“私”であることをあきらめない、トランスジェンダーの戦いを描いた『ナチュラルウーマン』 ​

  • 文:細谷美香

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ダニエラ・ヴェガは次回作ではストレートの女性を演じ、女優としても躍進中。 ©2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』で脚光を浴びたパブロ・ララインがプロデューサーを務めたチリ映画『ナチュラル・ウーマン』。今年のアカデミー賞外国語賞の有力候補と言われています。主人公はウェイトレスをしながらナイトクラブで歌手としてステージに立っているトランスジェンダーのマリーナ。彼女は年上の恋人、オルランドと幸せに暮らしていました。しかしマリーナの誕生日を祝った夜、ベッドの中で体調を崩したオルランドは、病院でそのまま急死。マリーナは病院や刑事に疑われ、オルランドの元妻や息子からも偏見に満ちた言葉を投げつけられます。葬儀にも参列してほしくないと告げられた彼女は、最期の別れを告げるための戦いを始めるのです。

「お前は何者なんだ」「神話のなかの怪物のようだ」と言われても背筋をすっと伸ばして、過酷な現実を乗り越えていこうとするマリーナ。「私は人間。私はマリーナよ」と毅然とした態度で答える彼女の表情のなんと凛々しく美しいこと! サンティアゴが生んだ俊英、セバスティアン・レリオ監督はマリーナをフレームの中央に置いたショットを多用した理由について、「幼い頃からずっと隅に追いやられていたこの人物を、ジャンヌ・モローやブリジット・バルドーのような大女優と同じように、この映画の中心にしたかったから」と語っています。

マリーナの身体を飛ばすほどの勢いで吹き荒れる“向かい風”、レヴューのような華やかなダンスシーン、そして亡き恋人のオルランドが、まるでまだ生きているようなゴーストなって現れるシーン・・・・・・。どこか魔術的な手つきでマリーナの心の旅が描かれていきます。マリーナがへこたれそうになった時、“私は私”であることを確認し、自分を励ますように鏡を見るシーンが何度も出てきます。確かな愛があったのに理不尽な争いに巻き込まれていく彼女を見ながら、せめてふたりの関係を守る法律があったなら、とも考えずにはいられませんでした。マリーナを演じたのは自身もトランスジェンダーであるダニエラ・ヴェガ。不寛容さに対する反発と多様化に対する賛同が、つくり手にも受け手にも広がっているいま、彼女が世界の真ん中に存在することで新しい時代の希望が生まれるのではないかと思います。

ヒロインの心情を、マシュー・ハーバートが手がけた音楽がより色濃く語る。 ©2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

監督は『グロリアの青春』(2013年)のハリウッドリメイクも決定しているセバスティアン・レリオ。 ©2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

監督:セバスチャン・レリオ
出演:ダニエラ・ヴェガ、フランシスコ・レジェスほか
2017年 チリ・アメリカ・ドイツ・スペイン合作映画 1時間44分
配給:アルバトロス・フィルム
2月24日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開。
http://naturalwoman-movie.com