ディープな神戸で亡霊の気配におののく芸術祭、『アート・プロジェクトKOBE 2019:TRANS- 』へ。

  • 写真・文:中島良平

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グレゴール・シュナイダー『美術館の終焉ーー12の道行き』 第3留『消えた現実』(旧兵庫県立健康生活科学研究所 神戸市兵庫区荒田町2-1-29)食品や飲料水の品質検査、感染症の研究が行われていた地下1階、地上7階建のビルを作品化した大型インスタレーション。真っ白に塗られた空間から扉を開けて中に入ると……!

1995年、阪神・淡路大震災に襲われた神戸の街。復興に向けて頑張る人々をアートで元気づけようと、2007年に『神戸ビエンナーレ』が始まりました。若手作家を国際コンペティション形式で募って展示を行うなど独自の運営を続け、2017年には開港150周年を記念して『港都KOBE芸術祭』の名で、乗船して船から港湾施設に展示された作品を鑑賞する形式で開催し話題に。そして今回、神戸がグローカル・シティの先鋒となるべく、『アート・プロジェクトKOBE 2019:TRANS- 』という新たなアート・プロジェクトがスタート。通常の芸術祭に見られないような、さらに実験的な試みを行うことになりました。

参加作家は、ドイツ出身のグレゴール・シュナイダーと神戸市兵庫区出身のやなぎみわの2名のみ。舞台となるのは、三宮や元町といった開国以降に栄えた華やかな神戸ではなく、古くは平清盛が港を拓き、明治以降は重厚長大型の産業で栄えた神戸の市街地西部です。展示コンテナを集めた広場や美術館などの主要会場をもたず、街の公共施設や個人宅を会場にアートを展開します。

参加作家の一人、グレゴール・シュナイダーは、16歳で自宅の部屋の中にもう一つの部屋をつくり出す作品『家 u r』のシリーズに着手。現実と非現実の狭間のポケットのような時空のねじれをインスタレーション作品で体験させる作家です。今回は、計12作品を10か所に点在させて構成する『美術館の終焉ーー12の道行き』を発表。12作品を第1留(りゅう=station)から第12留へと順を追って移動しながら体験してください。意識や感覚が異次元へともっていかれているはずです!

神戸駅南口地下の吹き抜け広場デュオドームに設置された第1留『死にゆくこと、生きながらえること』と第2留『ドッペルゲンガー』は、まだ序の口。全身を3Dスキャンされている高齢者の方と出会ったり、スクリーンに映った和室の人がこっちに手を振ってきたり、何が始まるのか見当がつかないかもしれません。しかし、このページのトップ画像を撮影した第3留に行くと、最初のインパクトに遭遇します。

第3留『消えた現実』の会場は、2018年3月まで実際に使用されていた旧兵庫県立健康生活科学研究所。シュナイダーはこの建物にただならぬものを感じ、使用することを希望しました。気配や記憶から生まれた見えない恐怖が、建物には充満しています。建物は会期終了後に取り壊し予定。

第4留『条件付け』(メトロこうべ 神戸市兵庫区新開地2-3 B-1)高速神戸駅と新開地駅を結ぶ地下道に設置された空間。扉を開けて中にに入ると壊された洗面所のような小部屋があり、次の扉を開けるとまた同じ空間が、そしてその次も……! トワイライトゾーンに迷い込んで出られなくなったかのような不安と、未知なる感覚への愉快な気分というアンビバレントな感情が湧き上がってきます。

第6留『自己消費される行為』『喪失』(私邸1)この場所は個人宅のために住所が公開されておらず、第5留『自己消費される生産』(神戸アートビレッジセンター 神戸市兵庫区新開地5-3-14)を訪れた人のみに場所が知らされます。モチーフは引きこもりの生活空間。あれ、奥の部屋に誰かいません??

港のステージトレーラーで、ポールダンスや踊り念仏も取り入れた巡礼劇が…!?

第7留『恍惚』(私邸2)ここも第6留同様、第5留を訪れた人のみの限定公開。「パラレル・ワールドにどっぷりはまって生きる、ある男の住まい」というコンセプトで、パチンコ台のイルミネーションのきらめきと住人の気配が融合した空間が生まれました。

2軒の私邸で、人の暮らしの手触りとシュナイダーの制作物との境界が溶けてしまったような感覚を感じたかと思ったら、第8留『住居の暗部』では、暗闇に閉じ込められた労働者たちの気配に得体の知れない恐怖を覚えるかもしれません。そして第10留『ドッペルゲンガー』では、冒頭の第2留との不思議なシンクロにゾッとすることでしょう。最後の第12留では、ARを利用してそこにはいない老人たちのアバターと出会います。その出会いによって、レトロな丸五市場の雰囲気がただならぬものに…

