物語を語り、物語を求める人間の業を露にする、『作家、本当のJ.T.リロイ』

  • 文:細谷美香

Share:

真実が暴かれる前、リロイ(右)のマネージャーとして常に隣に寄り添っていたローラ(左)。

薬物中毒の母親に引き取られた女装の男娼としての過酷な経験を綴り、一躍文壇のスターとなったJ.T.リロイ。『サラ、神に背いた少年』は日本でも評判を呼び、2作目の『サラ、いつわりの祈り』はアーシア・アルジェントによって映画化もされました。けれども後に、リロイを取り巻く状況は一変します。ニューヨーク・タイムズが、天才少年作家は実在せず、執筆をしたのはローラ・アルバートという中年女性だという驚くべき真相を伝えたのです。

このニュースを聞いたとき、何という気まずい暴露だろうと思いました。というのもリロイはガス・ヴァン・サント、ウィノナ・ライダー、トム・ウェイツ、コートニー・ラブなど、彼の虜になり熱狂した監督や俳優、ミュージシャンたちの後押しによって、世に出てきた存在だからです。もちろんその筆頭は自ら監督、出演を担って映画を完成させたアーシアでしょう。

公開時、プロモーションのために来日したアーシアにインタビューした際には、「リロイのことが人間として好き。ずっと裏切られてきた彼の信用に応えなければと思った。サラを演じた痛みから1年以上抜け出せなかったわ」と語っていました。まさか一緒に来日し、同じ部屋にいたあの華奢な男の子が、実はローラの夫の妹だったとは!

“アバター”を使ったことは、バックアップしてくれた人たちへの裏切りともいえる行為ですが、それを単純に断罪できない気持ちになるのは、自分自身も“壮絶な体験をした美少年の痛ましい自伝”という、ある種のスター性や話題性に惹かれた読者のひとりだったからかもしれません。

このドキュメンタリーではローラへのインタビューや、カルチャーシーンのセレブリティたちなどとの音声録音、留守電メッセージによって、事件の裏側にメスが入れられています。ローラが幼少時に受けた心の傷、太っていた自分へのコンプレックス、いくつもの自己が生まれ、他者の肉体という容れ物を得たことで爆発する表現へのエネルギー。彼女の告白はすべてが切実な真実のようでもあり、巧妙なフィクションのようでもあり……。もう何が何やらと混乱しながらも、恐らく人生史上最も美しいいまこの瞬間を楽しんでいるであろうローラの、反省のようなものはしつつも悪びれない語り口にすっかり引き込まれてしまいました。物語ること、物語を求めること、そんな人間の業についてのドキュメンタリーともいえそうです。

ウィノナ・ライダーら、リロイに惹き込まれた映画人やミュージシャンの映像や音声が、作品には盛り込まれています。監督は『悪魔とダニエル・ジョンストン』などを手がけてきたジェフ・フォイヤージーク。

本当のリロイであるローラ(右)は、ガス・ヴァン・サントに依頼され、『エレファント』の脚本にも参加しました。

Copyright © 2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.

『作家、本当のJ.T.リロイ』

監督/ジェフ・フォイヤージーク
出演/ローラ・アルバート、ブルース・ベンダーソン、デニス・クーパー、ウィノナ・ライダー、アイラ・シルバーバーグほか
2016年 アメリカ 1時間51分
配給/アップリンク
4月8日より新宿シネマかりてほかにて公開。
www.uplink.co.jp/jtleroy