「人の記憶に残る建物をつくりたい」—— 半世紀におよぶ安藤忠雄の挑戦を体感する、必見の大規模個展を詳細レポート

  • 写真・高木康広
  • 編集・文:山田泰巨

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東京・六本木の国立新美術館で、建築家・安藤忠雄の大規模個展が行われています。1分の1で再現された「光の教会」をはじめ、圧倒的なボリュームで代表作品を紹介している展示の模様をレポートします。

野外展示場に設置された「光の教会」(1989年)1分の1再現内部。実物では十字部分にガラスがはめ込まれていますが、ここでは安藤さんが長年希望していたガラスのない十字のスリットを実現。光と風が内部に入り込みます。

建築家・安藤忠雄。おそらく日本で最も名が知られている建築家でしょう。プロボクサーから転身し、独学で建築を学んだという異色のキャリア。コンクリートといえば安藤と世界が認める、唯一無二の表現。世界中にクライアント、そしてファンをもつ稀代の建築家です。

そんな安藤忠雄の若き日の挑戦から、いまなお悪戦苦闘を続ける最新作に至るまで、錚々たる作品に迫る大規模個展が東京・六本木の国立新美術館で開催されています。会場では安藤さんの活動の原点である「住まい」に始まり、原寸大でつくられた代表作「光の教会」で体験できる「光」など、安藤建築を語るうえで欠かせない6つの要素とともに、その仕事に迫ります。会場では約270点の設計資料や模型を使い、90のプロジェクトを紹介。この秋必見の展示を紹介していきましょう。

20代で描いたスケッチから、知られざる事務所の再現展示まで。

会場に入ると、「住吉の長屋」のエントランスを思わせる開口部から展示風景を覗き込むことができます。

安藤さんが展覧会のタイトルに掲げたのは、「挑戦」なる言葉。これが自身の建築家人生を端的に表現するものであると、安藤さんは言います。プロボクサーから転身し、安藤さんが設計活動を始めたのが1969年。その活動はまもなく半世紀を迎えます。これまで携わってきたプロジェクトはいずれも「挑戦」であったと振り返ります。特に最初の10年ほどは仕事を得ることも難しく、ようやく得た仕事も厳しい条件ばかりだったそうです。まずは、その原点を会場で見ることができます。

若き日の安藤さんが旅をして回ったルートを公開。1960年代、日本人が海外を旅行するのはまだ一般的ではなかった時代のことです。
20代の安藤さんが旅先で描いたスケッチの数々。ここで見たさまざまなものが、後年の作品に活きています。

安藤さんは1965年、24歳の時から4年間、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアへと放浪の旅に出ています。最初の展示はそのルートとともに、安藤さんが各地で残したスケッチの実物が展示されています。

ヨーロッパからの帰路、マルセイユから船に乗り、インドのムンバイで下船した安藤さんはベナレスに向かったといいます。若き安藤さんの目に映った異国の風景はどのようなものだったのか。旅先のため限られた色数とはいえ、その美しい色使いや空間をとらえる能力に、いまの安藤さんの片鱗を見ることができます。

増改築を経て、建て直された事務所の変遷を写真や図面、模型とともに展示します。
現在の事務所である「大淀のアトリエII」の模型。ここで数々の安藤建築が生まれました。
会場では安藤さんのアトリエを再現。本棚の一部やデスクがそっくりそのまま美術館にもちこまれ、事務所の雰囲気を伝えます。
再現された、事務所1階の打ち合わせスペース。安藤さんがいつも座っているのは、左奥のアーム付きの椅子。来客は右の白いセブンチェアに座ります。

続く展示は、安藤さんのアトリエに迫るもの。今回、この展示のために事務所の一部が大阪から東京へとやってきました。

事務所が立つ地にはもともと、1973年竣工の「富島邸」が立っていました。これを安藤さんは後年、自身のアトリエに変更。81年には「大淀のアトリエI」として改築、82年、86年と続けて増築を行い、91年には現在のアトリエへと建て替えています。コンクリートで再現された模型は現在の安藤さんのアトリエ。実際には5層の吹き抜けをもったこの空間で、数々の安藤建築が生まれました。

