山野アンダーソン陽子さんから届いた、北欧の小さなウイスキーグラス

  • 写真:机 宏典
  • 文:横山いくこ

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スウェーデンに暮らし、ガラス作家として活躍する山野アンダーソン陽子さん。10月1日号のPen「暮らしが楽しくなるアイデア集。」特集のためにお願いした、ウイスキーグラスの制作現場にお邪魔しました。

アトリエで作業する山野さん。一つひとつ、ガラスをかたちづくっていく。

Penからの依頼で新たにウイスキーグラスを制作してくれた、ガラス作家の山野アンダーソン陽子さん。彼女のデザインはいつも、使い手やお店からの「こんな物が欲しい」というオーダーから始まるといいます。それに合わせてイメージや機能、制作効率などのバランスを厳密にとりながら、制作を進め、きわめてシンプルながらも唯一無二の佇まいをつくりだすのです。

今回制作されたグラスは「秋口にウイスキーを飲みながら本を読んでゆっくりする感じ」をイメージしたもの。山野さんは、片手に収まるほどのサイズにぽってりとした厚みをもたせることで、光が屈折し、ウイスキーの色が映り込み、手中に光を溜め込むかのような温かみを感じさせることにしました。ウイスキーグラスとしては小さめなサイズの理由は、スウェーデンではウイスキーはストレート、もしくは氷を入れずに小さじ1杯の水を入れて飲まれることが多いため。常温でじんわりと楽しむ、寒い国らしさも表現されています。

身体に沁みこんだ経験が、ガラスのかたちを導いていく。

仲間たちとシェアするアトリエでガラスを吹く山野さん。
使い込んだ道具。底を平らにする際などに用いる板は、洋梨材の特注品。日本の竹尺も愛用する。

ストックホルム市内にあるガラス工房で作業中の山野さんを訪ねました。ここは数名の作家が集まるスタジオで、ガラス吹きの作業は一人ではできないため、互いに制作をサポートしあったり、アシスタントを付けて作業しています。作家それぞれには当然、クセやこだわりがありますが、山野さんの作業の仕方は本人いわく「いい意味で大雑把なスウェーデン人に比べると、私の作業はとても繊細なディテールを詰めていくので、それを見極められるアシスタント探しに苦労する(笑)」そう。
使う道具も長年の経験の中から特注するなどして、“マイベスト”な素材を見つけだしています。

ガラスの窯の温度は1140度まで上げるという。
底に厚みを出すために、濡れた新聞紙で下のほうを冷ましているところ。

今回のウイスキーグラスには、山野さんにとって新しいチャレンジがあったそうです。それは、彼女の定番で得意とする薄く清涼感のあるグラスから、厚みがあって温かみをもたせるという逆のイメージをつくりだすこと。
「普段、底に厚みのあるグラスはつくらないので、そこに納得がいくまで何度も練習しました。最終的には10個を完成させましたが、それまでには40〜50個はつくっています」
ガラスの厚みがあるということは、ガラスの熱が冷めにくく作業に時間がかけられる。とはいえそれはほんの数分間のこと。その短い時間で、底の厚みや口当たりをイメージしながら、素手と(新聞紙を介して)指先の延長であるかのように器用に使いこなしている道具によって、素早く成形します。その姿は、経験を蓄えた手が本能的に思考するかのようです。
「吹いている時に大体の感じはわかりますが、最終的な判断は徐冷が終わり、窯から出してからです。判断の基準は説明しにくいのですが、単純に使って美しいかどうか、という感覚だと思います」

作業中の熱さよけには日本の手甲を使う。

山野さんがガラス制作を始めたのは、2001年に遡ります。もともとは日本でテキスタイルの勉強をしたものの、小学生の時に北欧ガラスの展覧会を観て以来、ずっと興味をもっていたガラス制作を学びたく、スウェーデンのガラスの聖地、スモーランドの職人養成の学校に入学。北欧を選んだ理由には、同じヨーロッパでもイタリアやチェコのような高級品としてのガラスではなく、生活用品としてのガラスの伝統がスウェーデンにはあったからだといいます。この地方で1700年代からガラス産業が盛んになったのは、森に囲まれた地域で、ガラスを熱する際に必要な薪の材料が豊富だったという背景もありました。

失われゆくガラスの文化を、新しい表現とともに継承していく。

これは山野さんの作品ではなく、アトリエにあるほかの作家の作品。仲間たちの作品を含め、ガラスは身近な存在として日常に溶け込む。
アシスタントとともに飲み口を仕上げているところ。

「スモーランドにはガラスの文化が深く根付いています。この地域に暮らす人たちはガラスへの理解が深く、生活の中でよく使われています」という山野さん。何世代もガラス産業に関わっている人たちがいて、その文化がまだ継承されている「いま」という時代に、ここでガラスを学べたことは彼女の大きな資産です。

2001年に彼女がスウェーデンを訪れた当時、スウェーデンを代表するデザイナー、インゲヤード・ローマンが「オレフォス」のデザイナーをしていました。そこでインゲヤードを含む多くのデザイナーや職人から学ぶことで、山野さん自身の「生活の中で使われる、量産としてのクラフト」のあり方を見つけていくことができたといいます。しかし、近年はこの産地でも多くの工場が閉鎖され、その知識が失われつつあります。

窯に入れる直前に底をバーナーでならす。
底に刻まれた「山の」のサイン。

昔のように大きな工場でつくられる量産品ではなく、少数ながらも量産品のクラフトとして、現実的な価格で、日常使いができる美しいものとしてつくられる山野さんのガラスは、いまの時代の腑に落ちます。そこに彼女のガラスの魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。
ファッションデザイナーのマーガレット・ハウエルもその一人で、山野さんが以前つくったケーキプレートを手に入れ、「クリアのボウルでヨーグルトを食べ終わった時の器の感じ」などのイメージで注文し、食卓まわりのささやかな至福感を彼女のガラスに見出しました。

山野さんのアトリエの棚には、彼女のこれまでの数々の作品が並ぶ。
もともとは「350mlのビールがちょうどよく入るグラスを」というオーダーから制作され、定番化したドリンキンググラス。

今回のウイスキーグラスをつくることで「新しい表現にいきつけた」という山野さん。これからも人々の生活の中から生まれてくる”欲しいもの”を起点として、つくり続けていくといいます。それはつくる側にとっても、使う側にとっても、モノと消費を大事に考える社会に沿った行為であるように感じられます。(横山いくこ)

本記事ならびに9月15日発売号の特集「暮らしが楽しくなるアイデア集。」で紹介している山野アンダーソン陽子さんのウイスキーグラスを特別に販売しています。全10点のみの限定販売ですので、お早めにご購入ください。

Pen SELECT http://pen-select.jp/