掘っても掘っても足らない「コム デ ギャルソン」

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    熟練編集者の物欲クロニクル

    Vol.09
    イラスト:多屋光孫 文:小暮昌弘
    長年のキャリアを重ね、モノの良し悪しをズバリと見抜く熟練編集者。その買い物遍歴を辿ると、魅力あふれるアイテムが続々と登場します。「物欲クロニクル」第9回は、大のモノ好きとして知られる元メンズファッション誌編集長の小暮昌弘さんが、いまでも熱心に追い続けているというファッションブランドについて語ります。

    日本の「コム デ ギャルソン・ジュンヤ ワタナベ マン」がアメリカのワークウエアブランドである「ポスト オーバーオールズ」に別注した服に出合ったのは、もう閉店してしまった地元のカリスマ店でした。看板もなく、木製の重たい扉で中さえ見えない変わった店。扉を開けるとそのジャケットや「ビズビム」の靴、「カラー」のパンツ、「テンダーロイン」のジーンズ……。郊外の店とは思えない品揃えです。短髪の若い店主は横ノリ風のスタイル、客も友人みたいな会話をする人ばかりで、人見知りの私は完全に気後れ。ジャケットに手を伸ばすと「最後の2枚ですよ」とピシャリ! 1枚が玉虫色のギャバジン素材で、もう1枚がギャルソンらしいブルーストライプ。試着すると、両方ともジャストサイズ。悩んだあげく2枚とも買いましたが、それがコム デ ギャルソンに染まったきっかけでした。

    リーバイス®」とのコラボにやられました。

    コム デ ギャルソン・ジュンヤ ワタナベ マンはパリコレにデビューした時から「リーバイス®」とコラボをしており、タイポグラフィーを活かしたプリントが気になっていました。デザイナーブランドがコラボすること自体が珍しい時代でしたし、相手にアメリカブランドを選んだことも意外でした。そしてリーバイス®に続いて組んだのがポスト オーバーオールズです。アメリカ在住の大淵毅さんと内藤カツさんがやっているブランドで、生産もすべてアメリカ。日本でも世界でも、かなりこだわった店しか展開されていません。そのブランドとコラボしたわけですから、私の血中アメリカ濃度が反応してしまったわけです。私のアメリカ好きを見抜いた店主は「次はブルックス ブラザーズとコラボした商品が入ってきます」と。なかなかの商売上手ではありませんか。では入荷したら連絡をくださいと伝えましたが、わざとパッカリングするよう仕立てた老舗のブレザーも購入する羽目に。

    店のスタッフはギャルソンを語る、語る。

    それからでしょうか。この店だけでなく、東京の「コム デ ギャルソン」の各店もチェックするようになったのは。だから、ギャルソンデビューは2000年を過ぎてから。店のスタッフの方とも親しくなり、いろいろな情報を得るうちに、どうもコム デ ギャルソンにハマってしまったのです。「このコム デ ギャルソン・オム プリュスのパンツはね、いわば定番なんです。でも毎シーズン出るわけじゃないんです、実は」「この紺の色を出すために、生地をフランスまで送って染めたんですよ。それから輸入して日本で縫製したんですね」「店ごとに展示会に行き商品を仕入れますので、同じブランドの店でも店によって商品の品揃えは微妙に違うんです」「このベージュのバッグ、デザイナーの川久保玲は、ワッペンをたくさん貼ってよくもっていますよ」……。商品のことを尋ねると、出るわ出るわ。皆さんギャルソン好きばかりですので、聞けば話が止まりません。「このエステルはね、染めるのがすごく難しいのです」と製品洗いしたパンツを指差しながら男性スタッフが言います。「エステル、それってなに? 聞いたことがない」と私が尋ねると「ポリエステルのことです」と。ギャルソンのスタッフは短縮して「エステル」と言うのです。なんでも、ポリエステル100%の素材をきれいに染め上げるのはかなり難しいのだそうで、このブランドは「ポリエステル」にかなりこだわりをもっています。それから私は買う前に素材表示を必ず確かめるようになりました。ちなみに、ほとんどの服には品質表示に生産者のハンコが押されています。

    このブランドには、いつも緊張感が漂う。

    店によって品揃えが違うと聞かされ、どの街に行ってもコム デ ギャルソンをチェックするようになりました。地方の都市に行っても、アメリカに行っても、買う買わないは別にして。この間も京都の某店で「コム デ ギャルソン・シャツ」の定番「フォーエバー」を見付けましたが、「うちはフォーエバーしか扱いません。でも同じ色でシルエットを2種類揃えているんです」とブルーのシャツを広げながら話します。ギャルソンのスタッフも“語り”ますが、この店のスタッフもやはり“語り”ます。そんな気にさせるなにかがこのブランドにはあるのでしょう。ずいぶん昔ですが、NHKでこのブランドのことが放送されたことがあります。川久保玲さんの指示を受けたパタンナーは、シーチングと呼ばれるベージュの生地でトワルをつくります。コレクションで使う生地をパタンナーに見せるのは最終場面で。それまでは試されているようなものです。まるでセッションをするように服をデザインするのです。パリでショーのお手伝いをする友人がいますが、直前まで悩みながらショーをつくっていくそうです。コム デ ギャルソンの服にはどれもそんな緊張感が感じられます。私の予想や期待なんて大したことはありませんが、それをいつも裏切ってくれるのも爽快です。既成概念を超えていくことはコム デ ギャルソンらしさです。そう思っていたら来春のコレクションでは、透明なアッパーの「ナイキ ダンク」がありました。「こうきたか! これは絶対買わなきゃ」と私の血の中のアメリカがまた叫ぶのです。

    ブランド名:コム デ ギャルソン・ジュンヤ ワタナベ マン


    モデル名:不明


    購入年:2007年


    購入場所:日本


    購入当時の価格:¥50,000程度