炊飯器に保温機能は不要――異色の日本メーカーが辿り着いた結論

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    炊飯器に保温機能は不要――異色の日本メーカーが辿り着いた結論

    Photo: BALMUDA

    2年前に高級トースターで家電市場に旋風を巻き起こしたバルミューダが、機能を"研ぎ澄ました"炊飯器を発売。シャープや東芝など大手メーカーが勢いを失うなかで、業績がうなぎのぼりなのはなぜか。

    日本の家電メーカーが勢いを失って久しい。コストパフォーマンスにすぐれ、不具合や故障が少なく信頼性も高い――そんな評価が日本ブランドの象徴としてもてはやされた時代は、なんだか遠い昔のようだ。シャープや東芝の家電事業が海外企業に買収されるなど、かつては想像もできなっただろう。

    アメリカでもヨーロッパでも、今や家電売場で日本メーカーの商品を目にすることは少ない。海外のショッピングサイトでフィーチャーされることもほとんどなくなった。

    理由はいくらでも考えられるだろうが、ひとつ確実なのは消費者の需要を掘り起こす、商品開発力を失っていることだ。たとえば「ソニーの開発力があればiPhoneは生み出せた」と振り返ったところで、負け犬の遠吠えに過ぎない。

    いわゆる大企業が退場を迫られるほど、家電業界での退潮が鮮明な日本勢のなかにあって、業績がうなぎのぼりという異色の存在がある。東京・武蔵野市に本社を構えるバルミューダだ。

    バルミューダの知名度を一気に高めたのが、高級トースター「BALMUDA The Toaster」だ。数千円も出せば買える製品が中心のトースターの市場に、その10倍ほどの価格の高級モデルで殴り込みをかけたのは2015年のこと。パンを焼くことしかできない単機能のトースターにそんな大金を出すはずがない――普通はそう考えるところだろう。

    だが、批判的な周囲の声はどこ吹く風。バルミューダの寺尾玄社長はかねてからの主張を淡々と繰り返すだけだった。「ウチは市場調査をしない。自分たちがほしいと思える商品を作る」

    美味しいトーストを毎朝楽しみたい、そんな寺尾の思いを実現するために、独自の温度制御とスチーム技術を組み合わせたのがThe Toasterだった。

    Photo: BALMUDA

    発売に先駆けた製品発表会で、筆者も実際にThe Toasterで焼かれたパンを試食したことを覚えている。確かに美味い。一部のパン好きには響くだろう。だが、いかんせん高い。日常使いというよりは「趣味家電」の域を出ないのではないか、それがファーストインプレッションだった。

    もっとも、そんな思い込みはあっさりと覆されることになる。蓋を開けてみれば、The Toasterは異例のヒット商品となった。発売前から予約が殺到し、入荷まで数カ月待ちの状況が続いた。The Toasterの大ヒットを受け、他のメーカーからも類似商品が相次いで登場する結果となった。

    第1弾は3万円台の扇風機

    炊飯器はバリエーション豊富な成熟市場だが

    高級トースターという新市場を開拓したバルミューダ。具体的な販売台数は公表されていないが、当のThe Toasterは現在も値崩れすることなく、高級トースターの代名詞となり店頭で売れ続けている。

    バルミューダが既存の「枯れた」商品市場に、高級モデルを引っさげ乗り込んだのはトースターが初めてではない。同社の家電参入第1弾となった「GreenFan(グリーンファン)」は、2010年当時「あり得なかった」3万円台の高級扇風機だ。浴び続けても疲れない心地よい風を生み出す「これまでにない」扇風機だった。

    Photo: BALMUDA

    そのバルミューダが今度は炊飯器を発売するという。トースターや扇風機の場合は、単機能を前提とした安価な製品が市場をほぼ専有していたため、高付加価値型のプレミアム製品の参入余地があった。だが、炊飯器は事情が異なる。

    1万円程度で買えるエントリーモデルから10万円を超える高級モデルまで、バリエーションが豊かなうえ参入メーカーも数多い。その品質の高さも折り紙つきで、中国からの観光客が大挙して高級炊飯器を土産に持ち帰る「爆買い」は記憶にも新しい。

    バルミューダが得意とする高付加価値という面だけ見ても、炊飯方式を制御するプログラムの精度や、専門の職人が手掛ける高品質な内釜といった具合に、かなりやり尽くされてきた製品領域なのは間違いない。10万円以上の高級モデルに関しては、長年にわたり炊飯器のベンチマークとされてきたかまど炊きの水準にかなり近いレベルに達していると言っても過言ではない。

    これまでにない「激戦」が既に繰り広げられてきていた炊飯器市場。バルミューダが打ち出したコンセプトは、トースターのときと同じ、シンプルなものだった。お米を美味しく炊き上げる、寺尾の言葉を借りれば「かまど炊きを超える」ご飯の実現だ。

    そうは言っても、ガスや薪などの火力で直接炊き上げるかまどに対し、電力に依存するしかない家電製品は歩が悪い。もちろん、コストを度外視すれば可能なのかもしれない。バルミューダがこれまで打ち出してきた高級路線を考えれば、新たな炊飯器の価格帯は相応のものとなるのが容易に推測できた。15万円か、20万円か、はたまた30万円超えか......。

    「ご飯を美味しいまま保温することはできない」

    だが、1月12日にベールを脱いだ「BALMUDA The Gohan」は、そんな安直な予想を大きく裏切る製品だった。価格は約4万5000円(税込)。決して安くはないが、既存の炊飯器と比べて高すぎるというものでもない。もちろん、「The Toaster」のときほどの衝撃もない。価格だけ見れば、中途半端な印象さえ抱きかねないだろう。バルミューダは今回、高級路線を捨てたのだろうか?

    そうではなかった。

    捨てたのは不要な機能だった。美味しいご飯を炊き上げるために、機能を研ぎ澄ます路線を選択したのだった。

    たとえば、「The Gohan」には保温機能はない。「どうやっても、ご飯を美味しいまま保温することはできなかった」と、寺尾は断言している。

    二層釜構造の水蒸気炊き方法

    また、サイズも三合炊きに限定されている。今回「The Gohan」で採用した炊飯方式を実現するには、現段階ではこの大きさが限界なのだという。容量を大きくするために、味わいを犠牲にするという選択肢はバルミューダになかった。

    Photo: BALMUDA

    「The Gohan」が取り入れている炊飯方式は、二層釜構造の水蒸気炊き方式。水を満たした外釜に、一般的な炊飯器と同様に米と水を入れた内釜をセットして炊くものだ。少しわかりにくいが、2つの釜をセットした状態で加熱することで、外釜から水蒸気が発生。炊飯器内部を蒸気で満たし、「蒸し炊き」を実現する。

    この方法を採ることで、米の1粒1粒が煮崩れせず、粒立ちのしっかりしたご飯が炊けるという。実際に試食したが、確かにふっくらとした粒感を堪能できる炊きあがりになっていた。少し固めの仕上がりは好みが別れるかもしれないが。

    製品発表後に始まった予約の受注は好調のようで、2月下旬の発売開始のタイミングで入手するのは難しそうだ。公式サイトでの購入は既に 1~2カ月待ちとなっている。

    かつて日本企業が得意としていた(はずの)商品開発力を引っさげ、家電市場にサプライズを仕掛け続けるバルミューダ。今秋登場予定の次なる商品は「コーヒーメーカー」か「電子レンジ」になるという。「バルミューダ家電」がどんなアプローチでこちらの予想を裏切ってくるのか、今から楽しみだ。

    安藤智彦