すべての設計を、「書くこと」に徹した潔さ。

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    青野 豊・写真photographs by Yutaka Aono

    すべての設計を、「書くこと」に徹した潔さ。

    日本語入力にはポメラ専用のATOKを開発し、ソフト的にもスムーズなタイピングが可能に。¥53,784

    かつて、私は「ウォーキング・ライター」だった。歩きながら、原稿用紙を挟んだ画板を左手に持って、右手で書くのだ。片側4車線の長い横断歩道で、ゆっくり歩いて、200字詰め原稿用紙を反対側に着くまでに書くという勢いだった。ところが、パソコンで書くようになってからは、座らないと打てないのがとても残念だと思っていた。「ポメラ」に逢うまでは。軽くてコンパクトなポメラなら、さすがに歩きながらの両手打ちは無理だけれど、左手で持ちながら右手で打ち込めるではないか。まあ、そんな使い方はレアだが、「文章書き」に徹した機能は文章書きにはとても嬉しい。 

    まず起動がほとんど瞬間。なにか思いついたり、ブリリアントなプロットを発想したりした時は、忘れないうちにメモしたい。こんな時、ノートPCはそれなりの時間がかかる。その点、ポメラの俊速起動は、クリエイターのための親切仕様だ。本質的に「パソコンではない」のが素晴らしい。「なんでもできる」のがパソコンだが、ポメラは「パソコン的なことはなにもできないが、文章を書くことについては、天下無敵」だ。無線LANが備わっているが、それはSNSやウェブ、メールチェックのためではなく、パソコンやクラウドストレージに文章を転送するため。それほど禁欲し、文章書きに徹しているのだ。 

    そのかわり文章を書くためのことには、奢っている。キーボードがとても打ちやすい。V字ギアリンク構造を採用したとのことだが、ガタつきが少なく、安定感が高く、タイプがスムーズだ。キーの大きさも適切だし、タイプ音が静かなのも気に入った。キーレスポンスは記事のクオリティを制するほど大事なことだ。7インチのディスプレイも、ノートPCのそれよりかなり小さいが、文章を集中して書くには、コンパクトで適切なサイズだ。バックライトのおかげで文字の視認もよい。明暗の調整範囲が大きく、昼間の公園のベンチで書くときは輝度を上げ、夜、暗い場所では、輝度を下げるとよい。さらに私のことを考えて決めたような機能、配列が満載だ。①Ctrl+Zで消した言葉が復活でき、②Shiftモードがロックされたまま句読点が打て、③Deleteが右上の端に位置するので打ちやすい、④パソコンから新語が移植でき、⑤メニュー動作がシンプルで俊敏……など、感心感心。

    でも少し注文もある。新語登録は文中の文字指定で実行できるとよい。いちいち新語登録画面で、書かなければならない。日本語入力自体は快適だが、私はカナ入力なので、キーひらがな表示をもっと大きくしてほしい。裏面に左手用のグローブがあると、歩きながら安定して書ける。ついに、ポメラでウォーキング・ライター復活だ。

    安定したタイピングを優先するため、前モデルよりも剛性、重量ともにややスケールアップ。マットな質感もいい。

    麻倉怜士
    デジタルメディア評論家。1950年生まれ。デジタルシーン全般の動向を常に見据えている。巧みな感性評価にファンも多い。近著に『高音質保証!麻倉式PCオーディオ(』アスキー新書)、『パナソニックの3D大戦略(』日経BP社)がある。
    ※Pen本誌より転載