事務所内でいつも安藤さんが座るスペースも再現。ここで打ち合わせを行い、来客をもてなしてきました。ボクシングのグローブやフランク・ゲーリーの椅子、愛犬コルビュジエの写真など、事務所で実際に置かれている通りに再現された空間は、安藤ファンならずとも目を見張ります。

住宅プロジェクトの数々を経て、原寸大で再現された名作「光の教会」へ。

若き日の安藤さんが世に問うた「都市ゲリラ」の住宅模型3案も展示されています。ここで展開された考えが結実し、のちの「住吉の長屋」につながっていきます。

同じくセクション1の「原点/住まい」では、安藤さんが手がけた住宅の数々が並びます。絶賛とともに多くの批判を浴びた代表作「住吉の長屋」など、住宅建築の名作ばかり。図面や模型とともに、施主が依頼の動機などを語ったアンケートや安藤さんが施主へ贈ったメッセージカードなども展示され、しっかりと読み解くのには時間を要します。

まず来場者を迎えるのが、安藤さんが1973年に建築雑誌『都市住宅』に執筆した初めての論文「都市ゲリラ住居」を体現した住宅3案です。英字の紙で包まれた住宅模型に囲まれて建つ黒い住宅模型は、過密する都市の中でどのように暮らしていくかという若き安藤さんの考察が表現されたものです。この中で実現に至ったのは、やがて自身のアトリエになる「富島邸」だけですが、ここで安藤さんが考えたことはその後「住吉の長屋」という名作につながりました。安藤さんにとって住宅建築とは、常に現代社会と向き合うものであることが改めて見えてきます。

リズミカルに配置された柱とともに、27の住宅プロジェクトが模型や写真、映像などとともに展示されます。クライアントの要求や敷地の特徴など、さまざまな条件に応えた《挑戦》の数々を見ることができます。
「住吉の長屋」は全図面を公開。パース図の美しさ、さまざまな書き込みやコンクリートの割付寸法なども見逃せません。図面のレイアウトが美しいことも、安藤さんの特徴のひとつです。
こちらは安藤さんの初期の名作「六甲の集合住宅」。1983年の1期から2009年の4期まで、長期にわたる計画が行われています。急勾配の敷地につくられた、土地と寄り添う「階段」の建築は、その後の大きなプロジェクトにつながっていくものです。

さて、先述の「住吉の長屋」は中央の中庭で居室が分断されることから、雨の日は傘をさしてトイレに行かなくてはいけないというプランで、現在なお問題作として話題にのぼる作品。建築賞の審査で「住吉の長屋」を訪れた昭和の名建築家、村野藤吾が『この賞は安藤ではなく施主に贈るべきだ』と言ったというエピソードが有名ですが、安藤さんもいまでもその通りだと思うと笑って言います。

今展では、ここで暮らして40年になる施主のコメントも展示されています。安藤さんとの信頼関係、そして共犯関係がうかがい知れるコメントも非常に興味深いもの。さらに「住吉の長屋」は全図面を公開しており、建築関係者や学生にとっては細かな書き込みも見逃せません。

野外展示場に再現された「光の教会」(1989年)内部。天候や時間で光の表情が変わり、安藤建築の魅力を来場者に伝えます。
野外展示場に設置された「光の教会」1分の1模型。コンクリートの表情をじっくり楽しむことができます。
左端が「光の教会」の平面ドローイング。中央が北海道に建てられた「水の教会」、そして右が神戸に建てられた「風の教会」のドローイングです。この3つの教会をもって教会三部作といわれます。

住宅プロジェクトを見終えたら、建物の外へと向かいましょう。野外の展示室に、実寸大で再現された「光の教会」が現れます。

これは、安藤さんの「建築は体験しなければわからない」という思いから実現にこぎつけた1分の1模型。美術館の外に「増築」として正式な申請を行い、再現された名建築は本展最大の見どころといっていいでしょう。教会という施設の性質上、実際の建物は見学も難しく、細部まで見て回ることは叶いません。今回は実際に建築の内部に入り、あの「光」を体感することができます。1日を通じて表情を変える建築は、まさに安藤建築の醍醐味のひとつと言えるでしょう。

