オキナワン・ラプソディー / ニューズウィーク日本版

/

Recent
Post

«

»
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat

過去記事一覧へ

オキナワン・ラプソディー / ニューズウィーク日本版

オキナワン・ラプソディー / ニューズウィーク日本版

本日発売のニューズウィーク日本版の沖縄特集の写真を担当しています。

ちなみに表紙写真は、米海兵隊基地キャンプ・シュワブ沿岸(要は目の前)の辺野古の海で、今回の取材より前、自分のプロジェクトのために撮影した海中写真です。(船に乗せていただいた方々、ありがとございました。撮影してたら、「鮫が見えたから気をつけて!」と言われてビビって船に上がった僕…。まだまだ修行が足りません…。100mとか潜る人たちは普通に鮫と一緒に泳いだりしてるし…。)


今回の取材では、ノンフィクションライターの石戸諭さんが記事を、ニューズウィーク記者の小暮聡子さんが編集を、僕が写真を担当しました。


タイトルの「沖縄ラプソディー / Okinawan Rhapsody」は、取材も終盤にさしかかった頃、小暮記者と話し合っていて浮かんだアイディアです。(僕の中では、決して単純にクイーンの映画のタイトルをパクったわけではありません!)

数年前から沖縄市で個人的なドキュメンタリーのプロジェクトを続けていて、そのタイトルは「 Rhapsody in the dark」と、仮につけています。プロジェクトはまだ継続中ですが、2017年には同タイトルの展覧会をフランスで行いました。


当たり前のことですが、皆それぞれ違った価値観や人生の中にいることを撮影を通して知り、撮影を始めてから1年ほど経った頃、そんな彼らのことを「沖縄を撮る」といったようにまとめることはできないと思い始めました。だって「埼玉を撮る」とか言ってもピンとこないし…(埼玉県はただの例です…特に何か悪意があるわけではありません)。その頃たまたま辿り着いたのが沖縄市。そこで出会った人たちを撮らせてもらって今に至ります。

ジャーナリズムだけではありませんが、何か言いたいことがある時、一つの主題を見つけ、または主題に沿って物語を作るということをしないと中々理解してもらえません。しかし、パッケージ化は物事をわかりやすく見せることができる反面、白黒はっきりつかないグレーなことが沢山あるのが実際の世の中なんじゃないかな、とも思います。

そう考えた時に浮かんだのが Rhapsodyという言葉です。ラプソディー・イン・ブルーというガーシュウィンの曲が有名でしょうか。今だったらもちろんクイーンのボヘミアン・ラプソディー。ラプソディーとは、「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲」と説明されています。僕が撮影させてもらっている人たちはまさにそんなラプソディーを奏でているような存在でした。


そして、石戸さんは取材中「色んな人が自分が描きたい沖縄像を言っているだけなんじゃないか」と言っていました。それは、語られる時にいつもパッケージ化されてしまう「沖縄」があることを意味しているようにも感じ、「ラプソディー」というタイトルをプッシュしたいと思いました。


コザのホテルのロビーでノートに言葉を書きなぐってタイトルを考えていた小暮さんに「ラプソディーはどうですか?僕のプロジェクトのタイトルでもあるので恐縮ですが…」と、提案。

ラプソディーといきなり言われて分からない人もいるかもしれないけれど、ボヘミアン・ラプソディーもヒットしたし、今ならその単語を見ても首をかしげずに雑誌を手にとってくれるのではないか。前述した、僕が個人のプロジェクトの撮影中に持った印象なども小暮さんに話し、「オキナワン・ラプソディーとか?」なんて相談。

小暮さんが「それだ!!」というわけで、編集部に速攻連絡!


「クイーン??」(正確にはどんなだったか思い出せないけど、だいたいこんな内容)という返事が…

「違う!!!もっと深い意味があるんですよ!!」とツッコミを入れたくなる僕…。


その後、石戸さんも一緒に相談し(というか僕はもうこのタイトルでゴリ押し。あといかにラプソディという単語とそのコンセプトが、この島の状況・今回の取材にぴったりかも力説…)、とりあえず3人の中では「オキナワン・ラプソディー」「沖縄ラプソディー」「Okinawan Rhapsody」とだいたいこの3つに落ち着きました。編集部でのやりとりがどうなったかは分からないのですが、「沖縄ラプソディー」英語で背景に「Okinawan Rhapsody」になったようです。

僕の中ではオキナワン(英語では、沖縄の人たちのことを Okinawan と呼びます)の方が、「沖縄の人たち(個人個人)」のラプソディーとなるので、より方向性は合っていると思ったのですが、日本語で「オキナワン」と書いても表紙を見る人はピンとこないかもしれません。なので、結果的には日本語と英語の併記はベストの方法だったのではないかと思っています。カバー写真についても色々とアイディアが出ていましたが、最終的には僕が以前辺野古の海に潜って撮影した海中写真に。


記者の小暮さんとの取材では、取材の中で気づいたことを色々と相談できるので、ニューズウィークの仕事では、そんな面白さも経験させてもらっています。


そんな「沖縄ラプソディー / Okinawan Rhapsody」、記事は石戸さんによる5部構成の大作です。登場する人たちの声を生きている個人として拾い上げた、素晴らしいルポになっていると思います。終盤に出てくる、Ki-yoさんのポートレイトは、二股に別れた道を背景に撮影させてもらいました。それは賛成か反対かに別れる道ではなく、彼が立っているのはそういった2択の先の未来。撮影しながらそんなことを考えていました。


石戸さんと小暮さん(と僕も末席に…)が、耳を傾けた「沖縄ラプソディー」多くの人に読んでいただけたら嬉しく思います。

PAGE TOP

オキナワン・ラプソディー / ニューズウィーク日本版