画で観るパリ大改造のビフォア・アフター。『19世紀パリ時間旅行』でのタイム・トラベルはいかが?

  • 文:坂本 裕子

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オスマンの大改革で失われていくパリを嘆き、バルザックの『いにしえのパリ』の記録を銅版画に残した300枚の作品の一枚。現在のシャトレ駅付近にあった袋小路の奥から広場を見た構図。対面に見えるのはボン・マルシェのライバルだった百貨店マリオン。暗がりから臨む広場の明るさが印象的です。 アドルフ・マルシアル=ポテモン 《ロラン=プラン=ガージュ通り(袋小路)》 1864年 エッチング、紙 (『いにしえのパリ』1866年より) 鹿島茂コレクション

世界中から観光客が集まる魅惑の首都パリ。そこはいまだ19世紀の面影を残し、多くの美の殿堂を擁して歴史と現在をつなぎます。セーヌ川を中心に左岸と右岸に広がるこの街の景観の骨格は、第二帝政期、時の皇帝ナポレオン3世の下、1853年にセーヌ県知事に就任したオスマン男爵により推し進められた「パリ大改造」で形成されました。「パリの外科手術」とも呼ばれるこの一大改造が、万国博覧会のブームに乗るヨーロッパを代表する近代都市パリを生み出したのです。それは、都市に住む人々の意識を変え、生活を変え、遊興のあり方も大きく変えて、印象派に象徴される画家たちによって、新しい表現の新しいモティーフとしても描かれていきました。

政治的にも、文化的にも一大変革をもたらした、この「パリ大改造」以前・以後の姿を、目で見る豊富な資料や作品で追う展覧会が練馬区立美術館で開催されています。『19世紀パリ時間旅行』と題された内容は、フランス文学者で、この時代の風俗や地誌のコレクターとしても知られる鹿島茂の貴重な蒐集品を中心に、絵画や衣装まで様々な美術品とともに、変貌するパリの姿を追っていきます。そこはまさに「失われた街を求めて」、19世紀末パリへとおもむく“タイム・トラベル”の空間です。

注目は、鹿島コレクションから見えてくる、改造前と改造されてもなお残された、「影」の部分です。ユゴーやバルザックが描いた、大改造によって失われゆくもの、追いやられていくものへの哀惜や、そこに生まれる犠牲、不満の視線。それらが、印象派の作品や写真、宣伝ポスターなど近代化の「光」と併せて浮かび上がります。バルザックの『いにしえのパリ』の描写を版画にした連作や中世からオスマン大改革までの古地図や復元図、風刺画などに、わたしたちはパリの城壁を見上げ、壊される建物に追われ、路地をさまよい、下層民や若者の苦しい生活にも触れます。やがてエッフェル塔のある風景とともに、市民階層の意識の高まりと、変貌を遂げ、現在へと連なるパリ風景や風俗の街にたどり着くのです。

19世紀パリに生み出され遺された美術品と、重ねられた歴史、そこには常に人々の営みがあり、記憶があることを、目に見える形でたどる――それは、切ないノスタルジーとともに、激動の時代の息づかいを感じさせるはず。近代化の以前と以後、それぞれの光と影に触れて、ぜひこの首都の魅力を深めてください。

母子が散歩するのはパリ郊外のブローニュの森と考えられています。ここもナポレオン3世によって整備され、近代のパリッ子たちの行楽地として、印象派の画家たちによって描かれていきます。 ピエール=オーギュスト・ルノワール 《森の散歩道(ル・クール夫人とその子供たち)》 1870年 油彩、カンヴァス 公益財団法人吉野石膏美術振興財団(山形美術館に寄託)

最新技術で建設されたエッフェル塔は、パリ万博を象徴し、まさに近代を代表するモニュメントでした。税関吏から画家になったルソーにとってもそれは大切な意味を持ったモティーフであり、彼のパリ風景に何度も描かれます。画面手前中央でそびえ立つ鉄塔を見つめているのは画家本人でしょうか。 アンリ・ルソー 《エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望》 1896-98年 油彩、カンヴァス ポーラ美術館

パリ大改造以降、芸術家たちの視線は、その都市に生きる人々とそこに滲む心象へと注がれていきます。ドガの描く踊り子たちも、華やかな舞台の裏側で、厳しいレッスンに加え、時にはパトロンの相手もする存在でした。その姿を美化することなく素早く的確な描写と巧みな色彩に浮かび上がらせます。 エドガー・ドガ 《赤い衣裳をつけた三人の踊り子》 1896年 パステル、紙 大原美術館

色彩分割の点描で明るい画面をつくる、新印象主義の画家シニャックは、1890年代から水彩画も多く手がけるようになったそうです。ポン・ヌフとセーヌに浮かぶシテ島が、軽やかな筆致と柔らかい彩色で描かれます。現在でもほぼ同じ構図で見ることのできる都市風景です。 ポール・シニャック 《ポン・ヌフ》 1927年 水彩、紙 茨城県近代美術館

モンマルトルに生まれ育ったユトリロは、アルコール依存症に苦しみながらも、ひたすらパリの街を描き続けました。白い建物が特徴的なその作品は抒情的な空気をたたえ、当時も今も、多くの人に愛されています。ここに描かれるのは新しいモンマルトルの住宅街です。 モーリス・ユトリロ 《モンマルトルのキュスティーヌ通り》 1938年 油彩、カンヴァス 松岡美術館

「19世紀パリ時間旅行 ―失われた街を求めて―」

~6月4日(日)
開催場所:練馬区立美術館
東京都練馬区貫井1-36-16
開館時間:10時~18時(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:03-3577-1821
入場料:800円

http://www.neribun.or.jp/museum