【グランドセイコー、未来へ紡ぐ10の物語】Vol.1 精度とデザイン、世界への挑戦はその追求から始まった。

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:篠田哲生

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。1960年の誕生から現在に至るまで、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきた物語を紹介します。

1960年、スイスの最高級品に挑戦する国産の最高級品として、正確で見やすく美しい腕時計を目指して誕生した「グランドセイコー」。グローバルブランドとしてさらなる飛躍を目指す今年、誕生から今日にいたるまで様々な困難に立ち向かい、腕時計の夢を叶えようと挑戦を続けてきたその物語を、全10話の連載記事でご紹介します。第一回のテーマは「誕生」。日本の技術の粋を集めたグランドセイコー、その誕生のストーリーです。

世界に誇れる“高精度”を、独自技術で表現する。

高精度のムーブメントを搭載し、視認性と高級感を兼ね備えたデザインを形にした「グランドセイコー」。“偉大な”という名を冠するにふさわしい堂々たる存在感は、高額モデルながらも絶賛を集めた。製造から半世紀以上を経てもなお、その完成度は色褪せない。

明治以降の日本の時計産業の歴史は、欧米の時計の輸入・販売から始まりました。 明治 20年代に入ると国内にも時計工場が生まれ、その一つが明治25年(1892年)に設立された「精工舎」でした。当初 は外国製を手本にした製品が主力でしたが、戦後になると復興への足掛かりとして精密機械が国の基幹産業として重視され、時計もその一つに選ばれます。しかし欧米との技術差は歴然としていた上、輸入規制のため最新の工作機械も手に入らない。セイコーも工作機械の開発から始める必要があったのです。

ところでセイコーはなぜ、高品質な国産時計の製造を急いだのでしょうか? その理由の一つは1961年に、腕時計の輸入自由化を控えていたからです。高品質のスイス時計が大量に入ってくれば、国内の時計産業は駆逐される恐れがあります。「スイスに追いつき、追い越す」を合言葉に国際的に通用する高精度時計の追求とその製品化に挑戦する必要があったのです。

精度を高めるには、温度変化に強い「ひげぜんまい素材」と、空気との粘性摩擦が少ない「スムースてん輪」が必須でした。セイコーは大学との共同研究や最新工作機械の導入によって、難問をクリアします。さらにてん輪の芯にかかる衝撃を受け止める「耐震装置」も、受石をばねで支える独自技術「ダイヤショック」 によって解決しました。しかし、パーツだけが揃っても精度を高めることはできません。時計のクセを見抜き、一本ずつ調整する熟練職人の腕を活かすには、“精度を追い込める” 構造を実現しなければいけませんでした。

1958年の「ロードマーべル」に搭載されたムーブメントは、調整しやすい「可動ひげ持ち」でしたがてん輪の直径は小さかった。1959年の「クラウン」はてん輪を大きくして等時性を向上させましたが、ひげ持ちは固定式のままでした。そこで12 mm径の大型てん輪と可動ひげ持ちを備えるCal.3180を開発し1960年の「グランドセイコー」に搭載したのです。これなら、とことん精度を追い込めます。世界と戦える高精度時計を目指して生まれた「グランドセイコー」は、セイコーの独自技術の集積体でした。そしてその誕生は、海外製品を追いかけ続けた国産時計が、ついに本家に並ぶレベルに到達した瞬間でもあったのです。

1958年 ロードマーベル
「マーベル」の後継機種として、1958 年から製造が始まった「ロードマーベル」。搭載ムーブメントには前年から採用されたスムースてん輪を使用し、耐震装置は開発されたばかりのS-1型を採用(後にS-2型を採用)。ひげ持ちは可動式で、てん輪の直径は11mm。

1959年 クラウン
高精度化を目指して開発された大型ムーブメントCal.560 を搭載した「クラウン」。等時性を高めるため12mm径の大型てん輪を採用し、ぜんまいを格納する香箱も大型化してトルクを高めました。耐震装置はダイヤショック。輪列には保油機構のダイヤフィックスを採用しています。

1960年 グランドセイコー
ロードマーべル」と「クラウン」のメリットを融合し、可動式のひげ持ちと大型てん輪、そして最新の耐震装置を備えた「グランドセイコー」用ムーブメントCal.3180。精度は日差−3〜+12 秒に収めましたが、これは当時のスイスクロノメーター優秀級と同一でした。



グランドセイコーの礎となった、二つの先駆的モデル。

大型インデックスと大型針で視認性を高めた、質実剛健な「ロード マーベル」。1958 年に誕生し、当時はセイコーの最上位機種。その後も後継機種が国産初のハイビート ムーブメントを搭載するなど、技術力を示すモデルとして活躍しました。 一方、大型ムーブメントを搭載して 1959 年に誕生したのが「クラウン」です。すらり とした針とインデックス、やわらかなフォルムのケースやほっそりとしたラグのデザインで、エレガントにまとめたドレッシーなモデ ル。優雅な存在感を放つ時計でした。

