nendoが日本美術を見せるとどうなる? サントリー美術館『information or inspiration?』展で刺激的な体験を。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:土田貴宏
  • 動画ディレクション:谷山武士 

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予想のつかないクリエイションを発表し続けるデザインオフィス「nendo(ネンド)」が、サントリー美術館と共同でアートの見方をデザインした展覧会『information or inspiration? 左脳と右脳でたのしむ日本の美』を開催。nendoを率いる佐藤オオキさんに、展覧会に込めた思いを聞きました。

現在、日本で最も多忙なデザイナーとして活躍している佐藤オオキさん。2002年にnendoを設立し、プロダクト、空間、建築など幅広いデザインを手がけています。

サントリー美術館は、日本の絵画や工芸品などの古美術を核に充実したコレクションをもつ、1961年開館のミュージアムです。2007年に六本木・東京ミッドタウンに移転し、「生活の中の美」をテーマとするさまざまな展示を行ってきました。『information or inspiration?』展は、その長年の活動の中でも異彩を放つ、現代を代表するデザインスタジオ「nendo(ネンド)」とのコラボレーション展です。展覧会の副題は「左脳と右脳でたのしむ日本の美」。nendo代表の佐藤オオキさんは、1つの芸術作品をまったく異なる2つの視点から見せる展覧会を構成しました。



右と左、どちらのエントランスに進んでもいい。

『色絵鶏形香炉』江戸時代中期 17世紀後半~18世紀 サントリー美術館 柿右衛門様式でつくられた江戸時代中期の名品。この展覧会の展示品はすべてサントリー美術館が所蔵する日本の古美術品で、nendoは展示品の選択から展示構成までを全面的に手がけました。

『information or inspiration?』展のエントランスは、左と右の2つに分かれています。左側は、1つ1つの作品が展示台に配置され、壁面に豊富な情報を掲示した「information」。知性や論理性を重視する、左脳型の空間になっています。そして右側が、同じ作品の個性を引き出して、情報を一切掲示しない「inspiration」。こちらは直感や感性を積極的に働かせる、右脳型の空間という位置付けです。このユニークな展示構成について、佐藤さんはこう説明します。

「あえて情報と直感を切り離すことで、新たに見えてくる景色があるんじゃないかと考えたのです。だから、どちらから観てほしいということはまったくありません。『inspiration』から見た後に『information』で答え合わせしてもいいし、先に『information』で情報を得てから『inspiraion』を楽しんでもいいんです」

『information or inspiration?』展の来場者は、エントランスで最初に「information」と「inspiration」のどちらに進むかを自分で決めることになります。もちろん最終的には両方を観ることもできます。
「information」のスペースは、作品を見る窓とともに、壁面に豊富な情報や作品の背景が掲示されています。空間も「inspiration」は黒で、「information」は白で統一してあります。photo: Takumi Ota

展示室にある作品の多くは、「information」と「inspiration」の左右両側のコースから鑑賞できるようなっています。特に「inspiration」では、1点ずつ展示方法を工夫して、古美術が秘めた魅力を引き出しました。

「今回は、サントリー美術館がもつ3千件もの収蔵作品から、まず僕が直感で面白いと感じたものをセレクトしました。さらにそれらの作品について学芸員の方から説明してもらい、自分でもリサーチして、展示品を最終決定しています。『inspiration』での作品の見せ方は、僕が直感で感じた面白さを強調しようと考えました」

展示作品が決まると、nendoは自社で模型を制作し、見せ方のシミュレーションを繰り返したそう。「相当に汗をかく作業でした」と佐藤さんは振り返ります。

「inspiration」のスペースでの『蔦下絵新古今集和歌色紙』の展示。本阿弥光悦が書を、俵屋宗達が下絵を描いた作品で、色紙、金泥の下絵、和歌、落款の4つのレイヤーに分解して展示しています。
「inspiration」のスペースでは、このように作品の全貌をあえて見せない展示手法が多用されています。江戸時代中期の『藍色ちろり』の色を強調するために使用したのはフロストグラスです。
本阿弥光悦作の『赤楽茶碗 銘 熟柿』の「inspiration」での展示は、胴に沈み込むような特徴的な高台だけが見えます。正面からでは見えないこの部分が、銘の“柿”の由来になっているとされています。

