“ブラジルを創った”建築家の軌跡をたどる、東京都現代美術館の「オスカー・ニーマイヤー展」に注目。

  • 写真:江森康之
  • 文:青野尚子

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週末の展覧会ノート11:東京都現代美術館で行われている、ブラジルの巨匠建築家の回顧展を訪れました。

日本では初となる、大規模な回顧展。

会場のエントランス。
日本の美術館では初めての大規模な回顧展になるオスカー・ニーマイヤー。独特の曲線が特徴的な建築家です。パリなどにも作品がありますが、主要な建築があるブラジルは地球の裏側。「そう簡単には行けないな」という人はもちろん、ニーマイヤー建築を実際に見たことがある人も必見の展覧会です。
会場構成は建築ユニットのSANAA(妹島和世+西沢立衛)。ふたりとも、生前のニーマイヤーに会いにブラジルに行ったこともあるニーマイヤー・ファンです。今回展示される10作品も、チーフキュレーターの長谷川さんとSANAAが選びました。
展覧会を担当したのは、東京都現代美術館チーフキュレーターの長谷川祐子さん。
ニーマイヤーが活躍したブラジルは、モダニズム建築が生まれたヨーロッパから見ると辺境の地。そこでモダニズム建築は独自の発達を遂げました。
「官能的で人間性豊かな、生命感あふれる建築がニーマイヤーの特徴です。今回の展示では写真やスケッチのほか、大小の模型で彼の建築がどんな空間なのか、建築の専門家でなくても想像できるようにしました。またできるだけわかりやすいテキストをつけて、彼の建築がなぜこれだけ人の心をつかむのか、理解しやすいようにしています」と長谷川さん。左側にはニーマイヤーの等身大の写真が貼られています。彼の身長は160㎝前後。なんとなく大柄な人を予想していた人も多いと思いますが、意外に小柄な体格でした。
さまざまな年齢のポートレートとともに、ニーマイヤーデザインの椅子が展示されている。
最初の展示室にはニーマイヤーの若いころの写真が飾られています。バナナの木も置かれていて、トロピカル気分を盛り上げてくれます。
「ニーマイヤーは故郷であるリオデジャネイロの海や山の景色から多くのインスピレーションを得ていました。またニーマイヤーは人間、特に女性の身体のラインをリスペクトし、それを自らの建築に取り入れたとも言っています。会場にはリオデジャネイロの風景や女性の写真も展示しているので、ニーマイヤー建築の源泉をぜひ感じ取ってください」
そのほかの写真にはボサノヴァの作曲家トン・ジョビンや劇作家のヴィニシウス・デ・モライスらが写っています。写真の中の彼らはとてもスタイリッシュです。
長椅子はニーマイヤーの自邸にあったのと同じもの。背もたれの上部にある枕はおもりがついていて、枕の位置を変えられるようになっています。今回はこの椅子を製造した日本の天童木工が保存していたプロトタイプが展示されています。ニーマイヤーのデザインした椅子を日本のメーカーが製造していたというのもちょっと面白い話です。

