平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入り...

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

「自分のような人間を会員にするようなクラブには、絶対に入りたくないね」。
ウディ・アレンの出世作「アニー・ホール」で、監督本人が演じる主人公が冒頭、カメラに向かって語る言葉は、そのままこの映画全体を言い表している。
もともと、同じユダヤ系俳優の大先輩グルーチョ・マルクスが言った「大人になってからの自分の人生における女性関係の鍵となるジョーク」だと聞くと、クスリと笑いたくなる。

グルーチョは、チコ、ハーポ、グルーチョ、ガンモ、ゼッポのマルクス兄弟の3番目で、兄弟の中で最も成功した。
冒頭のジョークも、いかにも彼らしくて、ウディ・アレンや元モンティ・パイソンの一員だったテリー・ギリアムが、彼の大ファンだというのも頷ける。
クイーンのアルバム「オペラ座の夜」と「華麗なるレース」だって、マルクス映画のタイトルだ。

そう言えば、フレディはあの酒場に入れるのだろうか?女装しているわけじゃないから、たぶん大丈夫か。入口に「冒険倶楽部」という赤提灯が掛かった、茅場町のサンクチュアリだ。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜
平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

いったいいつ頃、自動販売機が立ち並ぶ紳士たちの聖域に足を踏み込んだのか、今ではよく覚えていない。ただ強烈に記憶に焼き付いているのは、小鉢が並ぶカウンターから放たれた先代・典子さんの凛とした声だった。

「ごめんなさいね、ウチは女性同士はお断りなの」。
決して怒ってるわけではない、声の中には優しさが溢れている。
でも、決して反論を受け付けない、きっぱりとした決意のようなものが感じられた。1人でも、女子だけはお断りらしい。
男子に生まれてよかったなぁ、心の底からそう思った。

「最近は電車に女性専用車ってできたでしょ、ウチは50年以上、ずっと男性専用車なの」。
現在の店主、娘の容子さんが以前、そんな風に店のことを話してくれたことがある。つまり、女人禁制だ。女1人や、若い女性同士の客が男性で満員の店に入ってくると、急に店の空気がおかしくなってしまう。
人の目を気にすることなく、リラックスして飲んでいた男性たちの、寛いだ雰囲気が一瞬にして壊れてしまうからだ。
もし、女性が何人かいたら、最低同人数の男性がいなければ入店できない。

「飲み屋っていうのは、基本的には相席でも、常に個人がバラバラじゃないとダメなの。たまたま気が合うとか、取引先が偶然繋がっていたりとかで、多少盛り上がったりするのは構わない。でも、そこに可愛い女のコが入って来たりすると、場が変に盛り上がってしまう」。
突然、女性に酒を奢ろうとする親父なんかが出て来たりする。我も我もと話し出すから、だんだん店全体の声だって大きくなる。

それは周りで静かに飲んでいる人たちにとっては、迷惑極まりない話だ。

特に、立ち飲みで店全体が相席のような「ニューカヤバ」では、席変えさえ自由自在。とたんに、店のムードは最悪なものになる。
それに、ふだん大人しいお客さんが、女性を介在して変わってしまう様子なんて店側としても見たくなんかない。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜
平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

日本中が初めての東京オリンピックに沸いた昭和39年の10月28日、ニューカヤバ (銘酒コーナー)は、日本の証券会社のメッカ兜町に近接する日本橋茅場町に生まれた。
世界三大金融街の1つである兜町から茅場町界隈は、花王やカネボウ、ミツカンなどの大企業が立ち並ぶ日本を代表するビジネスエリアだ。様々な証券会社や東京証券取引所、そして、多くの中小企業が軒を連ねる。

店の前身は、先々代から続く、交差点近くの町の酒屋だった。
その後、そのそばで「カヤバ」という店を開き、その後現在の場所に移転した時、新しく広くなったので「ニューカヤバ」と店名を変えたという。
「昔らしいというか、昭和っぽいネーミングでしょう…」。
以前、現在の店主、娘の容子さんが笑いながら話してくれた。日本橋で三代続いた江戸っ子、典子さんと同じように凛とした粋が小気味いい。

「ニューカヤバ」で新しくなったものは、それだけではない。
店最大の特長であり、客たちが愛してやまない自販機の数々は、既にこの時デビューしている。
開店まもない頃に撮られたモノクロ写真には、ゴールデンアワーの黄昏に包まれて整然と並び、常連たちの到着を待っている自販機たちの雄姿が映し出されている。

「いちばん奥にある、さつま白波と壱岐の麦焼酎は創業当時のものですから、50年以上頑張って働いてくれてます。昔はあれと同じような古いタイプのものが10数台並んでました」。
焼酎人気の現代と違い、日本酒が主流だった時代、自販機にはお燗の機能もあったという。しかし、年月と共に機械が不調になり、焼酎中心の販売になって行く。

「そしたら25年くらい前に、日本盛(にほんさかり)さんが、ちゃんとした日本酒専門の酒販機屋で、お燗ができる機械を作ってくれたんです」。
金宮(甲類)の自販機と、麦、蕎麦、芋。壁付けで並ぶ焼酎専用のコンパクトな3台は、「ニューカヤバ」オリジナルで作らせたものだ。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜
平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

