【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.2 実用する道具として美しさを追求した、確かなカタチ

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。

第2回のテーマは「用の美」。日本の美意識を貫いた、グランドセイコーならではの造形美はいかにして生まれたのかをひも解きます。

日本の美意識を具現化した、歪みのない直線と平面が際立つ造形。

1967年に誕生した傑作「44GS」は、2013年に限定モデル「SBGW047」として復刻。風防の素材やケースの厚さなどは改良されましたが、直線と平面、二次曲面で構成した特徴的なケースデザインなどは忠実に再現されました。歪みなく磨きこまれたケースの平面は、まさに鏡のように反射して映し出します。

シャープな造形ときらめきを生む、デザインコード。

稜線を活用した造形によって、陰影を表現する。それが「グランドセイコー」のデザインの骨格となりました。平面と平面がせめぎ合う緊張感のあるデザインを実現させる上で、大いに役立ったのが外装設計の寸法単位規格の変更だったといいます。セイコーでは、それまで時計業界の主流だった「リーニュ」という特殊な単位を使っていましたが、1961年に「ミリ」へと変更。それによって最小単位が1/4リーニュ(約0.56㎜)から0.1㎜まで使用できるようになり、従来よりも繊細な外装設計が可能になったのです。 

デザインを開発する上で大きな柱としたのは、文字板とケースでした。ケースはステンレス素材を冷間鍛造によって製造し、シャープな立体造形を実現。特にケースサイドからラグへと流れる稜線に特徴をもたせました。そして光と影を演出するために、文字板のインデックスには多面カットを施して、ていねいに磨き上げました。文字板は防水構造に起因するフラットな形状でしたが、それもこのインデックスをシャープに引き立たせてくれました。このような「グランドセイコー」に特徴的なデザインは、1964年に第二世代の「GSセルフデーター」、そして1967年の第三世代「44GS」へ進化を重ねていくに従い洗練度を高めていきました。

傑作「44GS」の特徴は、ケース形状に特に表れています。表側の平面部分は歪みのないポリッシュ仕上げが施されていますが、これは「板掛け」という手法で実現しました。機械メーカーの呼称から「ザラツ研磨」と呼ばれる研磨で磨かれたこの美しい面に、逆傾斜になったケースサイドの面をつなげてシャープな造形美をつくり出しました。さらにはケースに埋もれるようにりゅうずを設計したのも特徴。こうすることでケースサイドに落ち着きをもたらしているのです。 

ここで実現させたデザインは、グランドセイコーのデザイナーによってまとめられ、「セイコースタイル」として現在まで受け継がれることになります。「多面カットのインデックス」や「鏡面のベゼル」「多面カットの針」などもそのデザインコードに含まれ、時計全体にシャープな造形美ときらめきをつくりだします。スイス時計との違いを追い求めてきた「グランドセイコー」は、ついにその答えを見つけたのでした。

ベゼルやケースの歪みのない美しいポリッシュ面は、熟練職人が手がけるザラツ研磨によってつくります。ケースサイドは逆傾斜になっており、シャープな造形美が生まれています。(写真のモデルは「SBGW047」)
多面カットを施したバーインデックス。ポリッシュ仕上げを施しているためキラキラと輝きますが、その反対側には美しい影が生まれます。(写真のモデルは「SBGH219」)
時分針はサイドを斜めにカットし、そこにポリッシュ仕上げを施すことで輝きをつくる。針の先端まで、寸分違わず作り込まれています。(写真のモデルは「SBGH219」)
ケースの厚みは11.5㎜ですが、逆傾斜をつけているため薄く見えます。ガラスはサファイアガラスですが、オリジナルの「44GS」に合わせてボックス型に加工しました。(写真のモデルは「SBGW047」)

計器的なデザインから、よりエレガントな文字板に。

左:風よけや仕切りに用いる「屏風」は、その陰影が空間に奥行きをもたらします。中:多様な角度のカット面で構成され、眩い輝きを放つダイヤモンド。右:多面カットで磨かれたインデックスが、文字板上に光と影をつくり出します。