室内には3つのベンチを再現。床も同様に、実際の「光の教会」と同じく杉の足場板を使用します。ただし実際の建築と違うのは、十字のスリットや開口部にガラスが嵌められていないこと。光が直接差し込み、風が通り抜け、外の音も聞こえてきます。これは安藤さんが当初思い描いたプランそのままに再現したものです。施主である信者たちからさすがに寒いと言われ実現を見送った案ですが、何度もガラスを外さないかと自ら交渉するほど、安藤さんはこのアイデアに強い思い入れをもっていました。完成から30年弱、ようやくここでその思いが叶いました。

それにしても、これだけの建築物を美術館に再現したことに改めて驚きます。原状復帰が求められるため仮設の基礎を造り、解体可能になっているとか。実際の建築よりも手間がかかり、施工費用も本物の建築を建てるのと変わらないことでしょう。しかし、風と光を感じた多くの来場者たちはこの建築に心を動かされます。

世界を刺激し続ける建築家の仕事を、巨大な模型で感じ取る。

記者発表時、多くの記者に囲まれるなか展示壁面にスケッチを描く安藤さん。海外メディアも多く、注目度の高さがうかがい知れます。

9月26日、記者発表で安藤さんは「2014年に大手術をしまして」と語り始めました。癌を患い、その治療を行うなかでこの展覧会を打診されたことを打ち明けます。

「膵臓と脾臓をすべて摘出したところで展覧会を頼まれ、さすがに難しいだろうと断ることも考えていました。けれど担当医から『希望と夢さえあれば生きていける』と言われ、思いを新たにしたのです。夢と希望をしっかりもたなければいけない。そこでお引き受けすることにしました。まさにこの展覧会自体が私にとって新たな《挑戦》だったのです」

この展覧会には、安藤さんがいかに人々に愛されてきたかをうかがい知ることのできる展示があります。クライアントというパートナーとの信頼関係、そして共闘。安藤さんの情熱に心奪われたクライアントには、福武總一郎さん、フランソワ・ピノーさんをはじめ、強い信念と哲学をもった実業家が数多くいます。ここで安藤さんはサントリーの故・佐治敬三さんに言われたという言葉をもち出しました。

「20代、30代だけが青春ではない。70歳、80歳でも夢と希望をもっていれば、それは青春だ。佐治さんに言われたこの言葉がいま改めて心に響きます。人々の記憶に残り、ここにあってよかったと思われる建物をつくっていきたい」

建築を学ぶ学生たちが模型の製作協力を行なった直島のインスタレーション。ウッドチップで島ごと再現し、土地に埋め込まれた建築がどのようになっているのかがわかりやすく表現されています。
壁面は「中之島プロジェクトⅡ―地層空間(計画案)」の断面ドローイング。ここで表現された入れ子状の幾何学空間は、「上海保利大劇院」など安藤さんの建築作品でしばしば見ることができます。会場内に挿入された直島のインスタレーションルームも「ベネッセハウス オーバル」をモチーフにした楕円の空間です。

野外展示場から再び館内に戻ると、これまでよりももっと大きな模型やインスタレーションで構成された展示室につながります。セクション3では「余白の空間」をテーマに「表参道ヒルズ」や「上海保利大劇院」など、都市に立つ建築を紹介。ここでは、1989年の発表時に大きな話題を呼んだ「中之島プロジェクトⅡ―地層空間(計画案)」の断面ドローイングも展示されます。ドローイングの大きさ、緻密な表現、そして絵画のような美しさに驚くとともに、改めて安藤さんの抱く夢の大きさを知ることができます。

続くセクション4は「場所を読む」をテーマに、30年におよぶ直島の9つのプロジェクトを幻想的な空間インスタレーションで展示。建築を学ぶ学生たちがつくりあげたという模型は、青い海に浮かぶ直島の一部を表現するものです。島の起伏を木材のチップで表現し、まさに大地を彫刻するように建てられた一連の建築群の姿を知ることができます。背景に流れる映像とともに、来場者を東京から瀬戸内へと連れ出すような展示になっています。

