開発に10年かけた、シャンパン級のスパークリング日本酒

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    開発に10年かけた、シャンパン級のスパークリング日本酒

    日本酒が脚光を浴びているが、業界は今も右肩下がり。これからの日本酒づくりはどう攻めるべきか。その第1歩として、700回の試作を経てフルートグラスで楽しめるスパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE」が生み出され、「awa酒協会」が発足した。

    「古くさい」「美味しくない」「悪酔いする」等々、ネガティブなイメージの先行する不遇な時代が長かった日本酒。だがここ数年、女性誌やライフスタイル誌を中心に特集記事が増え、再び脚光を浴びるようになってきた。

    理由はいくつかあるが、最も大きいのは、日本酒の既成概念に囚われすぎない、新たな造り手への世代交代が挙げられる。

    長年受け継がれてきた技法や原料に頑なにこだわるのではない柔軟な発想、日本酒という狭い世界に閉じこもらない広い視野、地元の水や米といったテロワールを活かした醸造スタイルなど、そうしたエッセンスが幾重にも折り重なり、日本酒の新時代が幕を開けようとしている。

    とはいえ、日本酒業界そのものが息を吹き返したわけではない。国内出荷量は、30年以上前から右肩下がりの状況が続いている。20年前と比べれば、現在の国内出荷量は半分以下だ。

    純米酒や吟醸酒といった特定名称酒に限れば消費量は上向きとはいえ、このカテゴリーが日本酒消費に占める割合は3割ほど。全体の落ち込みを補うにはとても足りない。

    一方で、日本酒の輸出量はここ10年で倍増。単価の高い商品が中心に売れているため、販売金額に換算すると3倍増にもなる。長期輸送方法の改善や日本食ブームも追い風に、アメリカやフランス、香港などを中心に盛況が続いている。

    一定の支持と認知を得始めた国内市場、そして急成長のさなかにある海外市場。その両方を狙うために、これからの日本酒づくりはどう攻めていくべきか。

    そんな問いに対する答えを模索してきた日本酒蔵の1つが、群馬県・川場村の永井酒造。6代目社長の永井則吉(44)がモデルにしたのは、日本酒と同じ醸造酒のワインだ。

    飲み物として単体で楽しむのはもちろん、食事に合わせて選べる懐の深さ、バリエーションの豊かさがワインの真骨頂だと考えた永井。食事の際の選択肢となる機会を増やすには、ワインスタイルを日本酒用にアレンジしていくのが1つの道ではないか――。

    フランス料理のコースにも負けることなく一緒に楽しめる、そんな日本酒のラインアップを模索する挑戦が始まった。

    スパークリング日本酒は珍しくはないが

    だが、食前酒の段階でさっそく壁にぶち当たる。フランス料理の食前酒といえば、言わずと知れたシャンパンだ。

    発泡性の日本酒、いわゆるスパークリング日本酒自体は珍しいものではない。白く濁ったどぶろくタイプのものもある。だが、シャンパンのようにフルートグラスで楽しめる、クリアな味わいをもつものはほとんどない。

    10年間、700回の試作

    シャンパン同様に「瓶内二次発酵」させ、にごりのない透明な日本酒にするのは難易度が高いためだ。また、シャンパンでは発酵を促すために糖を添加するが、日本酒でそれを取り入れてしまうと税法上はリキュールに分類されてしまう。

    クオリティはシャンパン級の日本酒、そこにこだわる戦いは10年間、700回の試作に及んだ。永井自身フランスに渡り、本場シャンパーニュでも研究した。

    永井酒造のスパークリング日本酒「MIZUBASHO PURE(水芭蕉 ピュア)」が完成したのは2008年のこと。グラスの底から真っ直ぐ立ち上る細やかな泡、アルコール度数を13度に抑えたすっきりとした飲みくち。べたつきやクドさは感じられず、旨みと酸がシャンパンのように口内に広がる。それでいて、しっかりと日本酒の余韻は残る。

    国内外のシェフやソムリエにもその評判は伝わり、京都の吉兆、フランスやスペインの三ツ星レストランでも食前酒として採用されるに至った。

    Photo: 永井酒造

    もっとも、フランス料理と向こうを張る、ワインのような日本酒のラインナップを考えれば、食前酒の完成はまだスタートにすぎない。その後、永井酒造は肉料理用の熟成日本酒「VINTAGE SAKE」やデザート用に濃厚な甘さで仕立てた食後酒向けの「DESSERT SAKE」をリリース。料理一皿一皿に合わせた日本酒を提案する「NAGAI STYLE」を確立した。

    自らの目標としてきた、日本酒の可能性を広げる点では一定の成果を収めた永井。ただ、日本酒業界全体で見れば、それは文字通りまだ点にすぎない。日本酒の可能性や魅力を広めていくには、これを面にして1つの型に仕上げていく必要がある。

    永井は昨年11月、数年前から温めてきた日本酒振興のための組織「awa酒協会」を立ち上げた。水芭蕉Pureと同様の製法で作られたスパークリング日本酒「星の輝(かがやき)」を手掛ける山梨県の山梨銘醸、八海山で知られる新潟県の八海醸造など6蔵元と連携(今年2蔵が加わり現在は計9蔵)。シャンパン方式に準拠したスパークリング日本酒を認定・普及させるための組織となる。

    awa酒協会参加の蔵元のうち、スパークリング日本酒を発売済みなのは4蔵に留まる。それだけ開発の難易度が高いということでもあるが、今年4月には残る蔵元も合わせ、全蔵元から認定スパークリング日本酒がお披露目される予定だ。

    世界に広がる和食文化とともに、日本酒も飛躍できるのか――。スパークリング日本酒の成否が、その一翼を担うことになるかもしれない。

    安藤智彦

    前列右から2番目が永井酒造の永井則吉(撮影:筆者)