割り材のハイサワーやハイッピーと合わせて、今では人気ナンバーワンだという金宮の自販機は、すぐ近くに東京支社がある金宮の発売元、宮崎本店との出会いから生まれた。
「店先には出てませんが、毎日河岸に買い出しに行ったり、自販機の製作からメンテナンスまで手がけて、裏方全般をやってくれているウチの旦那が、金宮の東京支店長とすっかり意気投合して作ったんで、あれだけ色と柄とか凝ってるでしょ」。

祐天寺の「ばん」に続いて再登場の金宮焼酎は、北千住の名立たる古典酒場でもボトル棚を水色に染めている。元来、チェーン店ではなく、個人経営の酒場を応援するという金宮のポリシーは東京の古典酒場には欠かせないものだ。
ここでも、一番人気は、古くから置いてある博水社の「ハイサワー」と金宮のセットらしい。

客たちが自販機を好む理由は、自分が好きなようにドリンクを完成できるという点にもある。街のチェーン店や居酒屋で、サワーや、ホッピーを頼んでも、どんな焼酎が入っているかは分からない。客はただ、黙々と出されたドリンクを飲み続けるしかない。

しかし、自販機なら、金宮でも、麦、蕎麦、芋でも選択は自由。濃いのが好みなら、200円入れて焼酎をダブルにすればいい。
ウィスキーも、バーボンやスコッチ、国産と銘柄が選べるから、自分だけの好みのハイボールを作れる。

それだけではない、入りづらい古典酒場の課題もすべからく解決する。
オーダーのタイミングや、そもそも注文方法が分からない。
店のルールが難し過ぎて、尻込みしてしまう。
そんな心配は、もう一切ない。何しろ相手は機械、自販機だ。
接客ストレスが生まれる可能性は、限りなくゼロに近い。

もう1つ、若きサラリーマンたちを惹き付ける理由もある。
苦手な上司や同僚と来た時に、相手の話しがつまらなくて長かったりしたら、自販機行きを理由に席を抜けやすい。
一見、無味乾燥に見える自販機の列は、実は客たちのストレスを優しく包む憩いのオアシスに違いない。

好きな酒を自販機で買って、好きなつまみをカウンターで選んだら、好きな場所に持って行って飲む。でも、その他にもニューカヤバには、ワクワクするようなお楽しみが待っている。それは、店の左奥に鎮座する炭火完備のセルフ焼鳥コーナーだ。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜
平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

創業当時からあるという焼き台は、開店前に炭火を起こされ、客たちの到着を待ってい。。葱を挟んだ国産の鶏肉や砂肝は、街の焼鳥屋よりも立派で大きく、鮮度も見るからに新鮮だ。

カウンターで皿を受け取って焼き台に行き、客が炭火でじっくり焼き上げる。このクオリティを長い間変わらない価格で提供できるのは、客のセルフ焼鳥という画期的なシステムの恩恵に違いない。
まるでキャンプのBBQのように自分で焼く焼鳥は、ビジネス紳士たちの童心に火を点け、焼鳥コーナーは、いつも店いちばんの人気エリアだ。

会社で、家庭でいつも胸を張っていても、一人ひとりは一所懸命働いているただのおじさんに違いない都会の戦士たち。「ニューカヤバ」は、彼らがそっと翼を休められる場所だ。

「飲み屋の役割っていうものがあると思うんです。それはシンプルに、飲んで、色々な1日の疲れを癒すという効果。だから、飲み屋は働いているおじさんたちのものなんです。やっぱりね、ご家庭には持って帰れないものをね、ここで出して置いてって欲しいんです。そうすれば、また次に行けるじゃないですか」。
容子さんの言葉に、思わず胸が熱くなる。

テーブルの上に百円玉を重ねて、思い思いの酒を飲み、お袋の味みたいなつまみを楽しんでいるビジネスマンたち。奥の焼き台では、ワクワクしながら串と格闘している初老の男性と若い証券マン…。
東京のビジネスの最前線を支えているのは、大都会の片隅で男たちを抱擁する、こんな楽園の存在なのかも知れない。

古くからの常連たちが送った赤提灯の背には、「冒険倶楽部」という文字がある。古典酒場に多くの人たちが惹き付けられるのは、決してお金では買うことができない。優しさと勇気を、そっと手渡してくれるからに違いない。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜

暖簾を潜る時、とんでもない決意が必要な古典酒場は、その懐に飛び込んでしまえば限りなく優しく、いつか常連になりたいと思う場所ばかりだ。だから、勇気を出して新しい世界へ踏み出そう。もちろん、最上級の敬意と自尊心だけは決して忘れないように。ガレージ奥の立ち飲み屋から、パラダイスの入口を覗いてみよう。

平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜
平安に包まれた自販機酒場のサンクチュアリ「ニューカヤバ」。 今宵、入りづらい古典酒場へ!第4夜