ミクロからマクロへ、人間から宇宙へ、「N・S・ハルシャ展」は、“チャーミングな旅”で「存在」を問いかける。

  • 文:坂本 裕子

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6枚の連続パネルに描かれる人物はなんと約2000人! 神々から映画のヒーローや美術史を飾る著名な芸術家、現代に活躍するアーティストに動物まで、まさに世界を表します。それぞれを探してみるだけで時間を忘れそう。 N・S・ハルシャ 《ここに演説をしに来て》 2008年 アクリル、キャンバス 182.9×182.9 cm(×6)

現代アートの展覧会で知られる六本木・森美術館は、西洋と日本にとどまらず、成長目覚ましい中国、アフリカ、インド中東など、世界各地の現代アートに視線を注いでいます。そうした地域展と、アジアを中心とした国内外の中堅アーティストの個展を開催することで、アートのいまを支えてきました。その活動の一環として、インドの現代アートとして世界でも注目されているN・S・ハルシャの初の大規模個展が開催されています。

N・S・ハルシャは、南インドの古都マイスールに生まれ、現在も故郷を拠点に活躍するアーティスト。南インドの伝統文化や自然環境を基盤に、グローバル化するインドの社会を、政治を、人間を見つめ、歴史と現代、地域と世界、継承と変化を、絵画を中心に彫刻やインスタレーションなど、多様な表現にしています。

会場は、1995年以降の主要作品に新作を含んだ約70点をゆるやかな時系列で追う構成です。その空間は、アーティスト、ハルシャの画業と同時に、いまを生きる私たちの、そこに横たわる人間の歴史の重なりを感じさせ、あらゆる物質と生命への視線を促し、さらには地球の、宇宙の、この世界の在り方にまで意識を拡げてくれる、壮大な時空へと変貌しています。

素朴な線と色で描かれる曼荼羅のような沢山の人間や動植物の絵画には、インドの民族性や宗教のモティーフから21世紀を生きる画家やわたしたちの現在とが併存しています。群衆として見える人々は近づけばそれぞれに異なる人種、表情、しぐさを持つ個人が浮かび上がります。同時にそのテーマは、動物として本能に生きることと、人間として文明に生きることへの静かな観察の眼と限りない諦念と愛着をにじませます。国家(ネイション)をテーマとした作品では、故郷インドと世界の現状への問いかけを、ニヒルなユーモアの中に投げかけます。

マイスールという一地方都市からインドの多様性を、そして世界の複雑さや危うさを、さらには存在の悠久を、ユニークな寓話的世界に表して、美も醜も、正も悪も、喜も哀もすべてを飲み込んでいるその魅力。軽やかに、力強く、深遠な真理のひとつの形を提示する、それはまさに「チャーミングな旅」の空間です。
肉体も時空も超える“ジャーニー”に感覚と身体を解放してください。

彼の多くの人々を並べて描くスタイルが確立する契機となった作品。生まれて生きてそして死を迎えるまでの大きな流れを人間の根本的な行為に描きます。引いて観れば人生のうねりとなり、近寄ればそれは個々の人間の営みとして映し出されます。 N・S・ハルシャ 《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(部分) 1999-2001年 合成樹脂絵具、キャンバス 172.1 x 289.3 cm、169.7 x 288.5 cm、172.2 x 289.2 cm 所蔵:クイーンズランド・アートギャラリー、ブリズベン

国際連合加盟の193ヶ国の国旗がそれぞれに足踏ミシンの台に置かれたインスタレーション。多民族、多言語、多宗教のインドから国家を考える視点とともに、工業化の象徴でもあるミシンからのび、絡み合う細い糸に複雑で心細い国家間のつながりを示唆する皮肉な視点も感じられます。 N・S・ハルシャ 《ネイションズ(国家)》 2007/2017年 会場展示より

書のような、のたうつ蛇のような作品は圧巻の全長24m超! 輪廻を思わせる流れの中に、地球や土星たち太陽系惑星を含めた星々が描かれたそれは、宇宙の生成をも感じさせ、まるで時空を超えた視点で世界を俯瞰しているような気分に…。 (左)N・S・ハルシャ 《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》 2013 年 アクリル、キャンバス、ターポリン 365.8 x 2,407.9 cm/(右)部分拡大 会場展示より

古代インドの叙事詩に出てくる猿の神ハヌマーンともされる猿、きっかけは新しいスタジオ建設の際に雨樋の上に座っていた1頭の子猿だったのだとか。未来を示すように上を指す手と、動けなくなるであろう絡み合った長い尾の対比がキュートでユーモラスに現代への警鐘を鳴らします。 N・S・ハルシャ 《タマシャ》 2013年 ファイバーグラス、布、竹、コイア 会場展示より

会期中は会場の外でもハルシャの作品に出会えます。六本木ヒルズタワー52階の通路の壁一面に描かれた群衆。彼らを見つめているはずの「私」はいつの間にか彼らに見つめられ、作品の中に入っているような錯覚に捕われます。 N・S・ハルシャ 《返される眼差し》 2008/2017年 壁にアクリル 展示風景:「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」 森美術館、2017年 撮影:椎木静寧 写真提供:森美術館

「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」

~6月11日(日)
開催場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
開館時間:10時~22時(火曜のみ17時まで)(入室は閉館の30分前まで)
休館日:会期中無休
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
入館料:¥1,800

http://www.mori.art.museum