バックパック界の巨匠の挑戦

  • 写真:江森康之
  • 文:高橋一史

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アメリカのモンタナ州ボーズマンを拠点にハイスペックなバックパックをつくり続ける「ミステリーランチ」。来日したブランドの創始者、デイナ・グリーソンに聞いた。

リーズナブルな新生産ライン。

2000年に誕生したミステリーランチは、数十年間バックパックをつくり続けてきたデイナ・グリーソン渾身のブランドです。製品は彼のオフィスを併設するアメリカの自社工場で丁寧につくられるため、価格は決して安くありません。しかし2013年からは一部のアウトドア用バックパックを中心に、生産拠点をフィリピンのクラーク フィールドに移した手頃な価格帯の新ラインが加わりました。購入しやすくなったのは嬉しいニュースですが、ファンの中にはグリーソンが常駐する工場製でないことに、一抹の不安を感じる人もいるでしょう。しかし彼は明確な答えで、その懸念を払拭しました。
「安心してください! 当社があるアメリカのモンタナ州『Bozeman』の地名をタグに明記しているのと同様に、『Clark Field』の名をタグに入れるほど、クオリティに自信があります。ミステリーランチは2012年に総生産量がピークを迎え、アメリカ以外の製造地を探す必要が出てきました。フィリピンに決めたのは主に3つの理由があります。一つはこの土地に(米軍基地があり)アメリカ人が多く住んでいて、英語でコミュニケートできたこと。もう一つは工場に優れた技術をもつ人がいたこと、さらに、本社にフィリピンに住んだ経験があり、市民権をもつスタッフがいたこと。新工場はミステリーランチの独占製造で、スタッフには適切なサラリーと社会保障費を支払っています。物価が安い国で高いスキルを備えている人を雇い、雇用を長く続かせることでアメリカと同様の品質を保ち、低価格も実現させたのです」

独自に考案したディテール。

アウトドア用のバックパックにも、ミリタリー用と共通するディテールが搭載されています。上写真のモデルは容量38Lの「スナップドラゴン」(¥49,350)。一目でこのブランドと分かる「3ジップアクセス」(上、上段写真 )は止水仕様で、メインコンパートメントをほぼ瞬時にフルオープンできる高性能の開閉システム。縫製が難しいため、彼ら以外のバックパック工場ではつくれないと言われる優れモノです。ボディに固定させるウエストベルトは不要なときに本体のサイドに収納可能(上、下段写真 )。本体生地には「コーデュラ」ナイロンを用いています。
「生地で重視するのは、タフネスとウォータープルーフ。長年いろいろな生地メーカーと仕事をしてきた中で、『インビスタ社』のコーデュラが最高という結論を得ました。紫外線への耐性にも優れていますしね。表面にテフロン加工を、裏面にはポリウレタンコーティングをして、生地の耐久性能を高めています」
3ジップアクセスと並ぶミステリーランチのアイコンが「フューチュラヨークシステム」。どんな身長や体型の人でも最適なフィットで背負えるように、バックパック本体と背面パッドの位置を上下にずらすことができる画期的なシステムです。容量33Lのコンパクトな「スイートピー」(上写真 ¥47,250)にも、このシステムが搭載されています。本体とパッドはベルクロ留めで固定するため、無段階に長さ調整できます。センターには背中の捻じれた動きにも対応する柔軟なフレームが入っており、抜群の安定度を誇ります。
「これは、戦場の兵士の必然から生まれました。誰かが倒れたとき、重い荷物をほかの人が代わりに持ち運ばなければならないことがあります。そのときに次のユーザーの体型に素早くフィットできるように考えたシステムなのです」

