天才アラーキーの足跡を辿り“いま”を知る、見逃せない2つの展覧会を紹介!

  • 写真:菅野恒平
  • 文:青野尚子
  • 編集:山田泰巨

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今年、国内外あわせて10もの個展を開催する荒木経惟。その中でも最大規模の展示がいま東京で開かれています。衰えることのない勢いで進み続けるアラーキーの“いま”をレポートします。

「やっぱり写真は荒木だね!」

そう高らかに宣言し、荒木さん自身による解説で展覧会ツアーが始まりました。

この夏、東京の美術館では大規模な個展が2つ、開かれています。東京オペラシティアートギャラリーでは「写狂老人A」と題して新作を中心に展示。東京都写真美術館の「センチメンタルな旅 1971-2017-」では愛妻、陽子さんを撮ったものを並べました。この2つの展覧会を荒木さんによる解説とともに辿っていきましょう。

現在進行形で生まれる名作を、1000枚の写真で追う。

東京オペラシティアートギャラリー「写狂老人A」、最初の展示室は「大光画」。週刊誌に連載している「人妻エロス」をもとにした大判のモノクロ写真が並ぶ姿は圧巻です。
報道陣の熱い視線を浴びる荒木さん。「写狂老人A」では新作1000点以上が展示されています。「量の伴わない質はない」という彼の言葉が凝縮されたような空間です。

東京オペラシティアートギャラリーの展覧会タイトルである「写狂老人A」とは、70歳を超えた葛飾北斎が自らを「画狂老人卍」と称したところからとったものです。「アタシも後期高齢者だからさあ」と言って笑う荒木さんは、北斎に負けるとも劣らないパワーを見せつけます。

最初の展示室は「大光画」と題した部屋。週刊誌に連載中のライフワーク「人妻エロス」から、掲載とは異なるカットを巨大なプリントに引き伸ばして展示するものです。

「女のハダカってこういうことなんだよ。女のいまのたくましさを平気で見せちゃう。でも内心、(彼女たちも)ちょっとお腹へっこませなきゃなーと思う心もある、そういう女ゴコロもちゃんと入れてる」

いい意味でずぶといのが女、とも荒木さんは言います。

「でも撮る時は繊細に気を使ってるの。細かい演出したりして。江戸時代から“おかし”って言葉があるじゃん。俳句だと“かろみ”とか。いま気分がそっちのほうにいってるから」

荒木さん、スタートとなる展示から絶好調です。

新作「花百景」は枯れかけ、しおれかけた花を撮ったもの。こちらも死の薫りが色濃く漂って、かえってエロチックです。
新作「空百景」。自宅のバルコニーから空を撮るシリーズはその先にある彼岸を撮っているようで、この世とあの世の対比を感じさせます。
「花百景」の展示を見ながら、いいねと笑う荒木さん。

次の展示は空を撮った写真と花を撮った写真が並びます。

「花と空は老人の域だね。昔の人もみんなそう。そういう境地に行かされちゃうわけ。でもアタシはそっちにまだ行きたくない。花は腐りかかって消えていくのを見続ける。そういうのをつい撮り続けてる。悟っちゃうんだけど、悟らないようにしてるんだ」

「写狂老人A日記 2017.7.7」。700点近い作品は日付がすべて、今年の7月7日になっています。
「7月7日はヨーコとの結婚記念日。別れてもこの日には会おう、って約束したんだ」と荒木さん。

「写狂老人A日記 2017.7.7」の写真にはすべて、2017年7月7日の日付が入っています。

「本当は去年から7月7日の日付にして撮ったんだ。密かに未来を撮ってたんだね」と荒木さんは言いますが、もしかするとそれも事実ではないのかもしれません。写真は真を写すと書きますが、必ずしもそうとは限らないことはいまや写真を鑑賞する上での大きな前提です。ここでは「日記」の名の通り、日常生活の中でさっと撮った写真が並びます。

