スマイルズの遠山正道さんと探る、「オーデマ ピゲ」とコンテンポラリーアートの素敵な関係。

  • 写真:岡村昌宏(CROSSOVER)
  • 文:横山いくこ

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コンテンポラリーアートを支援することで、ブランドの魅力を新しい形で発信するスイスの名門時計ブランド、オーデマ ピゲ。その取り組みが結実したアート・バーゼル香港をスマイルズの遠山正道さんと訪れ、ブランドとアートの関係性を探りました。

アート・バーゼル香港にて。オーデマ ピゲのVIP向けコレクターズラウンジ全体のデザインを手がけ、またラウンジ内でインスタレーション『Foundations(礎)』を発表したセバスチャン・エラズリスさん(右)と、スマイルズの遠山正道さん(左)。

卓越した技術と芸術性を併せもつスイスの高級時計ブランド、オーデマ ピゲは、現代アート作家とのコラボレーションを通して、世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」を支援しています。今年3月に開催された「アート・バーゼル香港」でも、ふたりのアーティストと協働して大きな話題を呼びました。それはどんな作品なのか、オーデマ ピゲはなぜコンテンポラリーアートにコミットするのか――。アートにも造詣が深いクリエイティブな経営者、スマイルズの遠山正道さんの視点を通して、紐解いていきます。

世界のいまを感じられる、最大級のアートフェア

今年は3月下旬に開催されたアート・バーゼル香港。開場前からエントランスには列ができ、混雑が一日中続くほどの大盛況でした。

1970年にスイスで始まったアート・バーゼルは、近現代美術が取引される世界最大規模のアートフェア。バーゼルだけでなく、マイアミ・ビーチと香港でも開催されています。今年で6回目を迎えたアート・バーゼル香港には、32カ国から248の名だたるギャラリーが出展。VIPのための内覧会を含めた4日間半で約8万人が訪れる、メガイベントとなりました。

アート・バーゼル香港の特徴はなんといっても、アート界をリードする西洋と東洋のアートギャラリーが一堂に会することです。さらに勢いあるアジアの新進ギャラリーも加わります。そこに集まる表現の多様性から、現在進行形の凝縮された世界情勢を知性と感性で体感できるのです。

会場内の様子。手前は、2015年に日本で大規模展覧会を開催したベトナム出身のディン・Q・レの作品。

オーデマ ピゲは5年前から、世界中のアートラバーの集まるこのアート・バーゼルとパートナーシップを結んでいます。以来、3都市のフェア会場内にオーデマ ピゲのコレクターズラウンジを設け、そこで気鋭のアーティストとコラボレートした作品を発表しています。オーデマ ピゲの哲学やレガシーを作品づくりの発着点としながらも、アーティスト側にとても自由な裁量を与えたプロジェクト。毎回、その作品は多義的で示唆に富み、アーティストとオーデマ ピゲ双方のクリエイティビティを更新しつづけています。

会場内の様子。遠山さんが見つめるのは、日本人作家の大巻伸嗣さんの作品。向こうが透けるような薄い布がクラゲのように舞う不思議な光景に、多くの来場者がカメラを向けていました。

オーデマ ピゲの故郷、ジュウ渓谷に着想を得た幻想的なインスタレーション

オーデマ ピゲのコレクターズラウンジの中央に設置された、エラズリスさんによる幻想的なインスタレーション。鉄鉱石を模した数百ものオブジェが、モービルのように回転しています。

アート・バーゼル香港には、これまで何度か訪れている遠山さん。さっそくオーデマ ピゲのVIPラウンジを訪れました。照明を落としたシックで謎めいた空間には、壁面には時計が飾られ、空間の中央には数百個のゴールド色の鉄鋼石が浮遊。時計の針のごとく正確に回転し、中央には鋳造場から流れ出る液状化した金属をイメージしたという、金色のラインが一筋。この空間をデザインし、インスタレーションも制作したチリ出身のアーティスト、セバスチャン・エラズリスさんに、遠山さんが話を聞きました。

初対面のエラズリスさんと遠山さんですが、インスタレーションのコンセプトに始まり、アートがもつ力といったテーマにまで、話は盛り上がりました。

遠山:お目にかかる前に、エラズリスさんのこれまでの作品を拝見しました。アートだけでなくデザインなど、広いフィールドで活躍なさっているところに興味をもちました。まずは今回の作品について教えてください。

エラズリス:僕は作品づくりにおいて、「与えられた機能や課題から物語を形づくり、そこに関係性をもたせる」ことを考えています。今回のオーデマ ピゲのラウンジ全体のデザインも含めた作品『Foundations(礎)』は、鋳造や鉄鋼石をテーマにしています。オーデマ ピゲとアート・バーゼルでコラボレーションするのは2016年から3年連続となります。毎回、スイス・ジュラ山脈にあるオーデマ ピゲの故郷、ジュウ渓谷からインスパイアされた天然資源をテーマにしていて、今年が三部作の最後。2016年は『Ice Cycle(氷のサイクル)』、2017年は木に着目した『Second Nature(第二の自然)』、そして今回の『Foundations(礎)』です。雪に閉ざされがちな谷間の石にわずかな鉄分を見出し、金属をつくり始めたのがジュウ渓谷の時計づくりの原点。三部作の最後と言いながら最初の地点に戻ることで、ひとつのサイクルを完結しようと試みています。

