父親は、娘のために何ができる? 腐敗したルーマニアを舞台に描かれた『エリザのために』が必見。

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    主人公を演じるのは、国際的にも評価の高いルーマニア映画『私の、息子』などにも出演しているアドリアン・ティティエニ(左)。

    独裁政権下のルーマニアを舞台に、ルームメイトの違法な中絶を手助けすることになった女の子の長い一日を描いた『4ヶ月、3週と2日』でカンヌ映画祭最高賞を受賞して、国際的に脚光を浴びるようになったクリスティアン・ムンジウ監督。最新作『エリザのために』では、娘のためにピンチを回避しようと駆け回る父親の数日間が描かれます。

    イギリス留学を決めるための卒業試験を目前に控え、学校の近くで暴漢に襲われてしまったエリザ。動揺する娘が試験に合格できるよう、父親のロメオはさまざまな手を尽くそうとします。医師の立場を利用しながら、事件解決や試験合格に便宜を図ってくれる警察署長や副市長、試験官のもとへ。『4ヶ月、3週と2日で』ひとりの女子大生の奔走を通して独裁政権下の不条理を描き出した監督が、本作では壊れかけた家族を通して現代のルーマニア社会の腐敗をあぶり出していくのです。

    “困ったときはお互いさま”が思いっきり拡大解釈され、当然のようにコネが横行する社会に呆れ、娘の気持ちを無視した父親の行動が身勝手で滑稽にも見えてきます。妻との関係はとっくに冷え、シングルマザーとも浮気をしているロメオ。けれども物語が進むにつれて、この主人公をただの悪者だとは思えなくなってきます。

    何気ない会話から伝わってくる、医師として誠実に仕事を続け、社会が変わることへの希望を抱いていた若き日の思い。不正がはびこる社会への絶望ゆえに、娘にはこの国とは違う場所で生きてほしいという願い。監督は寄りすぎることのない距離でロメオにカメラを向け、彼の思いや行動を裁くことなく、観る者の前にただそれらを差し出してきます。そのたびごとに、もしもあなたなら?と聞かれているような息苦しさを覚えました。愛人の子どもを遊ばせていた公園で、遊具の順番を巡って親たちが言い争いになる場面があります。ルールを守ってきれいごとばかり言っていたら、いつまでたっても順番なんて回ってこない。教育上は言ってはいけない言葉ですが、これを完全に否定できる人は、そう多くはないかもしれません。

    ルーマニア社会の現状を知っていればさらに理解が深まる作品でありながら、いまこの瞬間、世界を覆い尽くす空気が描き出されているようにも感じます。親と子の世代的な格差や思いのズレ、善悪の狭間で無様に揺れ動きながら生きるしかない人間の悲しさ。部屋のガラスが突然割られるエピソードなど、スリリングで不穏な演出に手招きされながら、普遍的な問いと向き合うことになる人間ドラマです。(細谷美香)

    カンヌ映画祭の常連ともいえるクリスティアン・ムンジウ監督。女優賞と脚本賞をW受賞した『汚れなき祈り』に続き、本作では監督賞を受賞しています。

    娘を思う父親が警察署長とのコネを生かして不正に手を染めますが、やがて検察官がやってきて……。

    © Mobra Films - Why Not Productions - Les Films du Fleuve – France 3 Cinéma 2016

    『エリザのために』

    原題/Bacalaureat
    監督/クリスティアン・ムンジウ
    2016年 ルーマニア・フランス・ベルギー合作 2時間8分
    配給/ファインフィルムズ
    新宿シネマカリテほかにて公開。
    http://www.finefilms.co.jp/eliza/