ヘラ・ヨンゲリウス、セオリーを打ち破るものづくり【後編】

  • 文:土田貴宏

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現代デザインの精鋭たち File.03:デザインシーンを揺さぶる、ヘラ・ヨンゲリウスの実験精神。

色彩の役割を再定義する

「Gemstone Table」は、水晶、オニキス、ルビー、翡翠と呼ばれる4タイプが、パリのギャルリ・クレオから2013年に発表された。
色彩は、モダンデザインの歴史の中であまり注目されてこなかった要素です。20世紀の家具の名作とされるものは、多くが構造、機能、素材などの革新性によって評価されてきました。しかしヘラ・ヨンゲリウスのようにフィーリングを活かしてデザインに向き合うなら、視覚を刺激する色彩を重視するのは自明のこと。彼女は、コンテンポラリーな感性によって色の価値を再定義するような活動を継続して行っています。「Gemstone Table」(上写真)は、パリの名門デザインギャラリー、ギャルリ・クレオから昨年発表された新作で、縞瑪瑙やマラカイトといった天然の貴石にインスパイアされた作品です。乳白色系のさまざまな色彩の樹脂を積層し、カットして美しい縞模様を生み出しました。単に自然の素材を取り入れたり、模倣するのではなく、工業的な素材やテクノロジーを用いて自然の色彩美の再構成を試みたのです。
イームズ夫妻がデザインした「Hang-it All」の新しいカラーは、ヨーロッパなどで販売されている。
ヘラ・ヨンゲリウスは、スイスの家具ブランド、ヴィトラのカラーディレクターを5年ほど前から務めています。それ以降、ヴィトラの家具は、彼女が中心となって制作したカラーパレットに基づいて色づかいや色のバリエーションが決められるようになりました。過去からラインアップされているアイテムも、新しい色によって次々に生まれ変わっています。2013年のミラノサローネでは、チャールズ&レイ・イームズの「Hang-it-All」(上写真)がまったく新しいカラーリングで発表されて話題を呼びました。1953年にデザインされたオリジナルは、赤、青、黄色、オレンジなどのマルチカラーでボールを彩ったポップなデザインでした。ヨンゲリウスは、ボールを同系色のグラデーションにして、フレームのワイヤーの色も変えています。現代の多様なインテリアに合う「Hang-it-All」の誕生でした。彼女は、単に色をリサーチするだけでなく、プロダクトとして、また空間の構成要素として、色を見極める力が優れています。その視点から、色の力を現代空間に解き放つのです。
ロッテルダムで開催された「Misfit」展では、展示品の色合いも重要なテーマになった。
2010年秋から翌年にかけて、オランダのロッテルダムにあるボイマンス美術館で、ヨンゲリウスの回顧展「Misfit」が開催されました。現在はベルリンに拠点を移した彼女ですが、ロッテルダムは長年、自身のスタジオを構えていた街です。この展覧会(上写真)では、彼女の活動の軌跡が、自身の会場構成によって紹介されました。会場で最も目を引いたのは、それぞれ異なる釉薬を施し、リング状にレイアウトされた300点ものフラワーベースの連作「300 Coloured Vases」でした。これもまた、陶磁器における色の表現を探求する実験だったのです。もうひとつ、この展覧会で注目された色づかいは、黒い壁面です。用いられた塗料は「Colourful Blacks」というペンキで、やはりヨンゲリウスがデザインしたもの。これは16種類の黒いペンキで、同じような黒でありながら、赤みがかっていたり、青みがかっていたりと、1種類ずつわずかに色合いが異なります。このコンセプトからも、色彩の効果に対するヨンゲリウスの感性の鋭さがうかがえます。