ヴェネチアの街ごと再現することで、都市と建築の関係性をもしっかり見せる「プンタ・デラ・ドガーナ」(2009年)の模型。サン・マルコ広場の対岸という立地を安藤さんがどのように考察していったかが読み解けます。
こちらが「プンタ・デラ・ドガーナ」の模型。歴史的建造物を現代美術館に再生しています。セクション3〜5では数多くの大型プロジェクトを展開。大型模型やドローイングで、安藤建築の魅力に迫ります。

同じセクション5では、「あるものを生かしてないものをつくる」をテーマに海外の大型プロジェクトが数多く展示されています。なかでも出色は、ヴェネチアの「プンタ・デラ・ドガーナ」と、2019年にパリで完成予定の最新プロジェクト「ブルス・ドゥ・コメルス」の巨大な木模型でしょう。いずれも学生たちが長期で製作したというもので、その精巧なつくりは建築模型という枠を超え、来場者を圧倒します。

ルーヴル美術館西端のルーヴル通りに面し、ようやく再開発を終えたフォーラム・デ・アールと庭園でつながる「ブルス・ドゥ・コメルス」は、小麦の貯蔵所だった歴史的建造物を再生するもの。美しいドーム天井をもつこの建物のホールに、安藤さんはコンクリート造の円筒をもちこみます。ルーヴル美術館、ポンピドゥセンターにほど近い新しい現代アートの美術館は、パリの新たな名所になることは間違いないでしょう。歴史の継承を尊ぶパリで「あるものを生かしてないものをつくる」を体現する安藤さんの最新作は、いまから完成が楽しみでなりません。

ジェフ・クーンズの作品「バルーン・ドッグ」まで加えた「プンタ・デラ・ドガーナ」の模型(部分)。実際の「プンタ・デラ・ドガーナ」にこのバルコニーはありませんが、これも安藤さんが実現を夢見ていた箇所。模型は、より安藤さんの理想形を表現しています。
2019年初春の完成を目指している「ブルス・ドゥ・コメルス」。1/30という巨大な模型は、もはや建築そのもののよう。中央の円筒型の壁面は、実際のコンクリートで表現されています。

展示は、安藤さんが長年にわたり続けてきた植樹プロジェクトや環境再生運動などの社会活動にフォーカスして締めくくられます。安藤さんはここで、「(場所を)生み出したら、育てる」と言います。ここで紹介されるプロジェクトは、いまなおすべてが現在進行形。「ブルス・ドゥ・コメルス」はもちろんのこと、先日発表された大阪・中之島に自ら設計、寄贈するという児童図書館の計画など、数多くの進行中のプロジェクトも抱えています。

会場に並ぶ作品は、改めて安藤さんの力強さを知るとともに、これだけのプロジェクトを一人の建築家が成し遂げてきたのかという慄きすら感じさせるものです。そして、いまだその挑戦は続いているのです。

会場で貸し出す音声ガイドでは、安藤さんの軽妙な語りで、ほかでは聞けない裏話や思い出話を聞くことができ、より深い理解を促すもの。会場を見て回ると、安藤建築をもっと体感したいと思えるのではないでしょうか。この会場から最も近い安藤建築「21_21 DESIGN SIGHT」のギャラリー3では10月28日まで、「安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘」を開催。少し足を延ばして表参道ヒルズを訪れるのもよいかもしれません。生きること、挑むことに貪欲になる。そんな刺激を受ける、必見の展示です。

国立新美術館開館10周年 安藤忠雄展-挑戦-
開催期間:2017年9月27日(水)〜 12月18日(月)
開催場所:国立新美術館 企画展示会1E+野外展示場
東京都港区六本木7-22-2
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時〜18時(日〜木) 10時〜20時(金、土)※入場は閉館30分前まで
休館日:火
入場料:一般¥1,500(税込)
www.tadao-ando.com/exhibition2017/