歴史と現在を独自の美に変貌させた魔法の空間、「エリザベス ペイトン:Still life 静/生」が作家の日本の美術館における初個展として開催中です。

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    写真家・スティーグリッツが妻を撮った写真を元にした油彩画。凛とした彼女の特徴をよく捉えながらペイトンの肖像作品になっている美しさが魅力。 《ジョージア オキーフ 1918年のスティーグリッツにならって》 2006 カンヴァスに油彩 76.5×58.7cm Collection David Teiger Trust © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneither, Berlin

    90年代半ばに、新風をもたらす「新しい具象画」と称され、愛犬や恋人、ミュージシャンや歴史上の人物といった、自分にとって大切で愛おしい者たちを描いて人気を博したアメリカの画家、エリザベス・ペイトン。

    その作品は、クールベやドラクロワといった美術史の系譜を押さえながら、ウォーホルなどのポップアートの面影も持ちつつ、彼女の感性が醸し出す独特の雰囲気で、観るものに強い印象をもたらします。
    21世紀に入った現代も、対象を風景や静物にも拡げ、オペラから触発されるなど、さらに「新たなる具象」を追求し、その表現に深みと大きさを増して高い評価を得てきました。

    25年にわたる画業から、画家本人が選んだ42点で魅せる、日本の美術館での初個展が、東京・原美術館で開催中です。
    邸宅型美術館の白い壁に、余白をもって並ぶ作品たちは、そこでまた新たな波紋を重ね、そのサイズには収まらないほどに響きあう、強さと余韻をたたえる空間を創っています。

    代表的なモティーフである肖像画も、写真で切り取ったようなアングルの静物画も、対象はしっかりした存在感を持ちながら、止まった時を、堆積した時をはらんで、静謐に、しかし確固たるものとしてそこに現前するのです。
    まさに「Still life」、情熱やロマンを秘めて、永遠の“生”と同時に究極の“静”を表した作品たち。

    素早いタッチとシンプルな彩色が、油彩ではそのマチエールを感じさせる量感を持ち、水彩では淡い色彩の太く大きなストロークがみごとに対象を造形し、素描では線の1本1本に内なる情感が掴みとられている・・・。

    軽やかなのにその奥にひそむ強さと、具象なのにどこか抽象性を秘めていて、不思議な感覚にとらわれます。
    それは、歴史も神話も物語も、過去も現在も未来も、歴史上の偉人も彼女の恋人や友人も、すべてが同じ距離感で、等価に描かれているからであり、同時に彼女が感じ取る文脈や文化的要素が重層的に絡み合って画面に埋め込まれているからかもしれません。
    瞬間の中に永遠を重ね、静の中に動を埋め込む、だからこそ愛しいものたちを描きながら甘さに転ばず、どこかクールさをたたえた、強い作品に昇華するのでしょう。

    「今回のセレクトは自分にとって思い入れのあるものばかり。ロマンティックでドラマティックな作品たちを親密で、守られているようなこの空間で観てほしい」とのペイトンのメッセージどおり、「静」と「生」の空間を、ぜひ全身で感じてください。(坂本 裕子) 

    マネを思わせる木炭のデッサンは1881年に撮られた写真に基づいています。そこには歴史と美術の変遷、そして“いま”が重層的に浮かび上がります。 《ルートヴィヒ2世とヨーゼフ カインツ》 1992 新聞紙にチャコール 41.9×29.8cm Private Collection, New York © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin

    ドラクロワの《アルジェの女》を基にした作品。歴史的な作品の面影を残しながら、限りなく現代性を持ち、ペイトンの美術史への造詣の深さと作品を自分のものにする強さを感じます。 《エジプトのフロベール(ドラクロワにならって)》 2009-2010 板に油彩 31.1×22.9cm Collection of Harm Müller-Speer © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin

    写真を思わせる近年の静物画。花を描きながら、ただよう空気は肖像画に通じて“個性”を獲得しています。下塗りのジェッソが厚くはみ出た周りの質感にもご注目。 《花、ベルリン》 2010 板に油彩 25.4×20.3cm Collection of Harm Müller-Speer © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin

    水彩やパステルでは、線と色がみごとに内面まで含めた人物を表します。白黒に二分された画面に浮かぶ横顔は、闇のイメージと相まって思索的な作品に・・・。 《ティム(横顔)》 2013 紙にパステル 29.8×23.5cm Private Collection © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin

    クールベの《セーヌ湖畔の娘たち》に基づきながら、憂いを秘めたけだるい表情はペイトンの解釈。典拠を意識させつつも、独特の魅力的な作品に変貌させる、彼女の魔法にうっとりです。 《二人の女性(クールベにならって)》 2016 板に油彩 36.5×28.6cm Private Collection © Elizabeth Peyton, courtesy Sadie Coles HQ, London; Gladstone Gallery, New York and Brussels; neugerriemschneider, Berlin

    「エリザベス ペイトン:Still life 静/生」

    ~ 5月7日(日)
    開催場所:原美術館
    東京都品川区北品川4-7-25
    開館時間:11時〜17時(祝日を除く水曜は20時まで)(入館は閉館の30分前まで)
    休館日:月曜日(ただし3/20は開館)、3月21日
    TEL:03-3445-0651
    入館料:¥1,100

    http://www.haramuseum.or.jp