李小牧 元・中国人、現・日本人―中国人頼みのカジノは必ず失敗する

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    李小牧 元・中国人、現・日本人―中国人頼みのカジノは必ず失敗する

    カジノ法案が可決されたが、中国を取り巻く状況を考えれば、投資に見合うとは思えない。「美しい国、日本」の良いイメージを悪化させるだけだ。

    新宿案内人の李小牧です。突然だが、私は今かなり怒っている。その原因はカジノ法案の可決だ。私が愛する「美しい国、日本」が台無しになりかねない危機的状況だと言ってもいい。

    2015年12月15日未明、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」、いわゆるカジノ法案が衆院本会議を通過、成立した。同法案はカジノを含む統合型リゾート(IR)の整備を政府に促す内容で、今後は具体的な法案と制度作りに取り組むことになる。

    "解禁"はまだまだ先の話なのだが、報道によると20もの自治体が関心を示しているという。最終的に数をしぼる予定ではあるが、巨大利権があるだけにどの自治体もそう簡単には引き下がらないだろう。下手をすれば日本全国に賭博場が乱立する"カジノ大躍進"になりかねない。

    だが、そもそも日本にカジノは必要なのだろうか。

    私は昨年、家族旅行でラスベガスを訪れたが、あまりいい印象を持てなかった。約20年前に初めてラスベガスに行った時は、街の中心はギャンブル施設でありながら、その周囲を無料でショーを見られる施設などが取り囲んでいて、これは歌舞伎町活性化のヒントにもなると感心したものだ。だが今回は8歳の息子を連れての旅行。まだ小さい子どもにギャンブルの知識を与えたくない。

    その結果、あちこちにあるカジノを避けて移動する、まるで逃避行のような旅となってしまった。これは私だけの悩みではないようだ。通りを見ると子連れの観光客は少なかったように思う。日本も、カジノ目当ての客が増える一方で、家族旅行の観光客は減ってしまうのではないだろうか。


    習政権の反腐敗運動でマカオも落ち込んでいるのに


    確かに今、マカオ、シンガポール、韓国など、アジアでは外国人をターゲットとしたIRの建設がトレンドになっている。日本もそこに加わるという意思表示なのだろうが、それはとりもなおさず激しい競争が待っているということでもある。しかも、新規参入するにはタイミングがよくない。

    カジノ売上世界一を誇るマカオは、2015年の収入が前年比34%減と大きく落ち込んだ。習近平政権が推進する反汚職運動が響いたのだ。日本にとっては、この反汚職運動以外にも、中国経済の先行きや人民元安に伴う資金流出規制、突発的事件による日中関係の悪化など不確定要素が多すぎる。カジノ建設に伴う莫大な設備投資を回収するのには長い時間が必要だが、その間ずっと中国人富裕層がお得意様でいてくれる保証はない。

    長年にわたる経済低迷で日本の財政余力は限られている。限られたリソースを防災など本当に必要なものに振り向けるべきだ。利権に踊らされてカジノに飛びつくのは真の政治家がやるべきこととは思えない。

    日本のイメージはどうなる

    外国人ならギャンブル依存症になってもいいのか

    依存症の問題もある。先日、ニュース番組を見ていると、あるキャスターが「日本人が入りづらい仕組みにして、外国人をメインターゲットにすればいい」などと物知り顔で話していたが、この言葉を聞いてまた怒りが爆発した。日本人さえ無事ならば、外国人がギャンブル依存症になっても関係ないというのだろうか。

    もう15年以上前の話だが、私は楊斌(ヤン・ビン)という中国系オランダ人の日本視察旅行に通訳として同行したことがある。長崎のハウステンボスを視察し、その経験を元に遼寧省瀋陽市にオランダ村というテーマパークを建設して大儲けした。テーマパークが儲かったのではない。テーマパークを作るという名目で広大な土地の払い下げを受け、付帯施設名目でマンションを建てて売り払うという手法で稼いだのだ。中国ではよくある話だ。なお、後にオランダ村開発に関する詐欺や贈賄の罪で懲役18年の有罪判決を受けている。

    その楊斌がラスベガス旅行に行った時の話だ。中国にある自分の会社に電話をかけ、「従業員の給料支払いはしばらく待て」と命令したという。カジノで負けてかっとなり、部下の給料を元手にもう一勝負と考えたわけだ。結果がどうなったかは知らないが、社員にとってはひどい迷惑であることには違いない。これはラスベガスが舞台の話だが、今ではマカオでも似たような話が繰り返されている。そして、この大惨事を日本に持ってこようとしているのがカジノ法案なのだ。

    投資に見合うのかということ以上に私が問いたいのは、「日本のイメージが悪化してもいいのか?」ということだ。日本は戦後、平和で素晴らしい社会をつくり上げてきた。世界から高く評価され、多くの外国人は日本の良さを味わうためにやってきている。カジノはこの日本の良さを台無しにしかねない。

    牧歌的な賭博と違い、カジノは一夜にして大金を失いかねない恐ろしい場所なのだ。大金を失った客が日本を好きになってくれるだろうか。以前、マカオですっからかんになった経験がある私が言うのだから間違いない(笑)。

    どうしてもカジノを作りたいというのならばせめて1カ所に限定するべきだろうし、それ以上にやるべきなのは既存のギャンブルの活用だろう。競馬、競艇、競輪、オートレースなどの公営ギャンブルやパチンコに外国人を呼び込む工夫をすればいい。

    もちろん、カジノ以外の魅力を伝えることはもっと大事だ。日本には素晴らしい観光資源が、文化があるではないか。マカオやシンガポールの物まねでしかないカジノに頼る必要などないのだ。

    中国で流行る新手のギャンブル

    スマホでギャンブル依存の50代の同級生たち

    最近、ギャンブルについて悲しい思いをしている。故郷・湖南省の同級生たちとメッセージアプリのグループを作って交流しているのだが、そこでギャンブルが流行っているのだ。アプリの機能を使って複数のお年玉を配るのだが、その金額はまちまち。開けてみるまではいくら入っているかわからない。お年玉をあけてもらえた金額が一番少ない人が次のお年玉を配る......といった仕組みだ。

    何の技術も駆け引きもない運試しのような遊びで金額もたいしたことはないが、かつての同級生たちがこんな下らない遊びで時間を浪費していることにぞっとする。もちろんスマホだけではなく、トランプやマージャンなどの昔ながらの賭け事にも興じている。

    中国の定年は早く、50代そこそこで退職する人も多い。やることがないので暇つぶしをしているわけだが、あまりにもつまらない人生だ。日々新たなビジネスに取り組み目標に向かって前進している私と比べると、同級生たちは同い年なのに明らかに老けている。カジノを解禁すれば、無為の人生を送る人をさらに増やしてしまう。この点はよく理解するべきだろう。



    李小牧(り・こまき)

    新宿案内人
    1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。