空山 基の最新セクシーロボットに見る、やわらかな金属のフェティシズム

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:山田泰巨

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アーティスト、イラストレーターの空山 基のふたつの個展が、東京・渋谷で開催中だ。NANZUKAメインギャラリーでの『SEX MATTER』、渋谷パルコ2階のNANZUKA 2Gでの『TREX』と、精力的に作品を制作し世界を魅了し続ける作家に、創作へのモチベーションを聞いた。

空山 基(そらやま・はじめ)●1947年、愛媛県生まれ。国内外で活躍するアーティスト、イラストレーター。代表作に、人体美とロボットを融合させた「セクシーロボット」シリーズ。着用しているシャツは、空山の作品を用いてファッションディレクターの小木“POGGY(ポギー)”基史が制作したセレクトショップ「2G」のもの。

空山基の名を知らずとも、その作品や関わったプロジェクトを知らない人を探すのは難しい。肉感あふれる人体の美と、メカニカルな表現が融合する唯一無二の描写力で1970年代から活躍する空山の作品は、世代や国籍を超えて多くの人々を魅了する。ソニーが開発したエンターテインメントロボット『AIBO』のコンセプトデザイン、エアロスミスが2001年に発表したアルバム『Just Push Play』のカバー、そして18年には東京で開催されたディオールのショー会場に全長12mもの巨大な作品「セクシーロボット」が設置されたことも記憶に新しい。ディオールのメンズ・アーティスティックディレクターであるキム・ジョーンズやステラ・マッカートニーなど、ファッション業界をはじめ各界に空山のファンは多い。今回の個展でも、オープニングとともに新しい作品集を限定で無料配布するや、あっという間になくなったという。

「私のことを知らない若者と一緒にやっていきたい。無料で本を配ったのも、その中の誰かが将来、自分に仕事を頼んでくれればいいという先行投資みたいなもの」と嘯く空山に、クリエイションについての思いを訊いた。

性というタブーを、正論で崩していきたい。

NANZUKAメインギャラリーで開催中の個展『SEX MATTER』より。「セクシーロボット」シリーズの立体作品とともに水彩画が展示される。

「あれは観音様ですね」

ディオールのショーに鎮座した自作を振り返って、空山はそのように表現する。全長12m、総重量9150㎏におよぶ巨大な作品は、来場した関係者を圧倒した。「あの像をお年寄りが見たら思わず拝むかもしれない」と笑い、過去のインタビューでも「恐れ多い人はセクシーである」と答えているように、空山の作品は艶めかしくもどこか神々しい。今回の個展『SEX MATTER』で展示される「セクシーロボット」をはじめ、絵画の数々を見るとその思いは強まるばかりだ。

本展で真っ向から挑むテーマは、ずばり「性」。男女が裸体を晒し、その営みから生命が生まれることに切り込む。「タブーを正論で崩していきたい」と、空山は言う。空山が言うタブーとは、いったいなにか。

「ヒトは社会を構築する中で、社会性に合わせて自らを修正していく癖があります。それは抑圧であり、文化の敵です」

ガラスケースの中、飛翔するように設置された「セクシーロボット」。立体作品は人気が高く、購入を待つコレクターも多い。
細部まで人体の曲線美をリアルに表現する。しかしこれはデフォルメされたものであると空山。ロボットの各所に刻まれた文字に、作品のテーマが読み解ける。

1970年代より写実的な描写で女性のヌード像を描いてきた空山は、その経歴ゆえ、美術界では評価を二分されてきた。しかし表現自体は美術の歴史において王道をいくもので、そこには人間美への賛美があり、好奇心と生への強い欲求がある。ただし空山に自身の創作の根底にあるものを尋ねると、「私の軸足は猥褻にある」と、タブーをも嘲笑うかのように軽やかに身をかわす。

「そもそも性欲は人間の根源的な欲求です。私自身はやはりおっぱいが好き。そう言うとヤラシイなんて言われるけれど、哺乳類はみんなおっぱいで育ったんだから大切な存在です。そして知性や品性だってそうであるように、母性もまたセクシーな存在。だからこそフェティッシュの対象になるし、そこに人はファンタジーを見出す。実際のおっぱいなんて、そんなにセクシーなものじゃない。私が描くようにハリもなければ立ち上がってもいません。ピンヒールは女性の立ち姿を美しく見せるけど、それも自然な形ではない。けれど私はそれを踏襲して、絵の中に取り込んでいるんです」