「ついで撮りっていうのかな、なんでも素敵だからなんでも撮っちゃう。うまく撮ろうなんて思ってない。カメラ構えたらファインダーの中がすべて楽園なんだ。お尻の穴でも花でも空でも」

超初期のスクラップブックから、プリントを半分に切った「切実」まで。

初期作品「八百屋のおじさん」は荒木さんが電通で働いていた頃、銀座に行商に来ていた八百屋のおじさんを撮ったもの。会場ではすべてのページをスライドショーとレプリカのスクラップブックで見ることができます。
制作から半世紀ぶりに初公開されたスクラップブックの第1巻「八百屋のおじさん」。実際に手にとってページをめくることができるレプリカも展示されています。
「ポラノグラフィー」は荒木さんが2002年から続けているポラロイド作品。「ポルノ」と「ポラ」をかけています。会場にはその展覧会とアーカイブ映像も。

多くの新作が展示されるなか、突如古いスクラップブックが登場します。それは、銀座の名門画材店・月光荘のスケッチブックにモノクロームのプリントを貼り付けたものです。

荒木さんは、1960年代から1970年代にかけて100冊以上のスクラップブックを制作していました。もともと作品として発表するつもりはなかったため、見たことのある人はごく限られていたこのスクラップブックのうち、第1巻である「八百屋のおじさん」が初めて公開されているのです。被写体は荒木さんが20代の頃、銀座の裏通りに行商に来ていた八百屋さんだといいます。

「天才も努力してたんだよ。いかにアタシがなんでもするか、ってことだな」

会場にはオリジナルとともに、これを精巧に再現したレプリカを展示、さらにその全プリントのスライドショーを見ることができます。いまでは展覧会でも写真集でも写真の順番やレイアウトはすべて人任せという荒木さんですが、これは構成も荒木さんが考えたもの。めくっていくと、エディトリアルデザインにも才能を発揮していたことがわかります。写真に対する荒木さんの考え方がわかる貴重な資料といえるでしょう。

新作「遊園の女」の前で。人妻をモデルに、売り飛ばされた遊女のようなイメージで撮影したもの。「春画へのオマージュなんだ」と荒木さんは言います。
「遊園の女」。遊郭から足抜けしようとする遊女を女衒となった荒木さんが捕らえるという趣向の新作。
プリントした写真を半分に切ってコラージュした「切実」も新作です。シャッターを押すこと、コラージュすることは荒木さんにとって同じ感覚なのだそう。
「切実」には「写真という真実を切るから切実である」という意味もこめられています。
「ゼロックス写真帖」はモノクロのプリントをコピー機で複写して制作した70年代の作品。

最後の展示は「切実」と名付けられました。一度切り取られた写真が組み合わされたり、あるいは単独で壁に貼り付けられています。

「真実でも現実でもない、切実な真実、切ない真実なんだ。それが今日のラストシーン。写真を切ってお別れ」

センチメンタルな旅へ、名作が揃う東京都写真美術館の展覧会。

東京都写真美術館では「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971ー2017ー」を開催。「2017」のあとについている「ー」は、旅がまだ続いていることを示しています。

次は会場を移し、東京都写真美術館へ。こちらはタイトル末の「2017」にも−(ハイフン)が付いているのがミソです。最初の「1971」は荒木さんが陽子さんと新婚旅行に出た年。それから半世紀近く、陽子さんが1990年に亡くなってからも旅はまだ続いているのです。

「時が続いてないと面白くない。アタシの写真は71年からいままで、時が続いてるんだよ。それがずっとまだ続いてる。時の連続だね。一点一点の写真が」

陽子さんと初めて会った電通で、社内報のために和文タイプ室の女性たちを撮影。「無意識に真ん中にヨーコを置いてるんだよな」と荒木さん。
「愛のプロローグ ぼくの陽子」をスライドフィルムのまま展示。一部をのぞいて世界初公開という、幻の作品です。

