デザイナー小関隆一が見た、「IWC ポルトギーゼ・クロノグラフ」のデザインとは?

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:Pen編集部
  • ムービー:HIROBA

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シャフハウゼンを本拠地とするスイス機械式腕時計の名門ブランド「IWC」。旗艦シリーズである「ポルトギーゼ・クロノグラフ」のデザインを、プロダクトデザイナーの小関隆一さんとともにひも解きます。

1868年、ドイツに近いスイス・シャフハウゼンで産声をあげ、懐中時計の時代から現在にいたるまで、高性能で優れた時計をつくり続けてきた、機械式腕時計の名門ブランド「IWC」。なかでも「ポルトギーゼ・クロノグラフ」シリーズは、時代を超えて愛されているゆるぎない名品です。永遠のスタンダードともいえるこの腕時計を、デザインのプロフェッショナルはどのように評価するのでしょうか? 世界中から最新デザインが集まる「ミラノサローネ」に例年参加する気鋭のプロダクトデザイナー、小関隆一さんにそのデザインをひも解いてもらいました。

世代を超えて愛される、人気シリーズ「ポルトギーゼ」とは。

「IWCポルトギーゼ・クロノグラフ」。写真のモデルはステンレススチールケースにアリゲーターストラップの仕様で価格は¥799,200(税込)

腕時計にそれほど詳しくなくとも、その名をご存じの方は多いのではないでしょうか。優れた製造技術によって完成度の高い時計を生み出してきた「IWC」は、19世紀の創業当初から、ヨーロッパやアメリカはもちろん、海をはるかに越えた日本でも高い人気を獲得してきた、腕時計界屈指の名門ブランドです。

オーセンティックなラウンドケースに懐中時計用の大型ムーブメントを搭載し、1939年に生み出された「ポルトギーゼ」。シンプルな三針からトゥールビヨンやミニッツリピーターなど超複雑機構を搭載するモデルまで、多様なバリエーションを揃えるこのシリーズは、世代や性別を超えて愛用される、時計界でも指折りの人気シリーズです。なかでも1998年からラインアップに加わっているクロノグラフは、ユニークで均整のとれたデザインと完成された機能によって、シリーズの中核をなす重要なモデルといえます。

照明から空間デザインまで、幅広く手がけているデザイナーの小関隆一さん。

一見するとシンプルで、特別なところが見当たらないようにも思えますが、多くの時計好きの心を捉えるそのデザインには、やはりほかの時計とは決定的に異なる、「これぞポルトギーゼ」という特徴が多く潜んでいます。我々は、その“秘密”を解き明かすべく、第一線で活躍するプロダクトデザイナーの小関隆一さんに、そのデザインをひも解いてもらうことにしました。

小関隆一さんは、国内の著名デザイナーの元で研鑽を積み、2011年に独立するとデザイン事務所RKDSを設立、現在はプロダクトデザインのみならずグラフィックや空間づくり、ブランド戦略にいたるまで、デザインやディレクションを多角的に手がけるアートディレクター/デザイナーです。今年、2017年の「ミラノサローネ」では、日本の照明ブランド「アンビエンテック」から新作照明「Torr(トア)」を発表するなど、精力的に活動しています。

今年のミラノサローネでお披露目された、アンビエンテックのコードレス照明「Torr」。ヘッドを回転させオン/オフを操作。調光機能を備え、わずかなスペースでも灯りを自由に使いこなせます。
ハンドメイドカットガラスを用いた、コードレステーブルランプ「Xtal」の最新作。左から「Acrux」「Becrux」「Gacrux」「Decrux」の4作品。ただいま製品化が進行中。アンビエンテックの製品。
こちらもアンビエンテックの製品でガラス瓶を模したフォルムのランプ「Bottled」。写真はミラノサローネで発表された新作で「ミラーフィニッシュ」(左)と「グロッシーホワイト」(右)。

小関さんの手から生みだされるプロダクトは、佇まいは上品でいながらも、大胆なラインやフォルムを取り入れたコンテンポラリーなデザインを纏っています。面や角度が緻密に計算されているからでしょうか、光の反射の美しさが印象的です。そのシャープさや硬質さが魅力となっている一方で、使い慣れた道具のような親しみやすさ、人間的な温かみがあり、それぞれ物語性を感じさせるプロダクトとなっています。

機械式腕時計という、単純に機能では語りきれない製品のデザインをひも解くには、ぴったりの人物といえるのではないでしょうか。さっそく、「ポルトギーゼ・クロノグラフ」を実際に手にして、そのデザインを解明してもらいましょう。

「この文字盤には、つくり手の工夫がちりばめられている」

ポルトギーゼ・クロノグラフを手に、そのデザインを分析する小関さん。

「ぱっと見て気がついたのが、他の時計と比べて、圧倒的にベゼルの金属の量が少ないということです」。小関さんは「ポルトギーゼ・クロノグラフ」を手にすると、さっそくそのデザインを読み解き始めました。

