“視覚の革命”を起こした、ヤン・ファン・エイクの名画を訪ねてベルギーへ。【後編】

  • 写真:吉田タイスケ
  • 文:青野尚子

Share:

ベルギー、ゲント(ヘント)の聖バーフ大聖堂にあるヤン・ファン・エイクの『ゲント(ヘント)の祭壇画』。この名画の一部が修復されたのを機に、ゲント美術館と聖バーフ大聖堂で大規模なヤン・ファン・エイクの展覧会が開催されている。前編は聖バーフ大聖堂、中編はゲント美術館、後編ではゆかりの地であるブリュージュとメッヘレンの地へ。3つの街を巡って、ファン・エイクの足跡をたどる。

ブルージュの街角に立つヤン・ファン・エイクの銅像。

前編では現代美術の展示が行われる聖バーフ大聖堂中編では、ゲント美術館で開催中のヤン・ファン・エイクの特別展『ファン・エイク オプティカル・レボリューション』を取り上げたが、後編ではファン・エイクゆかりの地であるブリュージュ、メッヘレンの街並みや美術館を紹介していく。

ブルージュの街角には、ヤン・ファン・エイクの銅像が建っている。絵筆と絵を持ったその姿は、『ゲントの祭壇画』の下段左パネルに描かれたファン・エイクの自画像か、と言われている男性に似ている。


【関連記事】
“視覚の革命”を起こした、ヤン・ファンエイクの名画を訪ねてベルギーへ。【前編】

“視覚の革命”を起こした、ヤン・ファンエイクの名画を訪ねてベルギーへ。【中編】

ブルージュの運河沿いの土地にファン・エイクは住んでいた⁉

ファン・エイクが所有していたという記録がある土地。運河沿いの一角だ。
手前から2軒目は、15世紀から残る2軒の木造の家のうちの1軒。

銅像の近くには、ファン・エイクが所有していたとされる土地がある。建物は後世に建て替えられており、また必ずしもファン・エイクが住んでいたとは限らないのだが、彼もこの景色を眺めていたのかも、と想像すると楽しくなってくる。近くには、15世紀の木造建築が2軒だけ残っている。当時はこんな家がびっしりと建ち並んでいたのかもしれない。

メムリンク美術館に展示されるハンス・メムリンクの『聖ウルスラ伝』。精巧な細工の箱に、11000人の処女とともに殉教したと伝えられる聖女、ウルスラの物語が描かれている。

ファン・エイクは後世の画家たちに絶大な影響を与えたが、そのひとりにハンス・メムリンクがいる。彼は1430年にドイツで生まれ、1494年にブルージュで没した。ブルージュのメムリンク美術館に並ぶ彼の絵を見ると、ファン・エイクに倣って作品に署名を書き入れる、植物や建物など風景を細かく正確に描く、といった手法を取り入れている。

メムリンク美術館で展示されている祭壇画。礼拝堂に飾られており、『ゲントの祭壇画』と同様、祝日など特別な日だけ開けられた。

多大な影響を受けたハンス・メムリンクの美術館へ。

ハンス・メムリンクの祭壇画。柄のあるタペストリー、銅の聖杯の輝き、窓の向こうの街並みなど、ファン・エイクの絵と比べるのも面白い。

メムリンク美術館は、元は聖ヨハネ施療院という病院だった。医療が発達していなかった近代以前の病院では、治療も神頼み。院内には礼拝堂もあり、メムリンクらに祭壇画などを依頼していた。収蔵されている絵画や彫刻は、すべて病院に寄進されたものだ。宗教画は、教会などのために描かれていても、保存のためにもとの場所から美術館に移されていることがよくある。祈りのためにつくられた芸術品がもとの場所にある、その意味でも貴重な場所だ。

国外からもたらされた珍しい陶器などが並ぶ。右下の丸い蓋を開けると、当時珍重されたスパイスなどの香りがする。

次に訪れたグルートフーズ博物館は、中世から現代までの工芸品によってブルージュの暮らしや文化をたどることができるミュージアムだ。もともとはグルートフーズという一族の邸宅だった。繊細なレース、銀やガラスのカトラリー、絵付けが美しい陶器などからは、当時の裕福さが伝わってくる。ファン・エイクはフィリップ善良公だけでなく、豊かな市民からも注文を得ていた。