神戸の人々の記憶や痕跡も駆使したこの壮大なインスタレーションは、必ず順番通り見ること。地下鉄からアクセスのよい場所が作品化しているので、「TRANS-PASSENGER ticket」という神戸市営地下鉄海岸線の1日乗車券(神戸市営バス1回は乗車可)を購入し、レンタサイクル「ART CYCLE」に乗って回れば、それこそ現実と非現実との行ったり来たりを繰り返しながら、いつしかグレゴール・シュナイダーが創出した異世界の住人になっていることでしょう。

そして、もう一人の参加作家であるやなぎみわが発表するのは、中上健次の小説を原案とする野外劇『日輪の翼』。神戸市中央卸売市場のドックに、開くとステージが立ち現れるステージトレーラーがやってきます。パフォーマンスを通じてそこには異世界が生まれ、荷物を運ぶための台船が港につけられ客席に。10月4日から6日まで上演が行われます。開催地によってサイトスペシフィックな演出をしてきたこの作品の上演は、神戸が6都市目。重工業のプラントに挟まれた市場という特性に加え、踊ることでトランス状態に陥って仏に近づこうとする「踊り念仏」を提唱した一遍上人が入滅した場所でもあることから、一遍上人を開祖とする時宗(じしゅう)の寺院から僧侶も出演して「踊り念仏」を公演内に取り込むのだとか。巡礼をモチーフにした演劇であり、役者やサーカスパフォーマーにタップダンサー、ポールダンサーも参加して聖俗の垣根を超えたスペクタクルが展開するのです。

ここまで振り切った芸術祭が繰り広げられている神戸。ディレクターを務める林寿美の企画力や実行委員長の服部孝司がもつ土地に対する深い造詣、行政の寛容さや潔さなど、さまざまなパーツが奇跡的にはまったことでこの魅惑的な芸術祭が開催に至ったのです。今回を逃したら2度と味わえない芸術祭、機会を逸して後悔することのないように。

第8留『住居の暗部』(神戸市立兵庫荘 神戸市兵庫区浜中町1-17-9)2018年に閉鎖した低所得労働者向けの簡易宿泊所に足を踏み入れると、そこは真っ暗。入口で渡される小さなハンディライトのほのかな光を頼りに、寝室や食堂跡と思しき空間を歩いていると、至る所からかつてここで過ごした人々の気配が漂ってきます…。

第12留『死にゆくこと、生きながらえること』(丸五市場 神戸市長田区二葉町3-11-2)  1918年に開場し、戦火を免れ、阪神・淡路大震災の時にも休業日だったために火災の難を免れた奇跡の市場。昼酒をする酒場の客を横目に、アプリをダウンロードして第1留でアバターとなった老人たちと出会うAR作品。

美術家のやなぎみわは、CGや特殊メイクを施した写真作品とストーリーを組み合わせた『エレベーターガール』や『マイ・グランドマザーズ』で評価を高めたのち、2011年から演劇にも進出。台湾でステージトレーラーをオーダーメイドし、今回の公演は50×18mの台船と呼ばれる船を観客席にしてパフォーマンスを上演する。

やなぎみわ『日輪の翼』2016年 新宮公演 撮影:表恒匡 このステージトレーラーがドックにやってきて、台船に座る観客たちに向けて巡礼劇をベースとするパフォーマンスを上演します。

『アート・プロジェクトKOBE 2019:TRANS- 』
グレゴール・シュナイダー『美術館の終焉ーー12の道行き』
開催期間:2019年9月14日(土)~11月10日(日)
開催場所:兵庫県神戸市 新開地地区/兵庫港地区/新長田地区
開場時間:会場により異なる
休場日:火曜日
※10月8日、22日は開館
※会場によって土・日・祝限定のパフォーマンスあり
※第5・6・7留は、日にち限定で開館(詳細はインターネット
鑑賞料:全作品鑑賞券 一般 ¥1,500(税込)、個別作品鑑賞券 一般 ¥500(税込)
※会場によって無料

やなぎみわ『日輪の翼』公演
開催期間:2019年10月4日(金)〜6日(日)
開催場所:神戸市中央卸売市場本場内 特設会場
兵庫県神戸市兵庫区中之島1-1-4
開演時間:18時(17時30分開場)
入場料:一般前売 ¥4,000(税込)、一般当日 ¥4,500(税込)

ドキュメンタリー『日輪の翼』「花鳥虹記録|台湾〜日本」上映
開催期間:2019年10月4日(金)〜6日(日)
開催場所:神戸アートビレッジセンター KAVCシアター
兵庫県神戸市兵庫区新開地5-3-14
開演時間:各日によって上映時間が異なる
入館料:¥500(税込)

http://trans-kobe.jp