初期作に表れた、ニーマイヤー建築の本質とは。

実質的なデビュー作となるパンプーリャ・コンプレックスの模型を前に、ニーマイヤー建築について語る長谷川祐子さん(右)と青野尚子さん(左)。
2番目の展示室はニーマイヤーの実質的なデビュー作「パンプーリャ・コンプレックス」の模型が並びます。これは当時、パンプーリャの市長だったジュセリーノ・クビチェックが「みんなで楽しめる場所を」ということで、湖畔の教会やダンスホール、ヨットクラブなどの設計をニーマイヤーに依頼したもの。初期のプロジェクトですが、ニーマイヤー建築の特質がすでに表れています。
「この『サン・フランシスコ・デ・アシス教会』では中に入るとヴォールトがつながる隙間から光が入ってきて、崇高な光に導かれるような気持ちになります。入り口の床のタイルの模様はそのまま中まで連続していて、内部と外部を自然につなげています」(長谷川さん)
「ダンスホール(上)」と「パンプーリャ・コンプレックス(下)」の建築模型。
今回の模型はすべて、野口直人建築設計事務所によるもの。詳細な図面が残されていないニーマイヤー建築をこうして再現するのは、至難の業であったそう。
上の写真の「ダンスホール」は湖の人工島の上につくられたもの。島も含め、すべてがフリーハンドで描かれた曲線でできています。下の「パンプーリャ・ヨットクラブ」はプールの上まで張り出した大きな庇が特徴的。敷地の外にはみ出している、ダイナミックな建築です。2列の柱が立ち並び、そこから曲線を描いた屋根が水平に伸びています。このように、構造がそのまま建物の外形になった建築を「構造表現主義」と呼ぶことがありますが、ニーマイヤーの建築は決して“構造優先主義”ではありません。そのカーブはあくまでも情熱的です。材料を無駄にせず、効率よく建設しながら心地よい空間を作り出す。彼の建築はあくまでも人間を第一に考えたものなのです。
「カノアスの邸宅」の模型。ホンマタカシによる写真がともに飾られている。
上写真の「カノアスの邸宅」は岩場に建てたニーマイヤーの自邸。できるだけ岩を動かさず、地形に沿って建てるようにしました。その結果、岩が家にくいこんだような形になっています。細い柱でフラットな屋根を支えるデザインはミース・ファン・デル・ローエの「ファンズワース邸」などとも共通するもの。模型をのぞきこむと、広々とした室内にわずかな柱しかないことに驚かされます。鉄やガラスなどの素材が自由に使えるようになって生まれた、モダニズム建築ならではの軽やかさです。
コルビュジェとの協働によるニューヨークの「国連本部ビル」模型。
ニューヨークの「国連本部ビル」はル・コルビュジエとの協働によるもの。ニーマイヤーの世界的な名声を決定づけたものでもありました。一般には高層棟をル・コルビュジエが、左にあるゆるやかな屋根がかかった低層棟がニーマイヤーの手によるものと考えられています。
「ル・コルビュジエは曲線を中心としたニーマイヤー建築のバロック性を高く評価していました。それはニーマイヤーが後天的に学んだものというよりは生まれながらにしてもっていたものであり、その土地の風土や文化によって自然と身についたものです。それは、同じモダニズムの建築家でもヨーロッパ育ちのル・コルビュジエにとってとても新鮮なものでした」(長谷川さん)

ニーマイヤー最大のプロジェクト、「ブラジリア」

ブラジリアのプロジェクトを紹介する展示。上の模型は「ブラジリア大聖堂」の屋根部分の構造を表したもの。
建築の過程を伝える貴重な写真。
その次の展示室はニーマイヤー最大のプロジェクト、「ブラジリア」です。1956年、大統領となったクビチェックは開発が遅れていた内陸部の荒涼たる高原だったこの地に、新しい首都を建設することを決定しました。といっても当時は空港も鉄道も電気もない未開の地。物資を運ぶためにまず道をつくり、現地に入ったニーマイヤーはテントの中、ろうそくの明かりを頼りに図面をチェックしたそう。こうした努力の結果、この壮大な首都はわずか3年で完成しています。

