Vol.02 時を経ても淘汰されることのない、革新的なデザインを収録。

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    写真・文:錦 多希子

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、錦多希子さんが選書してくれたのは、アムステルダム市立美術館のロゴデザインなどを手がけたウィム・クロウェルの仕事ぶりを収めた作品集。グラフィックデザインに興味がある人は必見です。

    Vol.02 時を経ても淘汰されることのない、革新的なデザインを収録。

    modernist / Wim Crouwel / Lecturis
    モダニスト / ウィム・クロウェル / レクタリス

    POSTで初めて携わった展示で、私はあるグラフィックデザイナーの仕事と出合いました。彼の名はウィム・クロウェル。前回のエントリーで中島が紹介したメーフィス&ファン・ドゥールセンよりもちょうど一世代前にあたり、オランダのグラフィックデザインにおける発展の礎を築き上げた人物です。空間構成に始まり、グラフィックデザイン、アートディレクション、サイン計画、コーポレート・アイデンティティと、その功績は多岐にわたります。前述の展示では、1960年代前後に美術館で開催された展覧会の告知用に制作されたポスターが披露されました。メインビジュアルが文字に埋もれるような一般的なポスターとは対照的で、まるでレコードジャケットのような統一感のある洗練されたデザインは、鮮やかな彩りが目を引きます。アーティスト名や会期といった必要最低限の記載はされているものの、アルファベット自体はデザインの構成要素としてすっかり溶け込んでいます。まったく無駄がなく、それでいて情報伝達という本来の目的を果たしているのだから驚きです。これらが半世紀ほど前に生み出されたものとは……と、大きな衝撃を受けたのを憶えています。

    緻密に考え抜かれた、デザイン・メソッドを学ぶ。

    クロウェルの削ぎ落とされたシステマチックなデザインは、彼の先見性に支えられていました。当時の最先端の技術をすぐさま取り入れ、より完成度の高いアートディレクションを展開しています。それが端的にあらわれているのが、アムステルダム市立美術館のロゴです。「S」tedelijk 「M」useumの頭文字のみが記されたシンプルなロゴは、「グリッド・デザイン」というレイアウト手法によって編み出されたもの。画面上に想定された方眼を基準としてデザインを構築していくと、規格化され整然としたデザインが現れます。その頃はコンピュータシステムが導入されるずっと前の、手作業によってデザインが組まれていた時代。スイスで生まれたこの実直なデザイン法則に、オランダらしい軽快さが加わった、極めて革新的なものだったろうと察します。

    もうひとつの特徴は、オフセット印刷の導入です。いまや印刷技法の主流となって久しいですが、シルクスクリーンに代表される従来の印刷技法と比べると、圧倒的にソリッドな風合いは一目瞭然。「印刷革命」と呼んでも差し支えない、当時は非常に画期的な技法でした。クロウェルはこれにいち早く着目し、積極的に採用しました。 シャープな印象が強い彼のグラフィックデザインとの相性も抜群です。2015年に出版されたクロウェルのモノグラフでは、 先に述べたポスターデザインの豊富なバリエーションはもちろん、初期の仕事からデザイン会社「トータル・デザイン」を立ち上げた全盛期、実験的なタイプフェイスの開発まで、彼の多様な仕事ぶりが包括的にまとめられています。作品のアーカイブを書籍化することで資料性が高まり、時代や距離を超えて彼の功績があまねく伝わることに一役買っているでしょう。

    さらに、本書のテキストはクロウェル自身がデザインしたタイプフェイスが採用されています。彼のデザインが隈なくちりばめられた書籍は一貫性を帯び、より説得力のあるコンテンツに仕上がりました。一途にひとつのことを突き詰めたその先に成果が花開く一方で、時代の流れを汲み取り、果敢に実験に挑むことを求められることがあります。こうした精神性と明確なビジョンをもとに、これまでのやり方に縛られることなく道を切り拓いていったクロウェル。彼のデザインは時に斬新すぎるあまり周囲の感性が追いつかず、一般的に浸透しきれなかったという皮肉な事例もあったようですが、柔軟な先駆性に裏付けられた彼のデザインは時の経過によって淘汰されることなく、現代を生きるわたしたちの眼にも魅力的に映ります。

    グラフィックデザインとは縁遠いところにいた当初の私は、単に「かっこいい!」と共感を覚えているだけでした。しかし、それらは緻密に考え抜かれたデザイン・メソッドが後ろ盾となっていることを知り、認識にも変化が生じました。複雑に絡み合う意図や思惑が見事に調和し、苦労の跡を微塵も感じさせることなく、非常に軽やかな表現へと仕上げられていく。クールな振る舞いと情熱的な気概が同居する、プロフェッショナルとしての姿勢に感銘せずにはいられません。クロウェルはグラフィックデザインの世界への扉を開いてくれた、とても大切な存在です。

    modernist / Wim Crouwel / Lecturis
    モダニスト / ウィム・クロウェル / レクタリス
    ページ数:464ページ
    装丁:ハードカバー
    サイズ:17.0 × 24.0cm
    商品コード:ISBN 978-94-6226-147-1
    出版年:2015年
    価格:¥9,288