傍観者になることを許してくれない群像ミステリー、妻夫木聡と満島ひかり主演の『愚行録』が公開です。

  • 文:細谷美香

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主人公の記者を演じるのは、妻夫木聡。彼がバスで座席を譲る冒頭の場面など、原作にはない描写も鮮烈な印象を残します。

“イヤミス”という言葉が生まれる前に書かれた、このジャンルの先駆けともいえる貫井徳郎の『愚行録』。読み進めていくうちに、自分の中のあまり他人には見られたくない場所を暴き出されたようなイヤ~な気持ちが心の奥に沈殿していき、本を閉じる頃にはこういう後ろ暗い感情を抱いているのはどうやら自分だけではないらしい……と重苦しい余韻とともに、どこかホッとするような思いにもなる。まさにイヤミスの魅力を凝縮したような傑作ミステリー小説が映画化されました。

一家惨殺事件から約一年後。未解決のままの事件を追う雑誌記者の田中は、被害者夫婦の周辺人物たちに聞き込みをはじめます。会社の同僚や大学時代の友人、かつての恋人。証言者によって夫婦の輪郭は形を変え、やがて思いもよらない真相が浮き彫りになっていくのです。

美しい夫婦が恋と仕事のチャンスを打算的につかんできたエピソードを聞くうちに、これは誰かに恨まれてもしょうがないかもねと高みの見物を決め込んでいたはずが、次第に芽生えてくる、したり顔で被害者について語る証言者たちへのふわっとした嫌悪感。キャスティングが絶妙なだけに、自分の中にもある嫉妬や欺瞞という感情を「あなたにも身に覚えがあるでしょ?」とばかりに突きつけられ、傍観者にはさせてもらえない居心地の悪さを感じました。章と章の間に挟まれる素性が明かされていない女性のモノローグや、パーソナリティが描かれていない主人公、田中の人物像をこんな風にシナリオに落とし込んだのか!という驚きもあります。

監督はロマン・ポランスキーらを輩出した名門、ポーランド国立映画大学で演出を学び、この作品で長編映画デビューを果たした石川慶。同大学出身のポーランド人撮影監督が撮った温度や湿度を抑えたひんやりとした映像が、日常に潜む“愚行”を淡々と観る者の前に差し出してきます。極めて日本的な大学内の派閥や見えづらい格差社会を題材にしながらもどこかユニバーサルな印象を受けるのは、“異邦人が見た東京”が切り取られているからかもしれません。

主人公の妹役に満島ひかり。ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出され、公式上映にも参加しています。

被害者の田向を演じる小出恵介(左)と、その同僚に扮する眞島秀和(右)。監督からのオファーを受けて脚本を手がけたのは『マイ・バック・ページ』などで知られる向井康介。

© 2017「愚行録」製作委員会

『愚行録』

監督/石川慶
出演/妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさみ、市川由衣、松本若菜、中村倫也、眞島秀和、濱田マリ、平田満ほか
2017年 日本映画 2時間 
配給/ワーナー・ブラザーズ映画、オフィス北野
2月18日より丸の内ピカデリーほかにて公開。
http://gukoroku.jp