「横から見るとわかりやすいのですが、ベゼルがケースから斜めに立ち上がっています。そうすることで正面から見えるベゼルの厚みを最小限にして、薄く見せることができる。クロノグロフ特有の情報量をできるだけ広い面積を使って、文字盤の外に外に情報を持っていくことができて、それがすっきりとした印象につながっているのかなと思います」

また、ベゼルの仕上げがポリッシュになっていることも、注目すべき点のようです。「ポリッシュになると、周りの風景を反射して周囲に溶け込むような効果があります。ここをサテン仕上げにすると丸いベゼルの形がはっきり見えるのですけれども、ポリッシュのおかげで背景に馴染み、存在感を消していくようにつくられていますね」

つまりこの腕時計は、“顔”になるダイヤル部分をどれだけ目立たせるか。それ以外のものをどれだけ目立たないようにするかデザインされているのだそうです。確かにポルトギーゼ・クロノグラフを手にした時、文字盤の印象が際立って感じられますが、デザインから読み解けば、それはつくり手が意図した通りであるというのです。

この文字盤こそが、「ポルトギーゼ・クロノグラフ」の顔。なにげないように見えて、そこにはデザイン上の工夫がちりばめられている。

続いて、文字盤を構成するアラビア数字のインデックスに注目しました。
「この数字は、実際の小ささを感じさせないくらい視認性がよいですね。エッジの部分がちゃんと光ってくれるので、読み取りやすさにつながっている。高級感というよりも見やすさ。どれだけ小さな数字で見せるかという意味で、非常に効果的な仕上げ方をしています」と小関さん。

「12と6の数字が欠けているのもユニークです。ここは数字が切れていても問題なくわかると思うんですが、それを堂々とやっているのが潔くて、僕が好きな仕上げです。サブダイヤルが文字盤の上下に入り、IWCのロゴと『CHRONOGRAPH AUTOMATIC』という文字が左右に並んでいる。この配列がまた絶妙で、この時計のユニークさをつくり上げていますね」

細く長いクロノグラフ針の先端が文字盤に向かって落ちていき、時間を読み取りやすくしている。

ポルトギーゼの象徴的なディテールのひとつが、細く、長いリーフ状の針です。
「とにかくエレガントだなと思います。先が細くなっていくことでより正確に時間を読み取れる。それが非常にエレガントにおさまっているというのが、この腕時計の特徴のひとつだと思います。

「この長く細いクロノグラフ針と分針が、先に行くにしたがって少し下に落ちるつくりになっている。インデックスに針自体の影が落ちてくるのですが、その影と針の差をできるだけ少なくすることで、より正確に、一目で正確な時間を読み取れるようになっています。非常に細かいところまでデザインされていて、素晴らしいなというふうに思いました」

主役のダイヤル以外は一歩引く。これを徹底しているデザインが見事。

文字盤を引き立てるように、リューズとプッシュボタンがベゼルの奥に見えるよう配置されています。

さらに、たいていの人は見過ごすだろう文字盤以外のディテールにも着目します。
「プッシュボタンやリューズが、ベゼルの奥に配置されているように見えます。正面から見た時に、一歩引いて見える効果がある。クロノグラフだとこうしたメカ的な要素がどうしても前に出てきがちですが、後ろに置くことで目立たなくしている。そのおかげで、ますますダイヤルの部分が引き立ってくるんですね」

「ユニークだなと思ったのが、このボタンの形状です。むかし体育の授業とかで手に取ったストップウォッチとまったく同じような形状をしていて、ここを押してくださいというのをメッセージとして伝えていますよね。いわゆる高級なプロダクトに、ここまで削ぎ落としたシンプルな答えというのは、あまりないんじゃないかな。その潔さ、あくまで主体はこのダイヤル、フェイスの部分で、それ以外は一歩引くっていうのを徹底したデザインが見事だなと思います」

ステンレススチールの仕上げの違いに注目。細かいラインの入った「サテン仕上げ」が、鏡のように磨かれた「ポリッシュ」部分に挟まれて側面のフォルムを強調しています。

さらに時計をぐるりと回し、仔細に眺めていく小関さん。分析は止まりません。
「横から見た時に、この側面だけサテンのフィニッシュになっているのも絶妙です。ポリッシュ部分を背景に馴染ませ目立たなくしたところに、サテンのフィニッシュが入ってきて、ここは必然的に見えてくる。形がはっきりわかりやすいような仕上げになっています。その下がまたポリッシュになっていて、サンドイッチ状に仕上げているのですが、こうすることよってこの側面の美しさがさらに引き立つような仕上げをしているのです」

「この時計の主役はダイヤル。それ以外は一歩引くというのを徹底しているデザインが見事です」と小関さん。

「シンプルで機能的というのをどう表現するかと考えた時、この時計では時間をはっきり見せることと、クロノグラフの機能をできるだけシンプルに、見やすく落とし込んでいると思います。そのメリハリの付け方が、僕にとっては理想とするところ。僕はなにか一つのプロダクトをつくる時、そのプロダクトが存在する意味、売りを引き立たせるために、それ以外をどうやって抑えていくか、コントラストを付けていく作業というのをすごく考えるようにしていますが、この時計は、それがとても高いレベルでできていると感じました」

