“水の都”に花咲いたもうひとつのルネサンス、「ティツィアーノとヴェネツィア派展」の色彩と官能に西洋近代絵画のはじまりを観る。

  • 文:坂本裕子

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花嫁を描いたといわれる作品は、清楚さとともに愛の歓びをも表すとか。柔らかい金髪、輝くような肌の輝きは爽やかな官能で、わたしたちを魅了します。 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《フローラ》 1515年頃、油彩、カンヴァス、79×63cm、フィレンツェ、ウフィツィ美術館 © Gabinetto Fotografico del Polo Museale Regionali della Toscana

日伊国交樹立から150年となった2016年を記念する企画の、最後を飾る展覧会が東京都美術館で開催されています。ルネサンス発祥の地から、“水の都”に花開いたもうひとつのルネサンス、ヴェネツィア派の黄金期の精華を、創始から確立させた画家たちと工房の作品で概観するものです。

当時のイタリアは小さな国々がそれぞれに王政や共和制を敷いて覇権を争っていた群雄割拠の時代。その中で共和制を採り、海運業とそこに付随する情報戦で財を成し、独自の文化を形成したのがヴェネツィアでした。現世利益を重視する現実主義は、ローマからは比較的離れていたこともあって、宗教的な制約の少ない、享楽的な内容を作品に反映させるようになります。そこには異教徒であったイスラムとの交易から、ビザンティンからの影響も色濃く残っています。

そして何よりも大きな特徴が、北方で開発された油彩画を、カンヴァスに載せる技法に確立したこと。色が濁らず、重ね塗りにも耐えうる保存に長けた油彩の技法は、鮮やかな色彩と細やかな描写を可能にしました。やがてヨーロッパに、ひいては世界に普及し、現在でも使われるこの技術で、光と色を高らかに謳うヴェネツィア派が誕生したのです。

会場は、創始者とされるベッリーニとヴィヴァリーニの二大工房の作品から始まり、最大の確立者で「画家の王者」とまで言われた巨匠ティツィアーノの作品を中心に、その後継者であるティントレットとヴェロネーゼの二人のライバルまでを、当時の工房を支えた弟子たちの作品とともに時系列に追います。

見どころはなんといってもティツィアーノの作品です。初来日の《ダナエ》、イタリアの至宝といわれる永遠の女神《フローラ》をはじめとし、しっかりした存在感と内面をも想像させる人物描写、空気の色すら感じさせる鮮やかな彩色、聖性と官能の両者を合わせ持つ二面性――ミケランジェロを嫉妬させ、ルーベンスが追随し、近代にはルノワールまでが憧れた、近代絵画の規範ともなった天才の魅力が各章で確認できます。後継者ふたりの作品も、次代へとつながる身体表現や光の捉え方で、ヨーロッパにヴェネツィア派がどれほど大きな影響を与えたのかを改めて感じさせます。

日本では今ひとつなじみの薄いヴェネツィア派ですが、当時の活況とその空気に想いを馳せた時、その輝きは明るさと妖艶さをもって迫ってくるはずです。

枢機卿からの注文(!)で制作されたエロスたっぷりのテーマ。観ている者もドキドキさせてしまう裸体とそこに降り注ぐ黄金には、神話とともに金銭に身を売ることへの皮肉な眼も注がれているようです。 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《ダナエ》 1544-46年頃、油彩、カンヴァス、120×172cm、ナポリ、カポディモンテ美術館 © Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

劇的なシーンと強烈な色彩が特徴のティントレット、こちらは赤と緑の対比が美しく穏やかな1枚。白鳥に化身してレダを誘惑するユピテルが、ここではまるでその魅力に首根っこを押さえられているようにも(笑)。 ヤコポ・ティントレット 《レダと白鳥》 1551-55年頃、油彩、カンヴァス、147.5×147.5cm、フィレンツェ、ウフィツィ美術館 © 2016. Photo Scala, Florence - courtesy of the Ministero Beni e Att. Culturali

荒れ野で改心するマリアは、ティツィアーノから定型化していったといわれます。ヨーロッパ中に影響を及ぼした人気の1枚は、着衣であることが官能性をより引き立てて・・・。 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《マグダラのマリア》 1567年、油彩、カンヴァス、122×94 cm、ナポリ、カポディモンテ美術館 © Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

描かれた教皇は、内面までうかがわせる表情や手の写実、粗い筆致なのにビロードの質感を表す衣服の描写に彼の天才を感じます。 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ 《教皇パウルス 3 世の肖像》 1543年、油彩、カンヴァス、113.7×88.8 cm、ナポリ、カポディモンテ美術館 © Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

軽やかで品のある画面で当時の貴族に大人気だったヴェロネーゼ。肌のつや、金髪の輝き、衣装の反射など、光の多様な表現が聖者たちにやわらかい気品を与えています。パオロ・ヴェロネーゼ 《聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ》 1562-65年、油彩、カンヴァス、86×122cm、フィレンツェ、ウフィツィ美術館 © 2016. Photo Scala, Florence - courtesy of the Ministero Beni e Att. Culturali

日伊国交樹立150周年記念  「ティツィアーノとヴェネツィア派展」

~4月2日(日)
開催場所:東京都美術館 企画展示室
東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9時30分~17時30分(金曜は20時まで)(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日(ただし3/20、27は開室)、3月21日
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
観覧料:一般1,600円ほか

http://titian2017.jp