「inspiration」のコースには、ぼんやりとしたブルーの光が見えるだけの作品があります。これが江戸時代中期につくられたガラス製の『藍色ちろり』で、どんな背景から生まれた作品なのかは、「information」のコースで詳しい説明とともに明かされています。

「いままで多くのガラスメーカーと仕事をしましたが、こんな色はほとんど見たことがありません。深みのある色を浮き上がらせるため、シルエットやディテールは見せないほうがいいと考えました」

また半透明のボックスがいくつも並んでいるのは『御所車桜蒔絵提重』の展示。すべての箱がパズルのようにひとつの箱に収まる精巧な作品です。「実際に自分で広げてから納めたい衝動を感じた」という佐藤さんは、樹脂製のレプリカを来場者が組み立てられるようにしました。

『御所車桜蒔絵提重』の形状を半透明の樹脂で再現したもの。来場者はこのパーツを自由に手に取って組み上げ、精巧なパズルのような構成を実際に体験できます。
『御所車桜蒔絵提重』江戸時代後期 19世紀 サントリー美術館 『御所車桜蒔絵提重』は、重箱や酒器などを一体にしたもの。「小さく整えるのは、現在においても日本のデザインのお家芸。その伝統を感じました」と佐藤さん。

左脳と右脳の“グレーゾーン”に意味がある。

『白泥染付金彩薄文蓋物』小形乾山 江戸時代中期 18世紀 サントリー美術館 「information」スペースでの展示。作品に正面から向き合える「information」で、佐藤さんは「予想に反して右脳が刺激された」といいます。

「inspiration」に対して「information」は、従来の美術館の見せ方に近い、作品に対して正面から向き合える展示方法が採られています。さらに作品についての説明文と、その製法や時代背景などに関する解説が、nendoの監修のもと、イラストレーションとともに掲示されています。

「自分で会場を歩いてみると、作品をスタンダードに見せる『informaton』はモノの魅力がストレートに伝わって、実は右脳が刺激される。一方の『inspiration』は、どうしてこういう見せ方をしたのか、作品のなにを抽出しているかを考えると、左脳が働く。『information』が左脳、『inspiration』が右脳という設定でしたが、逆のことが起きているわけです。展示を右と左にパキッと分けたことで、どちらともつかないグレーゾーンがグラデーション状にあることにあらためて気付かされました」

そのグレーゾーンの豊かさこそが、展覧会の最大のテーマだと言えるでしょう。

「inspiration」スペースでの『白泥染付金彩薄文蓋物』は、蓋の中に自分が入ったような空間が出現。この蓋物は、金彩の華やかな外観と、モノトーンの染付の内側のコントラストが特徴です。
『薩摩切子 藍色被船形鉢』江戸時代後期 19世紀中頃 サントリー美術館 羽を広げたコウモリがモチーフ。「information」スペースではこのように全貌が見られますが、「inspiration」スペースでは一方向から強い光を当ててできる影によって、モチーフの形を示します。
『銹絵染付松樹文茶碗』尾形乾山 江戸時代中期 18世紀 サントリー美術館 江戸時代を代表する芸術家のひとりである乾山の茶碗には円筒形のものが多く、その形状を生かした絵画的な絵付けが見どころです。
「inspiration」スペースでの『銹絵染付松樹文茶碗』の展示は、鏡面仕上げの円筒形に周囲の絵柄が映り、本物の茶碗のように見えるという趣向。フォルムと絵柄の関係性を、驚くような手法で伝えています。

「自分自身、日々新しいアイデアをどう生み出すか格闘しているわけですが、はるか昔につくられたものに触れると、手のひらの上で踊らされている気がすることもあります。ものづくりの発想やエッセンスは脈々と受け継がれていて、あくまで自分はその文脈の上でデザインをしているような感覚です」