展示室には、1971年の陽子さんとの新婚旅行を撮影・自費出版した「センチメンタルな旅」全108点のプリントが並びます。

「誰かとコラボするのが好きなんだな。これも彼女とのコラボなんだ。文字は彼女に書いてもらったのを使ってるし。人生とは合作である、なんてね」

荒木さんはこのときのことをまるで昨日のことのように記憶しています。

「隣に彼女がいるのといないのとでは風景の見え方が違う。いま見ると二人旅のアレが出てるね。これはただ庭を散歩してるところ。こういうなにもないときが一番いいときなんだな。これは椅子を撮ったんだけど、石棺みたいに見えるだろ。そのときはいいなー、と思って本能的に撮るだけなんだ。そういうことはしばらくたって、彼女が死んでから気づく。こっちもクロアゲハを追っかけて撮っただけ。でも天国を散歩させられたみたいだよね、行ったことないけど(笑)。いいなー、と思う写真にはそういうことが無意識に写っちゃってるんだ。これが一番驚いたね」

1971年に1000部限定で発行された「センチメンタルな旅」。冒頭のテキストは、「私は日常の単々とすぎさっていく順序に何かを感じています」という一文で締められています。
「センチメンタルな旅」オリジナルプリント全108点が展示されます。結婚式から新婚旅行で訪れた京都や福岡の柳川での写真を収めました。一番左が石棺のように見える椅子の写真です。それに続く陽子さんは、なんだかちょっと不機嫌そうに見えます。「自分がそんなによく写ってないのに上司にこの本を売りに行ったんだよ、ヨーコは。あっぱれだね」(荒木さん)

陽子さんが舟の上で体を丸めて眠っている写真は、「センチメンタルな旅」の中でも最も有名なカットの一つです。柳川で舟下りをしたときに撮りました。

「アタシが育った下町では人が死ぬとゴザの上に置いて一晩過ごすっていうしきたりがあるんだ。だからこの写真も三途の川のつもりだった。吉増剛造は死の舟だって言ってたし。でも彼女の格好が胎児だな、と漠然と思ってて、そう感じる自分が生に向かってるんだな。いま体調が悪くて背中に死に神がいるんだけど、自分の撮った写真に励まされてる。いま、また生に向かってるぞ、って教えてくれてる」

「東京は、秋」(1972−73年)シリーズから。皇居に新婚旅行にやってきたカップルを撮ったもの。添えられた陽子さんとの会話にはおかしみと味があります。
陽子さんを捉えたさまざまな作品が並ぶ「陽子のメモワール」。「写真にはそのときの気持ちが写ってる。すごく幸福感があるよね」。
中央、縦長の写真が遺影に使われたもの。「どれもいい写真だねえ」と荒木さん。
「いま、一枚を選ぶとしたらこれだね」というカット。「実は写真ということ自体がセンチメンタルなんだね。小さな瞬間だけど、生と死が混ざり合ってる」

このあとは病が発覚するまでの幸せな日々の写真が続きます。なかには陽子さんの遺影になった有名な写真も。

「旅行先のホテルで日が落ちて、カーテン越しのやわらかい光で撮ったんだ。よく『一番好きな写真は?』って聞かれると前ならこれ、って答えてたんだけど、最近はこっちかなー。ソファにもたれてテレビ見てて、膝にチロちゃん(愛猫)がいて、アタシがその隣にいる。幸せな時なんだけど、顔に孤独感があるんだな。結局、一人なんだっていう感じのものが写ってないとダメだね」

これからも続く、アラーキーのセンチメンタルな旅。

「食事」は陽子さんがつくってくれた料理を撮り続けたシリーズ。最初はカラーだったのが、陽子さんの余命が宣告されてからはモノクロに変化しています。日常の何気ない光景に死がふと現れる瞬間を切り取ったようです。

