あらゆる境界を超えていけ! 『横尾忠則 HANGA JUNGLE展』で、走り続ける創作の雄叫びを聴く。

  • 文:坂本 裕子

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3歳くらいに初めて観た映画が「ターザン」だった横尾。自然の中で動物と戯れ、たくましい肉体を持つこのヒーローの存在は、彼の創作の原点のひとつとなっています。多様な表現の象徴ともいえるモティーフは、理想郷を求めた表現時代の70年代の本作と、現在の再制作作品とともに観られます。 《ターザンがやってくる(緑)》 1974年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)

東京・町田市国際版画美術館では、横尾忠則の版画制作の大回顧展『横尾忠則 HANGA JUNGLE展』が絶賛開催中です。

1960年代、アングラ演劇のポスターに妖しさ漂うエロティックな表現で一大ムーヴメントをつくり、先進的デザイナーとして脚光を浴びた横尾は、同時に版画制作も積極的に行い、パリでの青年ビエンナーレ版画部門をはじめ多くの受賞も果たし、国内外で高く評価されてきました。1982年の「画家宣言」の後、ペインティングに注力するようになりますが、併行して版画作品も引き続き制作しています。

現在の新作を含む、ほぼ全版画に相当する約230点に、ポスター約20点を加えた250点強の版画で魅せる圧倒的な内容は、彼の創作活動の全貌に迫る展覧会です。それらの成果は常にラディカルに、ショッキングにわたしたちの感覚と認識を揺さぶります。ポスターも単なる広告メディアとしてではなく、彼の版画創作のひとつの形として紹介されるのがポイント。だから「版画」ではなくて「HANGA」。「版画」の枠を超えた、その型破りなスケールにぴったりの、世界に通じる言語として名づけられています。

もうひとつのポイントが、横尾の表現の多様性を存分に堪能できる展示空間。冷静な現代への視座を持ちつつも、直観と衝動を原動力にする彼のエネルギーあふれる作品群が、これでもか、というくらいに部屋の壁を埋めつくします。あるところでは大版画が列をなし、あるところでは段違いにひしめき、あるいは、二段重ねで堂々と、目くるめく総天然色の世界が現れています。だから「JUNGLE」。とどまることなく次々と創作スタイルを変えていく作品たちが、まるで複雑な生態系を示すジャングルにも思えてくる、絶妙な命名と造りです。ここには、横尾が幼い時から憧れた「ターザン」への想いも重なります。

全7章、時系列を基本に巡る会場は、時代や環境により移っていくアーティストの意識や興味が浮かび上がり、あふれる生命感の中に、ユーモアとエロス、まじめとふまじめ、享楽と批判が混在しつつ、新たな表現を模索する創作への熱量に満ちています。そしていずれの作品からも感じられるのは、グラフィックとアート、複製とオリジナル、写真と絵画、エロと官能、低俗と高尚、自然と肉体、過去と現在・・・あらゆる境界を揺さぶり、打ちこわし、概念の在り方を問いかける、横尾の視線です。ジャングルを走るターザンのような、鋭くたくましい横尾の雄叫びを、極彩色の作品に聴いてみませんか?

第6回パリ青年ビエンナーレで受賞した三枚一組のひとつ。いずれも未完成の状態で敢えて制作過程を見せます。鮮やかな蛍光カラーに浮かぶ青竹に縛られた女性は、伊藤晴雨の「責め絵」との関連が指摘されます。嗜虐的エロティシズムが、POPな処理で異なるエロスを発し、版画と絵画、エロスと芸術への問いを放ちます。右端の花札がもたらすイメージにも注目。 《責場C》 1969年 東京都現代美術館蔵

1980年からアート・ディレクションを担当した雑誌『流行通信』の表紙をベースにした作品。動きのある筆致を残しペインティングの要素を強調した画面は、82年の「画家宣言」を先取りしたものともいえます。写真を“手書き風”版画へ。ここにも境界を無化していく彼の創作スタンスを感じることができます。 《No.6》 1980年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)

理性や知性を求めない原始エネルギーが満ちた自然は、肉体の絶対的な解放の空間として横尾のイマジネーションを刺激するものでした。リサ・ライオンの肉体美に惹かれ、写真や絵画、ポスター、ビデオとさまざまな表現で彼女と森の一体化を表現、版画では繁茂する植物と鍛えられた肉体の拮抗と融合が複雑な多色刷りに力強く浮かび上がります。 《Lisa Lyon in Izukogen, March 23, 1984 - I》 1986年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)

80年代~90年前半の版画では美術史上の名画を引用した作品が多く創られました。それらは同時に恐竜や竜、ボンテージ姿の女性やサラリーマンなど、横尾の好きな世界と現代を示す要素も取りこみコラージュされて、画面ににぎやかで緊迫したインパクトをもたらします。こちらは巨匠ルーベンスと彼が特に重視しているピカビアへのオマージュともいえる2作。 左:《予兆の刻 IV》 1989年/右:《ピカビア - その愛と誠実 II》 1989年 ともに町田市立国際版画美術館蔵

横尾の創作活動で忘れてはならないのがデザイナーとして生み出したポスターたち。商業的なもののみでなく個人的に作成したものもあるグラフィック作品は、キッチュでサイケデリックなインパクトが特徴です。ゴージャスに並ぶコーナーでは、広告とアート、ポスターと版画との境界を破壊する横尾の創作スタンスを改めて確認できます。 《Tadanori Yokoo》 1965年 町田市立国際版画美術館蔵

「横尾忠則 HANGA JUNGLE展」

開催期間:~6月18日(月)
開催場所:町田市立国際版画美術館
東京都町田市原町田4-28-1
開館時間:10時~17時(土・日・祝日は17時30分まで)(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:042-726-2771
入場料:¥800

hanga-museum.jp/