空山は生身をデフォルメすることで、フェティシズムを描くのだ。

NANZUKAメインギャラリーに展示された「セクシーロボット」の作品。強調された身体でフェティシズムを表現する。
「セクシーロボット」の立体とともに、会場では水彩画を展示。ロボットの金属表現は、ブルーで空の反射を描き、ほのかな茶と黄色で土の色を映し、人の記憶にある金属の見え方を踏襲する。

体験に伴う表現で、やわらかな金属を描く。

本展では男女のロボットによる性行為を描いた「春画」も展示する。金属で覆われたロボットでありながら、肉感を伴う描写は艶めかしい。

個展『SEX MATTER』は会場に黄色のパーティションを設け、「R18」と注意書きがされた別室が用意されている。ここで展示されているのは、空山版春画と言える、男女の営みを描いた水彩画だ。これまでも空山が描いてきた絵の中にはさまざまな暗喩が秘められており、浮世絵と通ずるものがあった。たとえば、今回のとある新作は勝海舟と篤姫をモチーフにしているが、それは絵の中にちりばめられたさまざまなモチーフから読み解くことができる。

「ひと言でいえばオヤジギャグみたいなもの。セックスを描くなかで捻りを入れているんです」と空山は言う。

フェティッシュでエロティックな表現とともにテクニカルな話を織り込む空山の姿は、作品同様に清濁併せ呑む人物であることを感じさせる。「自分のまねをするとおしまい」と言い、今後も新たな作品制作に意欲を燃やす。

エロティックな表現ながら、淡い水彩表現はやわらかく優しい。それでいて金属のもつ硬質な表情をも両立する点で、空山の高度な表現力に目を奪われる。どのようにこれらを描くのか。

「金属そのものは鏡みたいなもので、それそのものを描くことはできません。たとえば私は金属の上部にブルーを差し込む。それは空を映し込んだ金属の姿です。そして下部に土や砂を思わせる黄色や茶の映り込みを描いている。いまを生きる私たちは体験的にそれが金属であると認識することができる。もし昔の人がこの絵を見ても金属と認識することは難しい。体験に伴う表現を取り込んでいるんです」

黄色の壁に囲まれた展示室には18歳未満は観賞不可の、空山版春画が並ぶ。ロボットに刻まれた文字や背景に描き込まれたモチーフなどから、空山の思考を読み解くのも面白い。

「金属の下に女性らしい皮下脂肪を感じさせることも重要ですね。男性は金属の下に筋肉を描くから硬さがある。実際の金属は水銀でもない限り、伸びたり縮むことはありません。これは創造の中で描かれた金属ですが、スキンやラバーフェチの世界に近いと言えるかな」

空山は1980年代にドイツで参加したラバーフェチのパーティを例に、「かっこよさと下ネタとの両立」が大切だと言い切る。

「作品がすべて。作品がよければいいし、つまらないならなにを言おうとだめ。これからもそうありたいですね」

渋谷パルコ2階のNANZUKA 2Gでは『TREX』展を開催。こちらはメカニカルに表現された恐竜を描く。素材が異なる5体の恐竜には、人体とは異なるフェティシズムが宿る。
茶目っ気たっぷりに話す博識な空山。自身の経験談を織り交ぜつつ、ときに話は猥談に逸れていった。

『SEX MATTER』

開催期間:2020年3月14日(土)~4月12日(日)
開催場所:NANZUKA
東京都渋谷区渋谷2-17-3 渋谷アイビスビル B2
TEL:03-3400-0075
開場時間:11時~19時
定休日:月・祝
https://nug.jp


『TREX』

開催期間:2020年3月13日(金)~4月12日(日)
開催場所:NANZUKA 2G
東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ2F
TEL:03-3400-0075
開場時間:10時~21時
定休日:パルコの休館日に準ずる


※会期や開廊時間、休廊日などが変更になる可能性があります。事前に確認をお薦めします。