現代アートが彩る道後温泉で、山口晃の手がけた客室に泊まりませんか?

  • 文・青野尚子

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2014年からスタートし、温泉街と現代アートの意外なコラボが人気となっている道後のアートフェスティバル。2016年度は人気作家、山口晃さんが登場。日本最古の温泉街を、独自の作品が彩っています。

道後温泉本館に飾られた山口晃さんの《飛行機百珍圖》。飛行機の中でお風呂に浸かっている人もいます。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

日本最古の温泉として知られ、さまざまな伝説に彩られた愛媛県の道後温泉。2014年から、温泉宿の客室を著名なアーティストがつくりかえたり、街中に作品が出現したりと、現代アートによる新たな“仕掛け”が話題となっています。たっぷりと湧き出すまろやかな温泉と現代アートを合わせて楽しめる道後のアートフェスティバル、2016年を飾るのは、日本古来の絵画様式を発展させた作風が人気の山口晃さん。彼のアートで道後の街がどう変わっているのでしょうか? 気になる様子をさっそく見てみましょう。

2016年の道後アートは、山口晃が登場。

道後温泉本館。3階屋上の振鷺閣(しんろかく)にはめ込まれた赤いギヤマンから漏れる光は、ネオンもない時代に一段と目立ったそう。
《今様物の具吹寄せ》と名付けられた、「ホテル椿館」の客室に山口さんが絵を描いた作品。11:00〜14:20の間は見学可能。見学料金は1000円。宿泊すればこの部屋で眠れます。宿泊の問い合わせはホテル椿館(tel. 089-945-1000)まで。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

客室がまるごとアートになった空間で眠る。そんなユニークかつ贅沢な体験ができるのが「道後アート」のプロジェクトです。2014年に「道後オンセナート」というタイトルで始まったプロジェクトでは、これまで道後温泉の複数のホテルでアーティストのジャン=リュック・ヴィルムートや建築家の谷尻誠、デザイナーの石本藤雄さんたちがユニークな客室をつくってきました。昨年の「道後アート2015」では蜷川実花さんが和洋二つの客室に写真をあしらった部屋をつくり、広く話題となったのも記憶に新しいところです。

今年の「道後アート2016」に選ばれた画家の山口晃さんは「ホテル椿館」にある二間続きの和室の一室に、道後温泉の歴史からインスピレーションを得た襖絵・扉絵を描きました。襖や扉を閉めると部屋全体に彼の絵が広がる様は、まさに圧巻です。

襖絵の部分。鷺が温泉の休憩室でくつろぐシーンが描かれています。撮影:青野尚子

緻密に書き込まれた絵をよく見ると、夏目漱石によく似た人物や、瓦屋根が載った電車が描かれています。画面の大半を占めるのは鷺の入浴風景。道後温泉には昔、足に傷を負った白鷺が飛んできて温泉の湯に足をつけたところ、その傷が治って飛んでいったという伝説があります。山口さんの絵はその伝説をふまえたものなのですが、もっと庶民的な鷺がたくさん登場しています。杖をつき、孫の手をひいて温泉に向かうおじいちゃん鷺、嘴に柄杓をくわえてもう一羽の鷺にかけてあげる鷺、親の背中を流してあげる小さな鷺、お茶を飲む鷺……。どの鷺も生き生きとして楽しそうで、思わず仲間に入りたくなってきます。

《今様物の具吹寄せ》にはこんな部屋も。床の間をよく見ると、半透明の波板で棚などが設えられています。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery
《今様物の具吹寄せ》、箱根の寄木細工のような壁。木目模様をプリントした、チープな素材でできています。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

この襖絵がある部屋をよく見ると、襖絵以外にも見慣れたホテルの部屋とはちょっと異なる設えが目に入ります。欄間や床の間には、透し彫りの板などの代わりに半透明の波板が置かれ、まるで工事現場のような雰囲気です。もしかすると質素なもの、簡素なものを尊ぶ茶の湯の精神が反映されているのかもしれません。また、壁の一面を覆っているのは木目模様が印刷されたパネルです。大小の菱形が組み合わされた様子は箱根の寄木細工のようにも見えます。

道後温泉本館近くに立つ、不思議な電柱の正体は?

山口晃さんの屋外アート《要電柱》。道後温泉本館裏の東屋、「振鷺亭(しんろてい)」前にあります。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

道後温泉のシンボル的存在である「道後温泉本館」は、国の重要文化財にも指定されている、木造の重厚な建物。その近くに、妙な電柱が立っています。実はこれも山口晃さんの作品で、《要電柱》というタイトルがつけられています。電柱というと街の美観を損ねる悪者扱いされがちですが、山口さんは「柱華道」と名付け、電柱をいけばなのように仕立てた絵画やインスタレーションを発表してきました。

《要電柱》は高さ約10m、本格的な“電柱アート”です。緑青の屋根は上から見ると道後温泉本館の屋根が続いているように見えます。面白いのは、実はこの通り自体は景観に配慮して、電線が地下化されていること。そこにないはずの電柱が立っているのです。

冠山から見下ろした《見晴らし小屋》と《要電柱》。道後温泉本館の緑青の屋根が続いていくようです。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

その近くの冠山には、中腹の階段に《見晴らし小屋》が作られました。《要電柱》と同じ、緑青の屋根が階段を彩ります。ところどころにベンチも設えられていますが、中には入れない小さな“庭園”も。鑑賞したり座ったり、道後の景色を眺めたりといろいろな楽しみ方のあるアートです。

「道後舘」1階の喫茶ラウンジに飾られた《厩圖》。山口晃さんの作品をプリントしたものです。ラウンジの営業時間中はいつでも見学ができます。問い合わせは道後舘(tel. 089-941-7777)。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery
「ふなや」にある山口晃さんの《武人圖》。足湯のある庭園の中の主屋に飾られています。問い合わせはふなや(tel. 089-947-0278)。

「道後アート2016」では道後温泉本館や「ホテル椿館」以外の他のホテルにも、山口晃さんの作品が飾られています。オリジナルは非常にデリケートなものなので、実際に置かれているのは実物ではなくプリントされたものですが、どれも山口さんらしく、細部まで描きこまれ、歴史と現代がシャッフルされていたりするユーモラスなもの。これらは宿のロビーやラウンジなど、宿泊しなくても見学できるエリアにあります。

レストランギャラリー《連子風洞》。ホテル「茶玻瑠」2階の茶寮「花小路」のオープンキッチンに作られた山口晃作品です。書かれた文字は山口さんが独創した、実際にはない文字。個室にも山口さんが作った行灯が飾られます。©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery

過去と現代を自在に行き来する山口晃さんの作品は、古い歴史をもつ道後の街によく合います。実在したのかわからない想像上の“過去”を描き出し、それによって道後の新しい魅力を発見させてくれるのです。昨年のアーティスト、蜷川実花さんの艶やかな作品とは対極的なところもまたユニークです。

この「道後アート2016」の開催は、2017年8月末まで。日本最古の温泉に一度は訪れてみたいと思っていた方、ぜひこの機会に足を運んで、現代アートとのコラボレーションを楽しんでください。(青野尚子)

昨年の「道後アート2015」から継続している「HOTEL HORIZONTAL 蜷川実花×道後プリンスホテル『TSUBAKI』」。2017年8月までの限定です。
©mika ninagawa,Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「街歩き旅ノ介 道後温泉の巻」 山口晃 道後アート2016

会場:愛媛県道後温泉およびその周辺エリア
会期:2017年8月末まで
http://dogo-art.com