【加谷珪一/経済ニュースの文脈を読む】 ヤマト値上げが裏目に? 運送会社化するアマゾン

    Share:

    【加谷珪一/経済ニュースの文脈を読む】 ヤマト値上げが裏目に? 運送会社化するアマゾン

    写真はイメージです。 jahcottontail143-iStock.

    ヤマトの値上げを飲むか否か。大口取引先アマゾンは、単なる小売りでなく運送会社としてライバルになるかもしれない。

    人手不足への対応からヤマトや佐川など運送各社が値上げに踏み切る中、アマゾンが反撃を開始している。自社リソースを使った有料即時配達サービスを強化するとともに、生鮮食料品の配送サービスもスタートさせた。運送会社の値上げは、ネット通販のサービスの大きな転換点となる可能性が出てきた。

    アマゾンが値上げを受け入れればヤマトは大幅増益だが...

    ヤマト運輸は4月28日、宅配便の基本運賃を改定すると発表した。値上げ幅は5~20%程度で、例えば関東から関西に60サイズ(外形寸法の合計が60センチ以内)の荷物を送る場合、従来は800円の料金がかかっていたが、新料金体系では940円となる。消費者を対象とした値上げは27年ぶりのことである。

    一方、アマゾンなどネット通販各社とは大口契約となっており、1個あたりどの程度の金額で配送を行っているのについては明らかにしていない。しかし各種資料などから筆者が推定したところでは、ヤマトはアマゾンから1個あたり400円以下というかなり安い金額で配送を請け負っていた可能性が高い。

    仮にアマゾンに対して2割の値上げを行い、他の顧客については5%値上げした場合、アマゾンの取扱量が変わらないと仮定すると、ヤマトの営業利益は2倍に増えることになる。だがアマゾンに対して値上げを実施した場合、アマゾンはヤマトの取扱量を減らす可能性がある。アマゾンからの依頼が2割減少した場合には、ヤマトの増益は約1.5倍にとどまる計算になる。

    アマゾンはヤマトに依頼していた即日配達を企業間配送のSBS即配や日本郵政にシフトする可能性が高いが、アマゾンの取扱量の半分以上を占めるといわれるヤマトへの委託分をすべて他社に切り替えることは難しいだろう。そうなってくると、アマゾンはサービス水準を大幅に低下させるか、独自の配送網を構築するのかの二者択一を迫られることになる。アマゾンのこれまでの姿勢を考えると、後者を選択する可能性が高いと筆者は考えている。

    アマゾンとヤマトがライバルに?

    アマゾンはヤマトの値上げ問題と前後して、新しいサービスを次々に発表している。ひとつは有料会委員向けの即時配達サービス「プライムナウ」の拡充、もうひとつは、生鮮食料品の配送サービスである「アマゾンフレッシュ」である。

    アマゾンは2015年から、有料会員(プライム会員)を対象に、専用アプリを通じて注文した商品を1時間以内または指定した2時間枠に配送する「プライムナウ」というサービスを行っている。1回あたりの注文が2500円以上で、890円の配送料がかかるが(2時間便は無料)、運送会社ではなくアマゾンの自社スタッフが直接商品を手渡してくれる。プライムナウをスタートさせるにあたり、アマゾンは東京都内に自前の配送拠点を整備した。

    百貨店やドラッグストアと提携

    同社は4月18日、プライムナウのサービスを拡充すると発表している。プライムナウの配送網を活用して、三越日本橋本店、マツモトキヨシなどの商品も即時配達する。ドラッグストアや百貨店と提携したことで、化粧品やデパ地下の総菜、和菓子や寿司なども配達してもらうことが可能となった。一部の商品を除き2時間枠での配送となり、540円の配送料がかかる(ドラッグストアは5000円以上、百貨店は9000円以上の購入で無料)。

    アマゾンは基本的に小売店なので、これまでは自社の商品か自社に出店するショップの商品だけを扱ってきた。しかし、今回の取り組みは、百貨店やドラッグストアなど、大手小売店の商品をアマゾンが配送するという形になる。そうなってくるとアマゾンの仕事は限りなく運送会社に近くなる。

    もしアマゾンがこうした提携をさらに拡充するということになると、アマゾンと運送会社は発注者と受注者という関係ではなく、場合によってはライバルという状況に変貌する可能性も出てくるわけだ。

    ネット通販による自社配送網強化につながる可能性も

    続いて同社は、有料会員向けに、野菜や果物、鮮魚など生鮮食料品を配送する「アマゾンフレッシュ」を開始すると発表した。

    アマゾンフレッシュは、10万点近くの食料品や日用品を最短4時間で自宅に届けるというサービスで、アマゾンが用意した物流センターの冷蔵・冷凍倉庫からプライムナウの配送拠点を経由して直接顧客に配送される。まずは東京都の港区や千代田区など6区でスタートし、順次対象地域を拡大する予定だ。

    このサービスを利用するためには、有料会員の年会費(3900円)に加え、フレッシュ利用料として月500円を支払う必要がある。1回ごとに500円の配送料金がかかることを考えると、決して割安なサービスとはいえない(6000円以上購入した場合には配送料は無料)。

    だが、世帯によっては買い物の時間を節約したいという強いニーズがあり、こうした顧客は追加料金を払ってでも利用する可能性が高い。しかも月額の固定費が発生するので、一度、取り込んだ顧客は満足度が低下しない限りは、サービスを継続してくれる。うまくいけば、アマゾンはロイヤリティの高い顧客層をうまく囲い込むことができるようになる。

    ヤマトがアマゾンに対して2割の値上げを行った場合、アマゾンは最大で数百億円の追加負担が必要となるが、こうしたコストをヤマトに対して支払うのであれば、そのコストを自社の配送網拡充に費やすという判断を下しても不思議ではないだろう。

    自社配送網を使った通販サービスは量販店のヨドバシカメラやディスカウント・ショップのドン・キホーテなどもスタートさせている。ヤマトの値上げは、もしかすると、ネット通販企業による自社配送網拡充のきっかけとなるかもしれない。


    加谷珪一

    評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
    『お金持ちの教科書』『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『お金は「歴史」で儲けなさい』(朝日新聞出版)など著書多数。

    http://k-kaya.com/