにはこうした職人技術的な部門だけでなく、最新の機械やソフトウェアを備え、新たなセッティングや技術を研究する部門もあります。職人の手に受け継がれた技術を活かし、さらに発展させようと、日々研究がされているのです。ヴァン クリーフ&アーペルのアトリエは2011年にフランスの「無形文化財企業」に指定されましたが、それはこのアトリエが国家にとって貴重で価値のあるものと認められているからです。今回の「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」コレクションのような複雑なハイジュエリーを生み出すことができるのは、こうした背景があってこそなのです。

アトリエの一角には、メゾンの手がけたハイジュエリーのアーカイブがディスプレイされています。

聖地ヴァンドームに生まれた、最新のスペース。

パリ、ヴァンドーム広場20番地に誕生した新スペース。

最後に、今年誕生したばかりという最新のブティックをご案内しましょう。ハイジュエリーの中心地であるヴァンドーム広場は、1906年に最初のブティックが置かれて以来、ヴァン クリーフ&アーペルにとって重要な地であり続けています。そして、22番地の本店と並ぶ20番地に新たにつくられたのが、2フロア合わせて280㎡の広がりをもつこのスペースです。

1階奥のヘリテージギャラリー。ガラスの什器がユニークです。

ベージュやグレー、ホワイトといった落ち着きのあるカラートーンで彩られ、エレガントな曲線をもつ家具や什器が配置された空間は、やはり今春、東京・銀座にオープンしたブティックと同様に、パリのデザイナー、ジュアン・マンク・エージェンシーが手がけたものです。

1階奥のヘリテージギャラリーは、メゾンの歴史の中で生み出されてきた貴重なピースを眺められる空間です。取材時は大きな泡のようなガラスのディスプレイに、動物をモチーフとしたヴィンテージ作品が展示され、「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」コレクションへとつながるメゾンの世界観が紹介されていました。

「ポエティック コンプリケーション」の時計がずらりと並ぶ。
「ポエティック コンプリケーション」の新作「レディ アーペル ロンド デ パピヨン」。雲の隙間を蝶やツバメが舞い飛びます。

ヘリテージギャラリーの手前には「ポエティック コンプリケーション」シリーズの時計が美しくディスプレイされています。木の葉のモチーフを表したウッドの装飾が背後を飾り、ヴァン クリーフ&アーペルならではの詩的な時計を軽やかに彩っています。

2階へとゲストを誘う大階段。パリ産の石灰岩をつないだ階段を、優雅に装飾を施した鉄の手すりが囲んでいます。
2階、女性用とともに男性用の腕時計が揃うサロン。優美な雰囲気に包まれています。

まるで宙に浮かんでいるかのような壮麗なつくりの階段を経て2階を訪れると、そこには親密な雰囲気のふたつのサロンが置かれています。
ひとつはヴァンドーム広場を窓の外に見て、アルハンブラやペルレのコレクションをじっくりと堪能できるサロン。もうひとつは、さまざまな時計のコレクションを並べたサロンです。気になる男性用の腕時計は、おもにこの部屋に揃えられています。

メゾンの歴史を知る書籍や写真が飾られた廊下のスペース。
メゾンの過去のコレクションや、歴史を語る資料などが並ぶ。

また、このふたつのサロンをつなぐ廊下は、両側にガラスドアのブックケースが置かれ、メゾンの歴史を知る手がかりとなる書籍や写真が飾られています。アーカイブを眺めることで、ヴァン クリーフ&アーペルの製品がそれ単体で存在するのではなく、メゾンの歴史を背景にもち、その世界観でつながっていることが再認識されるのです。

新作の腕時計を手にすることも、今回紹介した「ラルシュ ド ノエ(ノアの方舟)」コレクションを眺めることも、フランスを代表するジュエリーメゾンのひとつであるヴァン クリーフ&アーペルの豊かな世界を楽しむことに変わりありません。この美しく詩的な世界を、あなたもぜひ体験してみてはいかがでしょうか。(Pen編集部)

新作ハイジュエリー コレクション『ラルシュ ド ノエ』一般公開

期間:2016年11月12日(土)~2017年1月15日(日)
場所:ヴァン クリーフ&アーペル 銀座本店 3F
住所: 東京都中央区銀座3-5-6
時間:午前11時~午後8時


問い合わせ先/ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク TEL:0120-10-1906

www.vancleefarpels.com