遠山:雄大ですね。このインスタレーションの散りばめられた金の石は、あえて自然をもう一度かたどるという作業をしているんですね。

エラズリス:僕が暮らすブルックリンに落ちている石でよければ早かったんですけどね、それじゃ実際のところ重すぎて(笑)。ジュウ渓谷の石を実際に型取りして、3Dプリンターで形成したのですが、緻密に自然を再現して行くという作業は、マスターピースをつくり上げて行くオーデマ ピゲの職人たちとそのプロセスへの僕なりの愛とオマージュです。

最新テクノロジーは、表現の幅や視点の広さをもたらしてくれる。

ジュウ渓谷に見られる、鉄分を含む荒々しい石が3Dプリンターでとてもリアルに再現されています。

遠山:自分で自主的につくる作品と、こういったコミッションワークで作品をつくるときの差はなんですか?

エラズリス:いい質問ですね。コミッションワークというのはジャグリングに似ているかもしれません。必要要素を踏まえながら、どうやって制約をクリアしていくかを同時に考えていくのです。オーデマ ピゲのラウンジの場合、もちろん時計を展示するスペースから電源、セキュリティまでさまざまな要望を満たした上で、ブランドの根底にある「時を刻むピース」という物語に、どんな新しい側面を与えることができるかを考えます。

遠山:僕は最近、「ザ・チェーン・ミュージアム」をいうプロジェクトを始めました。それはアーティストが単にコンセプトだけを重視するのではなく、ひとつのプロジェクトとして、ビジネスサイドとしっかチームを組んで新しい仕組みをつくるというをことを考えています。いまのお話には、そういった点でもとても共感を覚えます。

エラズリス:僕も同感です。でも、それにはテクノロジーを投入していくことが大事だと思います。いま僕たちがいるアートフェアの会場だって、基本的には現代アートといいながら、マーケットに依存した近代美術の手法で製作された作品が多くを占めているように見えます。もっと僕たちが生きている時代性を取り入れ、既存のシステムを変えていきたいと感じます。

遠山:ザ・チェーン・ミュージアムでは、既存の美術館のスモールバージョンをつくっても仕方がないので、小さくてユニークな美術館を世界中につくろうと思っているんです。お話をうかがって、テクノロジーとの関わり合いを考えることが、現代アートとして重要なことがよくわかりました。もうひとつ、僕は飲食業をやっているので、アートも「食べておいしい」というのに近い感覚をもたせたいと思います。

エラズリス:僕はスペイン語と英語を話しますが、バイリンガルであるということは僕の思考を広げます。アート、デザイン、ファッション、フードをさまざまな言語にたとえたら、いろいろ混ぜたほうがより多く自分自身を表現する道具をもつということになります。僕たち、気が合いそうですね!

コレクターズラウンジ内にはオーデマ ピゲの時計師が待機。肉眼では見えないほど精細な時計づくりの一端を、来場者たちに説明していました。
コレクターズラウンジ内には、オーデマ ピゲの最新のラインナップを展示。インスタレーションを体感すると、名門ブランドの時計の新たな魅力が見えてきます。

オーデマピゲ取締役会副会長のオリヴィエ・オーデマ氏は、香港での完成したコミッションワークについてこう語っていました。「エラズリスさんは私たちの職人が非常に複雑なピースをていねいに仕上げていくその時間と、それらが生まれるジュウ渓谷の関係性を、3年という長い時間をかけて非常にロマンティックで壮大なストーリに仕立ててくれました。オーデマ ピゲがアーティストと仕事をするのは、彼らが物事を違った角度から見ることができるからです。アーティストのレンズを通して自分たちの場所を眺めることで、ブランドもまた新しい視点をもつことができるのです」

アーティスト側が驚くほどの自由を与え、そのクリエイションを自らに還元する――。コンテンポラリーアートに深い理解を示し、アーティストと固い信頼関係を結ぶオーデマ ピゲならではの取り組みといえます。

次回の記事では、同じくオーデマ ピゲのコレクターズラウンジで作品を披露したビジュアルアーティスト、ケオラさんへのインタビューをお届けします。


セバスチャン・エラズリス
Sebastian Errazuriz

●1977年、チリ・サンティアゴ生まれ。カトリカ・デ・チリ大学で工業デザイン科を修了後、ニューヨーク大学で美術の修士号を取得。アーティスト兼デザイナーとしてニューヨークを拠点に活動している。日常的に目にするアイテムの機能を、想像力に溢れた驚くべきコンセプトで代替することにより、鑑賞者に新たな視点を提供するスタイルで知られる。2016年から3年連続で、アート・バーゼルにおけるオーデマ ピゲのコレクターズラウンジの空間デザインと、そこに展示するインスタレーションを制作。www.meetsebastian.com


遠山正道
Masamichi Toyama

●1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社。99年に「スープ ストック トーキョー」第1号店をオープンさせた後、2000年にスマイルズ設立。ネクタイ専門店「giraffe(ジラフ)」、新しいリサイクルショップ「PASS THE BATON(パス・ザ・バトン)」などを展開。アートコレクターとして知られ、自身もアーティストとして活動。今春より、小さくてユニークなミュージアムを世界中につくりつないでいく「The Chain Museum(ザ・チェーン・ミュージアム)」(www.thechainmuseum.art)プロジェクトを開始。www.smiles.co.jp

問い合わせ先 : オーデマ ピゲ ジャパン
www.audemarspiguet.com/jp/