グルートフーズ博物館にあるグルートフーズ家専用の礼拝堂。窓から聖母教会が見下ろせる。

この博物館で面白いのが、グルートフーズ家専用の礼拝堂だ。彼らの邸宅は聖母教会と隣り合っており、教会の祭壇を見下ろせる位置に小さな礼拝堂をつくって、そこからミサに参加できるようにした。VIP席から礼拝に参加するなんて、教会にさぞ多額の寄進をしたのでは? そんなことも考えてしまう。

ブスレイデン邸博物館の展示室。宗教行列などの史料が展示されている。

同時代の史料を展示する、メッヘレンの博物館。

ブスレイデン邸博物館の一室、壁にうっすらと残るフレスコ画。中央のベンチに置かれたタブレットをかざすと元の絵が見られる。

ブリュッセルの北にあるメッヘレンも、ブルゴーニュ公国時代のネーデルランドで首都になったことのある街だ。ここにあるブスレイデン邸博物館は、ルネサンス様式の邸宅をミュージアムにしたもの。当時のメッヘレンはトマス・モアやエラスムスらが訪れ、議論を交わす文化都市だった。この博物館では主にヤン・ファン・エイクと同時代である15〜16世紀の史料を中心に展示している。ここでは愛らしい聖母像や、祭りの行列で人々がかつぐ人形、壁にかすかに残るフレスコ画をタブレットでデジタル復原できるコーナーなどで歴史の深みを味わうことができる。

ブスレイデン邸博物館にある修道女が祈りを捧げていた祭壇。中央に小さな花や人形がびっしりと飾られている。

なかでもユニークなのが、修道女たちがプライベートなお祈りのために使った祭壇だ。大きさは1m弱ほど、決して小さなものではないのだが、その中にぎっしりと花や聖母マリアの人形などが設えられているのだ。これは聖母マリアの純潔を象徴する「閉ざされた庭」とも関連している。

ブスレイデン邸博物館に展示されている祭壇のひとつ(部分)。聖アンナが聖母マリアと幼児キリストを抱いている。

その精巧なつくりもさることながら、保存のために定期的に細かいパーツをすべて取り外し、洗浄・修復してからもとに戻すという細かい作業を行っているという話に驚いた。日本の千手観音像の洗浄・修復を思い出す。細かいところまでぎっしりと描き込んだ、ヤン・ファン・エイクの絵も思わせる。

修復された『ゲントの祭壇画』からその迫真性に迫るゲント美術館の展覧会『ファン・エイク オプティカル・レボリューション』は2020年4月30日まで開催。また、聖バーフ大聖堂での現代美術の展示は2020年10月までの予定。ゲント、ブルージュ、メッヘレンはそれぞれ電車で30分〜1時間半程度の距離。3つの街を巡って、ヤン・ファン・エイクの足跡をたどってみてはいかがだろう。

聖バーフ大聖堂
Sint-Baafsplein, 9000 Gent,Belgie
※現代美術の展示は2020年10月まで。詳細はHPで要確認
https://sintbaafskathedraal.be


『ファン・エイク オプティカル・レボリューション』
開催期間:2020年2月1日~2020年4月30日
開催場所:ゲント美術館(Museum voor Schone Kunsten Gent | MSK Gent
Fernand Scribedreef 1, 9000 Gent, Belgie
料金:一般28ユーロ 
※開館時間、休館日はHPを要確認
https://www.mskgent.be/en


グルーニング美術館
https://www.visitbruges.be/en/groeningemuseum-groeninge-museum

メムリンク美術館
https://www.museabrugge.be/en/visit-our-museums/our-museums-and-monuments/groeningemuseum

グルートフーズ博物館
https://www.museabrugge.be/en/visit-our-museums/our-museums-and-monuments/gruuthusemuseum

ブスレイデン邸博物館
https://www.hofvanbusleyden.be


協力:
ベルギー・フランダース政府観光局 www.visitflanders.com/
ゲント市観光局 https://visit.gent.be/en
ブルージュ市観光局 www.visitbruges.be/en