「なんでアタシが空に惹かれているかっていうと」と、荒木さんが話し始めます。

「陽子が手術室に入ったのにアタシは部屋に残って一人でいた、そのときの空なんだね。これが失敗だったんだ。惚れた女が手術室で決戦してるのについていかなかった。空っていうとそんなことが浮かんじゃう。このコブシの花はつぼみのときに病室に持っていったら不思議なことに彼女が死んだ日、1月27日に咲いたんだ。なぜか生に向かったんだね」

1990年1月27日に亡くなった陽子さんとの日々を記録した「冬の旅」。中央は陽子さんが亡くなった日に花開いたコブシの花を撮ったもの。
「冬の旅」の最終カットはベランダを飛び跳ねるチロの写真。これらの写真は写真集「センチメンタルな旅・冬の旅」として1992年に新潮社から刊行されています。

「冬の旅」の展示では陽子さんとの最後の日々に続き、お通夜や焼き場の写真、そして最後に荒木さんが住んでいた家のバルコニーで愛猫のチロがぴょんと飛び跳ねる写真で終わります。

「雪が降ってて、外に出るのがイヤだなあ、なんて思ってたんだ。そうしたらチロが外に飛び出して跳ねた。尻尾がぴーんと立ってるだろ。それが終わりの始まりみたいに見えた。なにかが終わったら新しい世界に向かえ、ってことなんだ」

「空景/近景」のコーナー。左から、一周忌に陽子さんがお気に入りだったピンクのコートを着たセルフポートレート、空の写真に着彩した「空景」、自宅とバルコニーで撮影した「近景」。
左の「近景」には陽子さんが活けてくれ、そのまま枯れてしまった花や愛用のワイングラスが写っています。二つ並んだ靴はよく見ると靴紐が手をつなぐようにくっつけられています。右は「遺作 空2」。2008年に前立腺癌を宣告され、自身の死を意識しながら撮ったもの。

「近景」シリーズには陽子さんの遺品も写されています。

「妻との一番近い景色だね。だから『近景』。光と影、懐かしさ、しっかりと写真の古典を入れ込んだ名作だ(笑)。この靴は二人がジョギングするときに履いてたやつ。アタシの靴と彼女の靴を並べて靴紐を握らせてあげた。アタシの繊細さ、愛、愛情が写ってるんだよ」

「愛しのチロ」。チロは1988年に陽子さんがもらってきた猫。2010年に22歳で大往生するまで撮り続けたポラロイド写真からは、荒木さんのチロへの愛情が伝わります。
展覧会の最後に飾られた最新作は、陽子さんの本の写真。荒木さんの人形が寄り添って、二人の旅がまた続いていくことを暗示します。

展覧会にあわせて、陽子さんが生前に書いた文章をまとめた「荒木陽子全愛情集」(港の人刊)が発行されました。

「アタシへの贈り物だな。この展覧会がヨーコへの贈り物で、お返しにヨーコがプレゼントしてくれたんだ」

荒木さんが陽子さんと出会って半世紀近く、亡くなってから30年。でも旅はまだ続いているのです。

荒木経惟 写狂老人A

東京オペラシティ アートギャラリー
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2  
TEL:03-5777-8600
開館時間:11時〜19時(日、火〜木) 11時〜20時(金・土)(いずれも最終入場は閉館30分前まで)
開催期間:開催中〜9月3日
休館日:月曜
入場料:一般¥1,200、大学・高校生¥800、中学生以下無料
www.operacity.jp/ag/exh199/


荒木経惟 センチメンタルな旅 1971-2017-

東京都写真美術館
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
TEL:03-3280-0099
開館時間:10時〜18時(入館は閉館30分前まで。ただし8月10、11、17、18、24、25日は21時まで開館)
開催期間:開催中〜9月24日
休館日:月曜(ただし9月18日(月・祝)は開館し、19日(火)は休館)
入場料:一般¥900、学生¥800、中高生・65歳以上¥700
https://topmuseum.jp

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