佐藤さんは、今回の展覧会のプロセスを通して、日本の古美術への認識を新たにしたといいます。

「ただし『古いから優れている』というフィルターは、自分の中にはもたないようにしています。この展覧会のセレクトや見せ方も、できるだけフラットに、現代を生きる自分の目線で面白いと感じるかどうかを重視しました。今回のように特別な見せ方をするためには、そうした目線がなければいけないと思います」

右に展示されている『菊蒔絵煙草盆』は、紫檀の素地に金蒔絵で菊の模様を施した江戸時代後期の作品。左に置いた現代のたばこ、灰皿、ライターは、右の作品と機能においてはほとんど同じであることを示しています。

絵巻物のような、nendoのインスタレーション

『uncovered skies』nendo 設置されている傘をさして光の下を歩くと、傘が光を遮る部分にだけ映像が表れるインスタレーション。その様子は、3階と4階をつなぐ階段からも見て楽しむことができます。

サントリー美術館の展示室は3階と4階に分かれており、2つのフロアをつなぐ階段のアトリウムには体験型インスタレーション『uncovered skies』があります。この展覧会のコンセプトを踏まえたもので、来場者が傘を持って光の中を歩くと、床面に映像が浮かび上がってきます。佐藤さんは説明します。

「右脳と左脳をミックスした状態を生み出そうと考えた作品です。体験して楽しむことも、階段の上から見て楽しむこともできて、最後に“答え合わせ”ができるようにしました。天井のプロジェクターの白い光は、傘を透過すると映像になって床に投影されます。その映像は絵巻物や屏風絵のように、季節や気候の変化を表現しています」

つまりこのインスタレーションは、nendoによる日本の伝統的な表現手法の再解釈。直感的な楽しさと、背景となる情報や物語が、やはり一体になっているのです。

『uncovered skies』の仕組みを解説するコーナー。通常のプロジェクターは映像を映すために偏光板が内蔵されていますが、偏光フィルムを傘に使うことで、同様の効果を生み出しています。解説イラストにもネンドらしさが。
「この展覧会の見方に正解はありません。日本の古美術はこんなにおもしろいと感じるきっかけになるといい」と佐藤さん。彼ならではのフラットな視点を大切に、古美術の魅力を探りました。

「いままでたくさんの展覧会をデザインしてきましたが、その中で作品の情報をどのように、どのくらい提供するのがいいのか、いつも悩んできました。情報が過剰だと作品が楽しめないし、なさすぎても消化不良になってしまう。『information or inspiration?』展は、そんな情報と直感という、以前から考えてきたテーマをもとに構成した展覧会なのです」

佐藤さんは、この展覧会の発想の原点について、こう語ります。そこから生まれたコンセプトが、単に展示空間をデザインするだけでなく、美術鑑賞という行為そのものをデザインする、今回の展覧会を実現させました。従来の古美術展のあり方との大きなギャップに、来場者が戸惑うケースもあるかもしれません。しかし意外性は、アートと人の関係をより自由にしてくれるに違いありません。

「inspiration」のスペースでの『蓮下絵百人一首和歌巻断簡』の展示では、来場者の立つ位置が指定されています。そこから見ると、作品の違った魅力に気付くことになります。
本阿弥光悦が書を、俵屋宗達が下絵を描いた『蓮下絵百人一首和歌巻断簡』。上の写真のように指定の位置に立つと、ある仕掛けとともに、正面の小窓からこの作品が見えます。

information or inspiration?
左脳と右脳でたのしむ日本の美


開催期間:2019年4月27日(土)~6月2日(日)
開催場所:サントリー美術館
東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3F
TEL:03-3479-8600
開館時間:10時~18時(金曜、土曜、4月28日~5月2日、5月5日は20時まで、5月25日は六本木アートナイトのため24時まで) ※入館は閉館の30分前まで
会期中無休
入場料:一般¥1,300(税込)
http://suntory.jp/SMA/