行楽や旅に最適な季節。『てくてく東海道』で北斎と江戸の旅を満喫しよう!

  • 文:坂本 裕子

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東海道の出発点、日本橋は賑やかな往来が描かれます。新年の始まりに、遠景には江戸城と富士山が、近景には美しく飾った女性たちの姿が印象的な晴れやかな風景です。 《春興五十三駄之内 日本橋》 すみだ北斎美術館蔵 【前期展示】

弥次さんと喜多さん、人生の不運を払うべく、厄落としのお伊勢参りに揃って出かけるも、行く先々で騒ぎを起こす珍道中、その滑稽さで大人気となった十返舎一九の『東海道中膝栗毛』は、本にとどまらず、実際の旅ブームをももたらします。そのニーズに乗って作られたのが「東海道五十三次」です。当時、街道が整備され、庶民の生活が向上していたことに加え、空前の旅熱には、文学と印刷技術が大きく寄与していたのです。

「東海道五十三次」といえば、まず浮かぶのが歌川広重ですが、実は彼に先立つこと30年、すでにいくつものシリーズを描いていたのが葛飾北斎でした。むしろ北斎への対抗心を持って挑戦したのが広重であったとも言えます。北斎の手がけたシリーズの数は当時の画師の中でも群を抜いており、7種類もの刊行が確認されているそうです。この北斎の作品たちで東海道を旅する展覧会が『てくてく東海道』という楽しげなタイトルで、すみだ北斎美術館で開催中、これは開館記念展の第3弾にも位置づけられています。

記念展にふさわしい見どころは、《春興五十三駄之内》と題されたシリーズ。趣味人たちがお金を出し合って作った摺物で、優雅な女性の姿を中心に、細やかで美しい彩色とそれぞれの土地にちなむ狂歌が添えられた豪華なもの。下絵を活かす彫り、彩色など、絵師の意図がもっとも忠実に反映されるといわれる初摺での揃いは、他に所蔵の確認がなく、貴重な初公開です。このほかのシリーズも、遠近法の風景と人々の近景を組み合わせたもの、限られた画面に絶妙な構図で各宿駅をとらえたもの、軽やかな筆致でマンガチックに描かれたものなど、彼の多様で幅広い画才を感じながら、東海道を“てくてく”できます。いずれも広重作品より小さいサイズであるのが、手の中で愛でたい温かみを持っていて魅力的です。旅の様子やランドマーク、パワースポットにトラベルグッズ、地元の文化や暮らしの風景といったテーマ別にも紹介される展示構成の楽しさも、北斎の視線が風景より、その道程を行く、その土地に生きる、人々の息づかいや営みに注がれていたからにほかなりません。

今も昔も変わらない旅することの醍醐味を、ちっちゃな画面に表わした、北斎の創意と工夫、その茶目っ気が「東海道五十三次」を広重まで続くロングセラーにしたのです。北斎と行く江戸東海道のバーチャル・ツアー、あなたも出かけてみませんか?

袋に書かれたタイトルで呼ばれるシリーズ。朱の霞が描かれ、青、黄、赤の配色が華やかなコントラストを持つ作品です。江戸と京都のちょうど中間地点、現在の静岡県袋井を、侍女を連れ、馬上で行く女性は、身分の高さを感じさせます。タバコをふかしながら馬を曳く馬子がいい味を出して・・・。 《東海道五十三次江都の往かい 袋井》 すみだ北斎美術館蔵 【後期展示】

やはり袋に記された名称をタイトルにしています。宿駅の名物「どじょう汁・一せんめし」の看板が、旅のリアリティを演出します。北斎の視線は、旅人たちに注がれ、「旅は道連れ」と、見る者の旅への憧れや欲求をかきたてます。のどかに眠る犬(?)もなごやかなふたりの旅路を感じさせて。 《東海道五十三次絵尽 土山》 すみだ北斎美術館蔵 【前期展示】

貴重な初摺のシリーズは女たちの着物の紋様も細やかです。サイズやコンセプトでタッチやシーンも使い分ける、北斎の技の幅広さと工夫を実感します。防水効果のある葛布や美しい模様の花茣蓙を商う女性、はまぐりを焼きながら煙にむせる女性、各地の名産・名物が人の営みとともに描かれます。 左:《春興五十三駄之内 掛川》 右:《春興五十三駄之内 桑名》 すみだ北斎美術館蔵 【前期展示】

北斎の「東海道五十三次」シリーズ中、最小サイズの作品。画帖に貼られ、絵本のようなかわいい体裁が、軽やかな筆遣いと合っています。大磯の大石は遊女が変化したもので、美男だけが持ち上げられるのだとか。トライする男の真剣さが楽しい。平塚では裾をからげて川を渡る旅人の会話が聞こえそうです。 左:《東海道 彩色摺 五拾三次 大磯》 右:《東海道 彩色摺 五拾三次 平塚》 すみだ北斎美術館蔵 【前期展示】

一画面に俯瞰で五十三次すべてが描かれた圧巻の東海道“一覧”図は、北斎のとどまることのないアイデアと描くことへの挑戦を感じるとともに、みごとに納めてしまうその力を改めて見せつけます。書割のような富士山の扱いもまた秀逸! 見飽きることのない鳥瞰図です。 《東海道名所一覧》 すみだ北斎美術館蔵 【前期展示】 ※後期には国立歴史民俗博物館所蔵作品を展示

「てくてく東海道  -北斎と旅する五十三次-」

開催期間:~6月11日(日) ※作品保護のため一部展示替えあり
【前期】~5/14(日) 【後期】5/16(火)~6/11(日)
開催場所:すみだ北斎美術館
東京都墨田区亀沢2-7-2
開館時間:9時30分~17時30分(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入場料:一般¥1000
hokusai-museum.jp/tekuteku