20年、50年と生き続けていく「スタンダードな」デザイン

「この時計にはドイツ的な機能主義と、スイスブランドならではの気品がある」と小関さん。

この時計のデザインで小関さんが感動したことが、実はフォントの使い方なのだそう。「ここまで時計の雰囲気にマッチしている書体ってなかなかない。見た瞬間に『やられた』と思いました。プロダクトとしていちばん目に入る数字の部分をきっちりデザインしていて、しかもそれが非常にはまっている。この時計の顔をつくっていると言っていいと思うんですが、ここまできちんとやれている時計が、ほかに見当たらないんじゃないかな」

デザインを読み解くうちに、小関さんはあることに気がつきます。それはIWCの本拠地がスイスの中でもドイツに近い街、シャフハウゼンにあるということ。
「この数字が、この時計の顔になっていると考えた時、IWCがドイツに近いスイスにあるというのは、非常に納得させられますね。ヘルベチカというフォントに代表されるように、スイスのグラフィックは見やすさをすごく優先しています。そして同時に、遊びごころもちゃんとある。そこにドイツの質実剛健な空気が交じってこの書体ができたと考えると、フォントひとつとっても感動を覚えてしまいますね」

小関さん自身の愛用する時計がこちら、IWCの「パイロット・​ウォッチ・​マーク ​XVIII」。

IWCの時計に対するリスペクトを隠さない小関さんですが、実はご自身も「パイロット・ウォッチ・マーク XVIII(18)」を所有する、IWCオーナーのひとりです。
「機械式時計を一本欲しいと思って、白のインデックスに黒のストラップというシンプルな時計を探していたんです。白いダイヤルの時計って、いわゆるドレスウオッチばかり。僕は仕事がら現場に乗り込むこともあって、それではちょっと上品過ぎると思ったのです」と小関さん。

「もう少し普段づかいもしたかったし、『道具としての時計』ということを大事にしたかったこともあって、目を引いたのがこのマークXVIIIでしたね。耐磁性があるのは実用面でも大事なところだったので、それを満たしてくれる時計が実はこれだな、と思いました」

「機械式時計って、ある意味工芸品みたいなところもあると思うんです。一つひとつのパーツを人がつくり、それを細かく積み重ね、集めていく。ぜんまいを巻いてその動力だけで動くという、ものすごくシンプルですが複雑で、しかもそれがたった40mmほどのケースの中に収まっている。ここに収まるまでに何百年という歴史を経ているわけですが、それが手の上にあって、自分が巻き上げることで動いてくれることが嬉しいんですよ」

「ポルトギーゼ・クロノグラフは、TPOのレンジが広い」と小関さん。ダイヤル違いの3本は、右がブラックダイヤル、左の2本がシルバーメッキダイヤル。すべて自動巻き、ステンレススチールケース、ケース径40.9mm、アリゲーター・ストラップ、3気圧防水。価格は¥799,200(税込)

ご自身の時計のことを語りだすと熱量が上がる小関さんですが、ふたたびポルトギーゼ・クロノグラフについて、「使う」という視点で考察していただきました。
「シンプルで上品、というのがデザインとして完成されているので、これ一つあればどこにでも着けて行ける。ちょっとした社交の場でもこの時計があれば恥ずかしいことはなにもなく、一方でデイリーユースでも使える時計。TPOのレンジが幅広く、時計自体で完成されています。そこがすごいなって思います」

ポルトギーゼ・クロノグラフは、登場して既に20年近くが経ちますが、その間モデルチェンジすることなく、現在まで続いています。
「20年間同じデザインであり続けられるプロダクトはそうそうあるものではないけれど、それも納得できますね。ディテールを積み重ねてデザインされているけれども、その一つひとつが自己主張するではなく、逆に一歩引くようなデザインをしている。その考え方自体が、普遍性の強いものだと思うんです。普遍性ゆえにデザインとして長生きするし、スタンダードになり得る。それが20年という歳月につながっていっているんじゃないかと思います。今後さらに20年、50年、生き続けていくデザインなんじゃないかな。そういう意味ではスタンダードを築き上げたんじゃないかなというふうに思いますね」

スタンダードという言葉を耳にするのは当たり前の世の中ですが、これだけいろいろ時計があるなか、新たなスタンダードをつくリ出すのは、とてつもない価値を生みだすことと言えます。
「その労力というのは想像を超えるものだと思うんです。でもIWCは、このポルトギーゼ・クロノグラフでそれをやったということがあるんじゃないかな」

小関隆一/Ryuichi Kozeki
東京都生まれ。多摩美術大学美術学部デザイン学科インテリアデザイン専修卒業後、IDKデザイン研究所に在籍、喜多俊之氏に師事。第2デザイン室室長歴任する。2011に独立、RKDSを設立。製品作りから平面・空間を含めたブランド展開に至るまでのデザイン/ディレクションを行い、多角的な視点でのブランド戦略やコンサルティングも手がけ、プロジェクトの本質をシンプルに引き出す活動に取り組む。
www.ryukozeki.com


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●問い合わせ先/IWC TEL:0120-05-1868