金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

金沢21世紀美術館の「日常のあわい」展、髙田安規子・政子の小さなハンモックの作品は、ふだん展示には使っていない場所にあります。どこなのか探してみてください。

常時マスク、ソーシャルディスタンス……。コロナ前には考えられなかったことが「日常」となってから1年あまり。アーティストたちがその「新しい日常」と向き合った展覧会「日常のあわい」が金沢21世紀美術館で始まりました。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る
金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

あっ、ティーポットの蓋がない! でも大丈夫、という下道基行の作品『ははのふた』。

コロナの前から人が無意識に、あるいは意識的に行っていることを可視化したのが下道基行と小山田徹+小山田香月の2組です。こう書くと難解に見えるかもしれませんが、下道さんの作品は「ポットの蓋がないときに義理のお母さんが代用するもの」を集めた写真です。コップ、皿、ジャムの瓶の蓋、保存容器の蓋、キッチンペーパーなど、いろいろなものがポットの蓋のかわりにされています。しかも蓋がないティーポットもたくさんあるのだとか。こういうことって自分もやるよね、と感じる人も多いと思いますが、ポットと蓋の意外な組み合わせはシュルレアリスムのオブジェのようにも見えてきます。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

『お父ちゃん弁当』、上が小山田香月さんのスケッチ、下が徹さん作のお弁当。「目」「かわせみ」「はつが(発芽)」とちょっと難しそうなお題が並びます。

小山田徹+小山田香月の『お父ちゃん弁当』は“弁当当番”だった父の徹さんが幼稚園に通う息子さんの弁当を作ろうとしたところ、当時小学校2年生だった娘の香月さんが「こんなお弁当を作ったら」と提案したのが始まりでした。香月さんが「顔」や「大文字山」「バオバブの木」といったアイデアを出し、スケッチも描きます。それにあわせて徹さんがお弁当を作るのです。モチーフには「傾斜地層」「噴火」といった、普通にお弁当を作っていたのでは考えつかないのでは、と思われるテーマも。

「アーティストでなくてもみんな、日常の中でこんな想像力を発揮している。そのことに普段は気づかないだけなのです」とこの展覧会を企画した金沢21世紀美術館学芸課の山下樹里さんは言います。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

髙田安規子・政子の極小ジグソーパズルは完成すると切手に。ピラミッドの絵柄が旅心をくすぐります。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

『つながり』はカゴの中に編み物がある、ごく日常的な光景。でも編み針はまち針です。

椅子や切手などごく“日常”的なもの並んでいるのですが、どこかおかしい。髙田安規子・政子の作品は切手でジグソーパズルを作っていたり、まち針が編み針になっていたりともののスケールがずらされています。私たちが“新しい日常”に最初のうちはズレを感じていたのに、いつのまにかそれに慣れてしまったコロナ禍の状況を思わせます。でもズレは依然としてそこにあるわけで、違和感がいつまでも残ります。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

竹村京作品。電卓やフォークが光る糸で修復されています。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

刷毛は少し見つけにくいところに展示されています。

普段使っている食器や家電が壊れてしまったら、普通は捨ててしまいます。竹村京は捨ててしまうかわりに半透明の布で包み、糸で繕って修復します。近年は修復するのに蛍光色に光るシルクの糸を使っています。蚕に発光するクラゲの遺伝子を組み込むと、こんなふうに暗闇で光るシルクの糸ができるのだそう。身近な素材である絹糸に遺伝子組み換えというSF的な響きもある技術が隠されていることを思うと、何気なく見過ごしている日常に得体の知れないものが潜んでいるかもしれない、そんな気持ちにもなってきます。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

『その他の反乱』と題された青木陵子+伊藤存のインスタレーション。中央のオブジェには『「網絵」覚えてしまった技術、網にかかる重さが変える網の形と網がささえられない重さ』というタイトルがついています。

青木陵子+伊藤存は不要になったものをモチーフに作品制作をしています。空き家に放置されていたもの、人からもらったままになっているものなど、拾ってきたものや使えなくなったものが素材です。会場に並ぶものの中には今ではあまり使われなくなった、漁のための網を補修する技術を使ったものもあります。完全に捨てられてしまったわけでもなく、使われているわけでもないものや技術が再編集されています。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

小森はるか+瀬尾夏美のインスタレーション『みえる世界がちいさくなった』から同名の映像作品。コロナによる自粛生活を想像する人も多いでしょう。

小森はるか+瀬尾夏美は東日本大震災を機に東北に移り住み、そこの人々の言葉からアートを生み出しています。今回は「震災後、オリンピック前」であり、かつ「コロナ禍」に陥ってしまった状況で東京の若者たちが何を考えているのかをテーマに作品を制作しました。映像や柔らかいタッチの水彩画、観客が付箋で個人的なできごとを書き込める年表などが並びます。震災もコロナも多くの人に降りかかったできごとですが、その結果起こることは人によってさまざまです。歴史のうねりはこんな、ごく私的なできごとの積み重ねなのです。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

岩崎貴宏『アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)』(部分)。江戸時代によく描かれた「誰が袖図」(衣紋掛けに着物がかけられている光景を描いたもの)からインスピレーションを得ています。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

岩崎貴宏『テクトニック・モデル』。ビニール紐は書物を束ねて古紙回収に出すイメージなのだそう。

円形の特徴的な展示室に浮かんでいるのは岩崎貴宏の厳島神社をモチーフにした立体作品です。「リフレクション」というタイトルのこの作品は台風で壊れてしまった厳島神社の実像と虚像とを上下に組み合わせたもの。あわせて衣類から糸を引き出して鉄塔の形にした新作と、本のしおりをほどいてクレーンにした作品を展示しました。本とそのしおりを使った作品にはミシェル・フーコー『監獄の誕生』、カミュの『ペスト』など、コロナ禍で再び読まれるようになった本も使われています。「人類の記憶が本の中に圧縮されて存在している」「しおりは本や物語の時間を一時停止するもの」と岩崎さんは言います。クレーンが林立する小さな都市には私たちがコロナ禍の不安定な日常に右往左往している、そんなことも想像させます。

金沢21世紀美術館で開催中。アーティストが捉えた“新しい日常”を見る

岩崎貴宏『リフレクション・モデル(テセウスの船)』。2度の台風で破壊された厳島神社を再現。「テセウスの船」とはある物体の構成要素がすべて置き換えられても同じ物体であるのかを問う古代ギリシャのパラドックスのこと。

このコロナ禍がおさまったときには、ここに並ぶ作品も違って見えてくるかもしれません。その日のことを考えながら展示を見るという楽しみ方もできる企画です。

『日常のあわい』
開催期間:2021年4月29日〜9月26日
開催場所:石川県金沢市広坂1-2-1
金沢21世紀美術館
開館時間:10時〜18時 ※金・土曜は20時まで
休館日:月曜、8月10日(火)、9月21日(火) ※8月9日、9月20日は開館
入場料:¥1,200(税込)
※臨時休館や展覧会会期の変更、また入場制限などが行われる場合があります。事前にお確かめください。
www.kanazawa21.jp