左:ロードマーベル 右:クラウン

※本ページに掲載している時計の写真は、一部、発売時の仕様とは異なるものがあります。

ディテールに表れた、美しさの飽くなき追求。

12 時位置にセットされた「Grand Seiko」のロゴマーク。様々な図案から採用されたのは、力強いドイツ文字バージョン。初期モデルはエッチングで彫られていた。

1961年に迫った腕時計の輸入自由化の目前、1960年12月18日に誕生した「グランドセイコー」は、“世界基準” を意識して開発された、初の国産時計でした。そのため、性能と品質の証明となる「精度」だけでなく、時刻が読みやすくて装着感に優れ、さらには所有する喜びを実感できる「デザイン」においても、先行するスイス勢に追いつく必要があったのです。


グランドセイコーのデザインが生まれるきっかけも、ムーブメントと同様に「ロードマーべル」と「クラウン」とい う二つのモデルの存在がありました。「ロードマーべル」は実用重視の設計思想から生まれた時計であり、針もインデックスもキリッとした明快なデザインでした。一方「クラウン」は、精度追求はもちろんですが、細い針で繊細かつ優雅な雰囲気に仕上げていました。この実用性とエレガンスという両者の個性を融合させたのが、「グランドセイコー」だったのです。

ダイヤカットを施した美しい針。分針は外縁のミニッツ表示に届くよう設計。6時位置の「SD(Special Dial)マーク」は金無垢のインデックスを示すもの。

ダイヤカットされた多面体のインデックスや針は、それまでのノウハウを活かして製作。このインデックスはボンベ式のダイヤルに植字され、これにも高難度の技術が求められますが、セイコーでは既に過去の2作で技術を会得していました。さらに細部の品質を高めるために風防のアクリルの接着材料や、金張り技術の向上にも着手。どっしりと存在感があるラグ部分は、独自の技術でロー付けされ、細部も完璧に磨き込まれました。

ラグ部分は別体で仕上げてから、丁寧にロー付けをしてケースと一体化させている。斜面をつくることで光の反射を増やし、高級感を演出するのもテクニックだ。

1960 年代といえば、IVYファションが大流行し、鮮やかな配色やミニスカートなど、既成概念にとらわれぬ新しい感性が芽吹きだした時代。もはや時計の評価基準も、ムーブメントの品質だけではなくデザインの美しさも大きな価値をもち始めていました。高精度でありながらエレガントさも両立させた初代グランドセイコーは、まさに“時代を映し出す鏡”でもあったのです。




ブランドを象徴する、ロゴマークの誕生秘話。

ロゴマークのデザインは、 服部時計店の本店と支店の合議制で決められました。本店では意見が割れましたが、大阪支店と名古屋の支店がドイツ文字を支持。その結果、現在のグランドセイコーにまで受け継がれるロゴマークが完成しました。


高級時計の矜持を示した、幻のプラチナモデルとは?

初代グランドセイコーは金張りケースとして知られていますが、実はプラチナケースも存在しました。通常品の5倍以上の14 万円の高価格でしたが、特別限定品のような形式ではなく販売されました。つまりグランドセイコーはラグジュアリーウオッチとしても評価されていたのです。(写真は個人所蔵品)

現代に受け継がれた、グランドセイコーのDNA

2017年3月、グランドセイコーは新たなスタートを切りました。SEIKO傘下の1ブランドから離れて「Grand Seiko」 という独立したブランドとなって、これまで受け継がれてきた“実用時計の最高峰” というコンセプトからさらなる高みを目指すのです。

今後のモデルは、完成の域に達した高精度技術やデザインに敬意を払いつつ、12時位置に “GS” “Grand Seiko”のロゴが掲げられます。

新生グランドセイコーからの第一弾は、初代へのオマージュを込めた限定コレクション。「復刻デザイン」はプラチナ、イエローゴールド、ステンレススチールの3種のケースを用意。初代モデルを現代的に熟成させた「現代デザイン」は軽く、硬く、美しい新素材のブリリアントハードチタン製ケースが用意されます。

今後のグランドセイコーは、グローバルブランドとして更なる進化を遂げることになります。スイス時計の強力なライバルとして生まれたグランドセイコーは、再び原点に立ち返ったのです。

Grand Seiko SBGR305

初代のエッセンスを活かしつつ、実用的なカレンダーを備え、軽くて着け心地に優れる新素材、ブリリアントハードチタン製ケースを採用。ケースのボリューム感も特徴 的な「現代デザイン」モデル。10 気圧防水で日常づかいにも最適です。自動巻、ブリリアントハードチタンケース、ケース径40.5mm、世界限定968本、グランドセイコーマスターショップ限定モデル。750,000円+税(6月9日発売予定)

Grand Seiko SBGW252

初代モデルの雰囲気を忠実に受け継いだ「復刻デザイン」モデル。文字板のロゴは浮字となり、6時位置に耐震装置「ダイヤショック」の名や18K製のインデックスであることを示す「SD(Special Dial)マーク」も入ります。手巻、18KYGケース、ケース径 38.0mm、世界限定353本、グランドセイコーマスターショップ限定モデル。1,800,000円+税