すべてを失った男の喪失感を描く、美しき映像詩『サイの季節』。

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    ある男の卑劣な策略により、謂われない罪で投獄され30年間引き離されてしまった夫婦。『サイの季節』で描かれるのは仲睦まじかった夫婦のあまりにも悲劇的な運命ですが、これはクルド系イラン人の詩人、サデッグ・キャマンガールの実体験に基づいた物語というから驚きです。

    舞台は1977年、王政時代のイラン。クルド系イラン人のサヘルは詩人として成功を収め、将校の娘である美しい妻ミナと幸せに暮らしていました。そのミナに密かな愛情を抱いていたのが2人の運転手を務めるアクバル。3人の関係は、1979年のイスラム革命を機に劇的に変化します。新政府の高官となったアクバルの企みにより、サヘルは反体制的な詩を書いたとして禁固30年、ミナは共謀罪として禁固10年が言い渡されてしまうのです。塀の中で繰り返される拷問。ミナは先に出所しますが、彼女を待っていたのはサヘルが死んだという通告。ところが実際にはサヘルは生きていて、投獄から30年後の2009年、釈放されたサヘルはミナを探しに、彼女が住んでいるというイスタンブールへ向かいます。

    愛する人を奪われ、詩人として活躍する場も、生き生きと生活をしていた故国も奪われ、自分の死さえも奪われてしまったサヘルは、ほとんど言葉を発しません。彼のとてつもない喪失感が、美しい映像によってじっくり静かに描かれます。サヘルがミナとの30年ぶりの再会を目指す過程で、サヘルの心象風景がたびたび挿入されます。それは幻想的で、詩的で、言葉よりも雄弁にサヘルの傷ついた心を表します。

    監督のバフマン・ゴバディはクルド系イラン人。テヘランのアンダーグラウンドなミュージックシーンをテーマにした前作、『ペルシャ猫を誰も知らない』を撮影後、イランを去らなければならなくなり、現在も亡命を続けています。現代のサヘルを演じたイラン人俳優のベヘルーズ・ヴォスギーも、イスラム革命後に亡命した人物。作り手のサヘルへの共感があちこちに滲み出て、深みのある物語を生み出している気がします。イタリア人ではありますが、1970年代と現在のミナを演じるモニカ・ベルッチの、凛とした美しさと苦悩の演技も素晴らしかったことを、付け加えたいと思います。(Pen編集部)

    『サイの季節』

    監督:バフマン・ゴバディ
    出演:ベヘルーズ・ヴォスギー、モニカ・ベルッチ、ユルマズ・エルドガンほか
    2012年 イラク・トルコ合作映画
    1時間33分 配給:エスパース・サロウ
    7月11日より、シネマート新宿ほかにて公開。
    http://www.rhinoseason-espacesarou.com