山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

山梨県中西部に位置する市川三郷町の四尾連湖。市街地から車で約30分、標高は約850m。湖畔には2つの山荘がある。

「『日本のソロー』がいたところだね」


先日、あるイラストレーターと仕事の打合せをしていた時のこと。僕の地元である山梨の田舎町の話題になった。彼がアウトドアの熟練者だったので、「四尾連(しびれ)湖という湖がある町で……」と説明すると、そう返事があったのだ。


ソローは、19世紀のアメリカ人作家。出身地であるマサチューセッツ州のウォールデン池畔に小屋を建て約2年間自給自足で暮らした人物で、その生活を記録した著書『森の生活 ウォールデン』はよく知られている。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

『森の生活 ウォールデン』(H.D.ソロー 著 飯田実 訳/岩波文庫/1995年)。多くのナチュラリストらに影響を与えてきた名著だ。

では、「日本のソロー」と呼ばれる人物は誰か。自分の故郷ゆかりの話であるが、恥ずかしながら知らなかった。昭和初期、ソローの生きざまに共鳴し四尾連湖のほとりで暮らした青年がいたというのだ。その男の名前は野澤一(のざわ・はじめ)。書籍などで調べてみると、野澤は1904年、山梨県東部の生まれ。法政大学へ進学したものの、退学して20代半ばの時に湖畔生活を始めた。1929〜33年をそこで過ごし、書き留めた詩をまとめて自費出版した。


「そんな人が地元にいたのか」と、興味引かれた僕は、近年再び出版された野澤の詩集を携えて、その週末にさっそく四尾連湖へ向かった。


久しぶりに訪れた四尾連湖は、以前よりもずっとにぎわっていた。初秋の日曜日、キャンプやカヤック、釣り、サップなどのさまざまなアクティビティーを楽しむ人々がたくさん。いまどきのカフェもできていた。そういえば、キャンプを題材にした人気漫画に登場したことで、この湖の知名度が上がったなどと知人から聞いたことがあった。


楽しそうな声が周辺にこだまする中、僕は湖畔のトレースをひとり歩き始めた。ひんやりとした空気が気持ちよく、派手さはないが素朴な湖の景色が心を落ち着かせた。周囲が1キロちょっとと小さな湖なので15分足らずで一周を歩き終えた。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

四尾連湖の周囲にはトレースがあり歩きやすい。テントサイトも湖畔に点在し、泊まりで来るのもよさそうだ。

野澤の詩碑が湖の近くにあるらしいとのことを前出のイラストレーターから聞いていたが、湖畔にはなかった。山荘のスタッフに尋ねると、付近の登山口から10分ほど登った峠にあるというので、服を少し着込んで山に入った。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

野澤一の詩碑へは、蛾ヶ岳(ひるがたけ)登山道入口から標識に従って登る。道は整備されているが、人が少ないので熊避けの鈴を携帯するなど注意を。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

登山道途中の文学碑公園にある野澤一の詩碑。旧市川大門町教育委員会と地元有志によって1989年に建立された。

“ああ、されど湖のみは いつもながらの風光に かげうららかに
桃の枝は育ち 栗鼡はないて 小鳥はあのたのしいさわがしい 唱をうたい
山は立ち 水はほとばしりいでて とこしえに しびれの湖と たたえられてあれよ
野沢 一”(詩碑のまま)


詩碑には、四尾連湖や周辺の動物、植物を讃頌(さんしょう)する野澤の詩が刻まれていた。裏側を見ると、野澤の功績を残すために平成の初めに建立されたものだとわかった。


いつまでも四尾連湖が讃えられる存在であってほしいと、野澤は詠った。湖で思い思いに自然と遊ぶ人々の愉しげな表情を思い返せば、その願いは時代を経て受け継がれているように思われた。野澤ははたしてどのような表情で自然とたわむれていたのだろうか。そんなことをあれこれ空想しながら、故郷を後にした。

山深い湖畔に独居し、優しい詩を詠んだ「日本のソロー」を訪ねる。

『森の詩人 日本のソロー・野澤一の詩と人生』(野澤一 著 坂脇秀治 解説/彩流社/2014年)。野澤一が自費出版した詩集『木葉童子詩経』から構成している。