suzuki takayuki、アイデアは100年前の西洋ワークウエアから

  • 写真:江森康之
  • 文:高橋一史

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語れる服 Vol.5:職人のごとく布と向き合う、suzuki takayuki の服づくり。

定番の膝下丈パンツ、ワーク調テーラード

suzuki takayukiは、「モード」より「スタイル」を生み出すブランドといえます。メンズの主なアイデアの源は、1920年代の東ヨーロッパやドイツの民衆の衣服。写真家アウグスト・ザンダーのポートレート写真を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれません。手仕事で丁寧に仕立てられながら、上流階級とは異なる生活感がある服です。スズキさんが語ります。
「昔の東欧の衣服は、どこか陰りがありながらも上品さが感じられます。大量生産時代に移行する前の、手工芸的な服に惹かれます」。ここに紹介するパンツは、そんな彼らしさに満ちた定番的アイテム。膝位置をダーツ処理で立体的に仕上げています。
「モダンダンスの衣裳を長年手がけていることもあり、服の可動域にすごく気をつかうようになりました。パンツは見た目より細く、穿くとスッとしたシルエットになります」。生地にも上質なコットンが使われ、アメリカのワークウエアとは趣の異なるヨーロッパのエッセンスが現代的に表現されています。
内側にサスペンダーボタンつきのニッカボッカーズふうパンツ。 ¥32,000(税抜き)
同素材パンツもあり、セットアップスーツにもできる麻ジャケット。¥61,000(税抜き)
鮮やかな発色のネイビーブルーの麻ジャケットも、実にsuzuki takayukiらしいアイテム。「着続けて美しくエイジングする天然染料が好きなのですが、このジャケットは彩度を高くしたかったので合成染料で染めています。藍染めにすることも考えて、すごく悩んだ上での結論です。裏地には、綿(わた)の色を生かした生成りコットンを用いています。袖裏は一般のドレッシーなテーラードジャケットと同様のキュプラにして滑りを良くしました」。袖の形が肘から前に大きくカーブしているのは「前振り」と呼ばれる人体構造に則した仕様で、18世紀の服の応用です。折り返し襟にもボタンがつき、立ち襟で着ることができるディテールは、現代のテーラードのルーツです。

麻の風合いに魅了されて。

シャツのデザインスケッチ。
suzuki takayukiをよく知る人に「このブランドの代表的な服素材は?」と尋ねたなら、誰もが「麻」と答えるでしょう。スズキさんは、麻布の風合いと染めの追求でも知られるデザイナーです。2012年にNHKのテレビ番組「美の壺」のfile241、「麻」に出演したときも、この素材の魅力について「年月を経て味わいが変化すること」と語っていました。織り目が粗く通気性がよく、濡れてもすぐに乾く麻は高温多湿な日本の気候に最適な素材です。わが国でも古来より農作物として栽培され、東北の寒い地域でも作業着として着られてきました。こうした麻がsuzuki takayukiの今季コレクションでもふんだんに用いられています。フロントにタキシードシャツのようなプリーツがついたロングシャツは、コットンが主流になる以前の麻シャツを彷彿とさせるデザイン。ヒップを覆う長い着丈も、アンダーウエアを兼ねていた時代に多く見られた形です。
カバーオールジャケットのデザインスケッチ。
生成り、黒、ネイビーの3色展開のジャケット。 ¥44,000(税抜き)
レディスウエアをデザインするとき、紙にイメージを叩きつけるように抽象的なドローイングを描くスズキさんですが、メンズのデザイン画では、ディテールまで描き込んでいます。その理由を彼が説明します。
「コレクションの全体像を重視するレディスと比べて、メンズは単品発想でデザインすることが多いです。そのため、詳細に描いた絵から服づくりを始めるのです」。完成した服はカバーオールジャケットで、やや光沢のある麻布を使いドレッシーに仕上げられています。
「今季コレクションは透明感のある上品なニュアンスを大切にして制作しました。その中でもこのカバーオールは、ワークウエアを格上げしたアイテムとして個人的にも気に入っている一着です」
シャツ用の無漂白の貝ボタンは、彫り刻みが美しいクラフト的なオリジナル。

価値観を共有するコミュニティをつくりたい。

1500年代のコルセットのパターン図。
胸元にビンテージレースをあしらったウェディング用衣裳。
「モノをつくる」楽しさを多くの人に伝えるため、スズキタカユキさんはアート活動も行っています。ファンにはよく知られた不定期開催のアートイベントが「サーカス」。音楽演奏に合わせてダンサーが踊り、スズキさんが布にハサミを入れてミシンで縫う即興パフォーマンスです。このような服づくりができるのは、彼が独学でトルソーに布を巻きピンで留めて縫うことを繰り返してきたからにほかありません。アトリエには100年ほど前のスタイルブックやパターン(型紙)資料が山積みされています。
「今の世の中はモノがあふれていますから、つくるなら特別なモノにするべきと考えています。不特定多数向けの服だとしても、どこかパーソナルにしたいのです」。彼はウェディング用衣裳も手がけており、パーソナルユースに対応しています。ときには、新郎のために特別にタキシードを仕立てることもあります。
取材のために正装で(?)ボルサリーノのハットを被り白シャツを着たスズキタカユキさん。
ファッションデザイナーであり、昔ながらのテーラー職人のようでもある彼の服は、人が着ることで10割になる、完成度7、8割のバランスで計算されています。メンズは東京・伊勢丹新宿店メンズ館2Fや、全国の個人オーナーのショップなどで取り扱われていますので、ぜひ店頭で手にとってその味わいを感じてください。
スズキさんは現在、価値観を共有する、いわばコミュニティのような人々とのつながりを大切にして活動を続けています。それこそが、現代の移り気なモードに対抗しうる手段なのかもしれません。
「僕はファッションという枠組みの中で端のほうにいる人間です。それでもsuzuki takayukiの服や考え方を好んでくれる人とつながりを持ち続けたいと願っています。こうしたコミュニティを世界中につくることが今の望みなのです」