2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS ...

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

アリス・ローソーンの『姿勢としてのデザイン』、左は英語版。

このコラムはFrom Creatorsというコーナの中で「Design」というタグがついている。そして自分も一応デザインジャーナリストと名乗ることがある。しかしデザインという言葉の意味は、実際わかりにくい。この言葉がとても幅広い文脈で使われる上に、時代とともに活発に更新され続けているからだ。


そんな現状の全貌を知るのに最適の一冊は、世界的な評論家のAlice Rawsthornによる新著『姿勢としてのデザイン』だろう。高い解像度と俯瞰的視点を自在に使い分ける頭脳と筆力はさすがに絶品、読み物としても十分おもしろい。

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

それに対して、移り変わるデザインの先端やさらにその先の未来を窺い知るには、『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(監修・編著 川崎和也)を推したい。この本の最大のテーマは、デザインリサーチと呼ばれる、一般にはまだあまり馴染みのない分野。これは何かをデザインするプロセスとしてのリサーチではなく、デザインそのものの研究と考えていい。つまりはその概念や可能性を考察し、実践の手法を検討して試行する。対象にするものも、プロダクトやサービスといったレベルを超えて、多様な社会事象へと広がっている。

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

『SPECULATIONS』より、Formafantasmaの「Ore Streams」。後述する「Broken Nature」展にも出品されていた。

たとえば『SPECULATIONS』が紹介するデザインリサーチに、アメリカのカーネギーメロン大学の研究者が提唱するトランジションデザインがある。これは世の中をサスティナブルな状態に移行させるデザイン手法で、社会全体のデザインとも、自然以外で人がかかわる全領域のデザインとも解釈できる。そこでは必然的に人間自体やその成り立ちを再考することになり、『SPECULATIONS』の副題に「人間中心主義のデザインをこえて」とあるのは、そんな意味合いも含まれている(たぶん)。

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

イギリスのAssembleの紹介。

さらにこの本は、デザインリサーチの方法論を国内外の多岐にわたるデザインプロジェクトと結びつけようと試みた、先鋭的デザインの実例集にもなっている。その結びつけ方は若干アクロバティックにも感じるけれど、以前にブログで触れたForensic Architectureや「おてらおやつクラブ」があったり、Strelka Institute, Space Caviar, Studio Swineなどを取り上げているのが興味深く、また多くのプロジェクトにつくり手のコメントが添えられていたりと、制作に要した手間と時間を思うと気が遠くなる。まさに力作。


なお全体としては「アフター・グローバリズム」「ネクスト・ネットワーク」「ポスト・アントロポセン」の3部構成で、特にアントロポセン(人新世)以降をテーマに動物・地球・機械との共創などを論ずる第3部が示唆に富む。「ポストヒューマン美学および超人間主義の芸術」が専門とプロフィールにある金沢21世紀美術館の髙橋洋介さんの寄稿がよかった。デザインリサーチ界隈だけでなく、去年のダッチ・デザインウィークや今年のデザインマイアミ/バーゼルでもフォーカスされたアントロポセンというキーワードは、『人新世の哲学』(篠原雅武)などに詳しい。

2019年、ぜひ読んでおきたいデザインの本『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』。

MoMAのキュレーターで、今年はミラノの「Broken Nature」展(上)を手がけたパオラ・アントネッリのインタビューも収録。この展覧会もまたアントロポセンの解釈がひとつのテーマだったように思う。

さて、それ以前からの下地があったとはいえデザインの意義が大きく拡張したのが2010年代とすると、『SPECULATIONS』の内容はその変化を新しい世代の視点で独自に捉えながら、さらに2020年代からいっそう注目されるに違いないテーマを数多く扱っている。という意味で2019年にふさわしいと思うし、今年読むべき一冊としておすすめします。