次のページでは、ミステリーランチの成功のルーツともいえるミリタリーモデルが登場します。

兵士が認めたタフネス。

もし都市生活で気軽に使うなら、または山登りに持参するなら、ミリタリー用バックパックはベストの選択ではないかもしれません。例えば、容量38Lの「コモドドラゴン」(上写真 左 ¥53,550)で2.5kgの重さがあり、超軽量とまではいえないからです。戦場の兵士は重さに耐えるトレーニングを受けているため、タフネスを最優先してパックを選んでいます。既成品として販売されているモデルは、グリーソンが兵士との対話を重ねて完成させたもの。アメリカ軍以外にも、カナダ軍、オーストラリア軍がミステリーランチを採用しています。
3ジップアクセス、フューチュラヨークシステムはもちろん搭載。「ナショナルモールディング社」製のすべり止め機能つきストラップバックル(上写真 左)を始めとする細部のパーツにも抜かりはありません。パック内の色を明るくして視認性を高めたアレンジはミリタリーモデルならでは。背中側の両サイドにEVA素材の箱型プロテクター「ボルスター」を取りつけて横ブレを防ぐ工夫も見られます。そして、本体生地にも驚きの性能があることをグリーソンが明かしてくれました。
「ミリタリーモデルには、夜間のナイトビジョンに映らない特殊加工生地を採用しているのです。軍モノの仕様は秘密が多いから、これ以上深くは話せませんけど(笑)」
ミリタリーシリーズの中には、使う用途に応じてユーザーが自由に収納部をジョイントできるユニークなシステムもあります。背負う部分だけを独立させた構造の「ナイスフレーム」に様々な収納パーツを取り付けることで、好きな形状へと変化させられるのです。大小のバッグがセットになった「ナイスクルーキャブBVS」(上写真 ¥91,350)は、収納部を内側に折り畳めばコンパクトサイズになり、広げて囲いのように取り付け直せば中央に大きなオープンスペースが生まれ、収納力が格段にアップする超個性派モデルです。

都会にフィットするカジュアルモデル。

「ミステリーランチのメインターゲットは、ベリーハードに働くプロフェッショナルなユーザー」と語るグリーソン。その一方で彼は、世界中のディーラーやユーザーから寄せられる声に応えたカジュアルな商品もラインアップしています。カラフルな「ロードセルショルダー」(上写真 ¥8,000/税抜き価格、来春発売予定)は、本格バックパックと同一のコーデュラナイロンを採用しながら、ポケットの数を減らして軽量に仕上げたショルダーバッグ。プライスも一万円以下とグッとこなれています。
ハンドル付きクラッチバッグ(上写真 左 :¥5,000/税抜き価格、来春発売予定)はYフロントジッパー仕様の「エンベロップ」。書類を収めやすいPC保護パッドつきの便利なケースです。「日本ではファッションとして人気だから」という理由でカモフラ柄になっています。「エクスパンダブルスリーウェイブリーフケース」(上写真 右:¥23,000/税抜き価格、来春発売予定)も、ミステリーランチらしさが漂うアイコニックで機能的なジッパーデザインが印象的なモデル。保護パッドつきの内部は仕切りやポケットが多く、容量の拡張性もあってビジネスマンの1~2泊の出張にも役立ちます。
「これらのモデルも抜群の堅牢さと使い勝手を誇り、日常で安心して使えるようにつくられています。兵士は戦場で戦っていますが、ビジネスマンは都会で戦っているのですから、彼らもハードユーザーの一員なんですよ」
1975年に設立した「クレッターワークス」、85年の「デイナデザイン」を経てミステリーランチに活躍の場を定めた現在のデイナ・グリーソンは、家族とともに仕事をしています。息子の一人、デイナIII(スリー、上写真 左)はデザイナーとしてアウトドアおよびカジュアルパックを担当。シアトルの工場ではデイナの娘が品質管理を行っていますし、ファミリーの結びつきは強いようです。もっとも親子で無邪気にふざけ合うこの写真を見れば、仲の良さなど語らずとも明白というものでしょう。デイナIIIは、復刻版クレッターワークスのデザインも任されています。
「このブランドを息子に託して復刻した理由は、日本を始めとする世界のディーラーが昔のバックパックをカッコイイと言ってくれたからです。私にとっては過去の遺物でしかなかったのに、今の時代に新たな価値を生むことを知りました。日本のお客さんはこうした異なる物の見方を我々に与えてくれます。それはデザイナー冥利に尽きるとても新鮮な経験なのです」

問い合わせ先/エイアンドエフ TEL : 03-3209-7579
MYSTERY RANCH  www.mysteryranch.jp