世界に通用する腕時計を目指して1960年に誕生した初代「グランドセイコー」は、すぐに次なるステップを目指しました。そもそも腕時計がもつ価値というのは、精度や視認性などの、いわゆる“機能”だけで語られるものではありません。感性を刺激し、社会的地位の記号を備えるなどの“魅力”ももち合わせることで、更なる価値が生まれるものなのです。そのため「グランドセイコー」では、美しいデザインの開発にも力を入れました。精度の高い実用腕時計としての機能はきちんと可視化させ、しかも所有する喜びを得られる腕時計としての魅力につながるように、計器的な機能デザインと眩く輝く装飾デザインの折衷を目指しました。しかもスイス時計の決して後追いではない、セイコーらしいオリジナリティも必須だったのです。

「日本人にとって、美の感性とはなにか?」そう考えたところ、目指すべきひとつの答えが見えました。それは光と影です。日本では古来“光”だけでなく、そこから生まれる“影”の威厳のある美しさも好んできました。たとえば屏風。直線的な平面を連続させる単純な構造ですが、そこに陰影ができることで空間に優雅な奥行きが現れます。それは曲線を使って光を回すことを好むヨーロッパとは明らかに異なる、日本ならではの美意識に裏付けられたものなのです。 

グランドセイコーのデザイナーは、連続する面でケースをつくる“稜線の構造美”を考案し、文字板のインデックスは実用性と視認性を高める算用数字ではなく、ドレスウオッチで多用されるバーインデックスを採用。ここに多面カットを施すことで、美しい光と影を生み出しました。その仕上げる面の角度は、ダイヤモンドのカット技法をも研究し、インデックスとして最も美しく輝く角度を導き出しました。こうして少しずつ“グランドセイコーのデザイン”が固まっていったのです。

1899年 エキセレント
算用数字(アラビア数字)は、針の指し示す時刻が一目瞭然のため、実用性に非常に優れています。1899年(明治32年)に製造開始された懐中時計「エキセレント」は、明治・大正・昭和を通じて製造販売されましたが、1907年より「恩賜の時計」の指定も受けました。

1956年 マーベル
基本設計から見直しがはかられた、当時のセイコーで最高の腕時計。12時位置のみ算用数字のインデックスで、それ以外はカット仕上げのバーインデックスを使用。バーインデックスはケース径の小さな女性用ウオッチで多用された手法でドレッシーな雰囲気をつくります。

1958年 ロードマーベル
可動式ひげ持ちやS-1型耐震装置(後にS-2型を採用)を備え、さらなる高精度を実現した「ロードマーベル」は、その後に誕生する「グランドセイコー」に多大な影響を与えた傑作。バーインデックスを採用し、さらに12時位置のみ他の箇所よりも太くしています。

※ 掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

革新を続ける伝統。

「44GS」によって完成した「グランドセイコー」のデザインは、現代へと受け継がれてきました。しかしすべてを忠実に守ることを厳命されているわけではありません。たとえば自動巻化や堅牢化に伴いムーブメントが厚くなり、必然的にケースも以前より厚くなっています。それゆえケースフォルムは、二次曲面から三次曲面も採用するなど進化を遂げています。それは「グランドセイコー」が“伝統を守りながら、革新を続ける腕時計”であるからです。「 グランドセイコーSBGJ203」は、ハイビートムーブメントにホームタイムを表示する24時間針を備えた高機能モデル。6時位置のGMT の文字と24時間針を赤で統一させて機能とデザインの関係性を一目瞭然にしましたが、これは機能を見せつつ、その魅力を伝えるためのテクニックです。 

セイコースタイルを受け継ぎつつ、現代的なエッセンスを巧みに加えながら進化を続ける「グランドセイコー」。優れた性能と所有する喜びを喚起させるデザインを両立することで、世界に誇れるブランドとなったのです。


Grand Seiko SBGJ203

メカニカルハイビートムーブメントに現代社会の必須機能である第二時間表示機能を備え、海外出張や旅行時に便利に使えます。赤い針をホームタイム用に、通常の時針をローカルタイム用に使えます。りゅうず操作で時計を止めることなく時針を動かせるので利便性がくなっています。自動巻、ステンレススチールケース、ケース径40.0mm、マスターショップ限定モデル。670,000 円+税(5月発売予定)

※ 価格は2017年4月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。