展示室には「ブラジリア大聖堂」の屋根部分の構造を示す模型が置かれています。シンボリックで吸引力のある形です。
「実際には大聖堂の前に水盤があり、その手前に目立たない入り口があります。そこを入っていくと地下道があり、その地下道を出るとこの模型の骨組みにとりつけられたステンドグラスからたっぷりと光が降り注ぐ仕掛けです。ここはカトリックの聖堂ですが、闇を抜けて聖なる光と出合うドラマチックな空間体験は特定の宗教を超えた、普遍的なものではないでしょうか」(長谷川さん)
おなじくブラジリアに建設された「アウヴォラーダ宮」の柱の模型。
上写真の模型はブラジリアの「アウヴォラーダ宮」のもの。実物の3分の1ほどの大きさです。建物の2層分の高さの柱ですが、壁に展示された写真やスケッチを見ると、それほど大きなものではないことがわかります。
「ニーマイヤーは上下のフロアにいる人がお互いに会話ができるぐらいのスケールでこの建物を設計しました。モニュメンタルな柱ですが、彼は人々を圧倒するような大きな建物ではなく、ヒューマンスケールの建築を目指していたのです」
パリでの活動を経て、帰国後に手がけた「ニテロイ現代美術館」の模型。
1960年代に手がけられた、アルジェリアの「コンスタンティーヌ大学」の模型。
1960年代、ブラジルを軍事政権が支配するようになるとニーマイヤーはパリに移り、そこで約20年間活動します。帰国後に手がけたプロジェクトの一つが上写真の「ニテロイ現代美術館」です。
「海を望む断崖に降り立ったUFOのようですが、ニーマイヤー自身は花をイメージした、と言っています。中に入るとガラスの壁から一面の海が見えます。空中に浮いているような浮遊感ある建物です」
上写真、下の「コンスタンティーヌ大学」はパリ滞在中のプロジェクト。1962年、フランスから独立したばかりのアルジェリアに設計した大学です。研究室と教室が入った細長い建物は長さ300m。この敷地全体をデザインしているのですから、ちょっとした都市計画のスケールです。月面基地のような感じもしますが、決して人間を拒絶したりはしないところがニーマイヤーらしい作品です。

アトリウムに広がる大模型。

地下2Fのアトリウムを埋めた、サンパウロの「イビラプエラ公園」の広大な模型。
地下2階のアトリウムいっぱいに広がっているのはサンパウロの「イビラプエラ公園」の模型です。広さ180ha、たくさんの木が植えられた公園に産業館や講堂、展覧会場があり、遊歩道でつながれています。遊歩道はニーマイヤーらしい、フリーハンドで描いた川のよう。屋根がついていて、太くなったり細くなったりしながら続いていきます。実際にはところどころにカフェやキオスクがあり、イベントが開かれていることもあります。スケートボードで走って行く子どもたちもいます。
「ブラジルの強い日差しから守ってくれる屋根の下に、休日になるとたくさんの人がやってくる。誰にでも平等に開かれた、民主的、ユートピア的な空間です」
座ったりねそべったりしても大丈夫。のんびりしながら、ニーマイヤー建築の豊かさを肌で感じることができます。
ニーマイヤー自身によるドローイングのほか、サン・フランシスコ・デ・アシス教会のモザイクを手がけたパウロ・ヴェルネックや日本人作家、トミエ・オータケによる作品がエピローグとして展示された。
最後の部屋にはドローイングや家具、ニーマイヤーとコラボレーションしたアーティストの資料が展示されています。人の身体に沿った優美な曲線の家具には思わずうっとりしてしまいます。圧巻は長さ16mのドローイング。会場で紹介されているプロジェクトも描かれています。巻物のように広げてあります。
「2001年に講義をした際に、話しながら描いたものです。とても自由な線で即興的に描いているのですが、描いたものと実際の建築とがほとんど違わない。建てられてから50年以上経ったものもありますが、身体が覚えているんですね」
子どものときから絵がうまかったというニーマイヤー。彼の建築の魅力的な曲線は理屈ではなく、本能に近いところから生まれている、そのことが身体で実感できる展覧会です。(青野尚子)

オスカー・ニーマイヤー展 ブラジルの世界遺産をつくった男

東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1
会期:2015年7月18日(土)~10月12日(月・祝)
休館日:月曜日(7/20、9/21、10/12は開館)、7/21、9/24
開館時間:10時~18時(7~9月の金曜日は21時まで。入場は閉館30分前まで)
入場料:一般¥1,100
問い合わせ先:TEL 03-5245-4111(美術館代表) TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
www.mot-art-museum.jp