アッサンブラージュの意外性

ニンフェンブルクから2004年に発表された「Animal Bowl」は、そのインパクトからヨンゲリウスの知名度を大きく高めた。
ヘラ・ヨンゲリウスの活動を見ていくと、自然の要素が大きなインスピレーションの源になっているのがわかります。それらの中には、驚くほどストレートにその要素を活かしているものもあります。ドイツの歴史ある磁器ブランド、ニンフェンブルクの「Animal Bowls」は、犬、カエル、カタツムリ、子鹿などのフィギュアをボウルと一体にしたユーモラスなプロダクト。これらの動物は伝統的な置物としてニンフェンブルクが製造していましたが、ヨンゲリウスはそれをボウルの上に置き、手描きのデコレーションを施して、現代のテイストに合うオブジェに仕立てました。こうした発想は、合理性優先の市場と生産現場の機械化によって失われがちな緻密な手仕事を、次世代に受け継いでいくためにも有効です。
「Natura Design Magistra」というシリーズのひとつ、「Frog Table」
「Frog Table」(上写真)は、「Animal Bowls」のコンセプトを部分的に受け継いだテーブルと捉えられそうです。プレーンな木のテーブルの一部が、巨大なカエルの彫刻になっています。ただし「Animal Bowls」は、食器というよりは置物としてデザインされていました。「Frog Table」のほうは、家具としての役割と彫刻としての存在感が密接に結びついている点で、より実験的な意味合いが強くなっています。私たちは普段、テーブルを使う時、その機能から恩恵を受けても、愛着の対象として見ることは多くありません。そこに大胆な装飾性を付与し、強く主張させることで、ものと人との関係性が濃厚なものへと変化するのです。同じシリーズとして、陶製のカタツムリがついたテーブルや、樹脂製のウミガメが天板を支えるテーブルも発表されています。
「Sphere Table」はブルーとイエローの2色をラインアップ。半球形のパーツは左右どちらにもつけられる。
「Sphere Table」(上写真)は、ヘラ・ヨンゲリウスが中心となって進めたニューヨークの国連本部のプロジェクトのためにデザインされたワーキングテーブルです。オープンなラウンジ空間でPCなどの作業をする人々のためのものであり、集中力を高めるように半球形のパーツが取り付けてあります。このパーツは半透明なので、壁やパーティションとは異なり、作業する人と周囲の人々を自然に隔てる働きをします。同じようなニーズは、オープンなレイアウトが増えているオフィスでも多く見られることでしょう。こうした現代的な機能を備えているものの、この「Sphere Table」を「Frog Table」と同じ系統のデザインと考えることもできます。シンプルなテーブルに彫刻的な半透明のパーツがプラスされた姿はどこか微笑ましく、それによってやはり家具と人の距離を縮めているからです。

空間へと広がる試み

KLMのビジネスクラスは、プラスティックを多用した無機的な空間からの脱却を図った。
オランダのエアライン、KLMの国際線のビジネスクラスのインテリア(上写真)は、昨年からヘラ・ヨンゲリウスのデザインしたものへと置き換えられています。シート、カーペット、カーテン、乗務員のユニフォームなど、機内のデザインはアイテム数がきわめて多く、さまざまな制約があります。前衛的なデザインを数多く手がけてきた彼女が、このようにオランダという国を代表する仕事を任せられるのは、この国が革新的なデザインの価値を高く認めている証しでもあります。ヨンゲリウスは、KLMのコーポレートカラーであるブルーを基調にインテリアを構成していきました。彼女の仕事としてはシンプルに見えますが、クラフツマンシップを感じさせる数種類のテキスタイルや、画一的でないディテールなど、ユニークなアプローチが随所に見られます。このKLMのプロジェクトは、ラグジュアリーやエレガンスといった価値観そのものが変化しつつあることを示しています。
ニューヨークの国連本部ビルの代表団北ラウンジ。
ヨンゲリウスにとって過去最大のプロジェクトとなったのが、2013年秋に完成したニューヨークの国連本部ビルの代表団北ラウンジのリノベーションでした。彼女がプロジェクトチームのメンバーを選定し、建築家のレム・コールハースやグラフィックデザイナーのイルマ・ブームらも加わってリノベーションが進められました。「Sphere Table」は、この場所のためにデザインされたものです。ヨンゲリウスは他にも椅子、カーペット、日除けをデザインし、空間全体のカラーパレットの制作や家具のセレクトも手がけました。このプロジェクトは、現代におけるフォーマル感を再定義するものでもありました。快適さを重視しながらも、空間には多彩な色があふれ、オランダや北欧のモダニズムの名作家具と現代のクリエイションがモザイク状に組み合わされています。
ヘラ・ヨンゲリウスが長年にわたって提示してきたクラフト感、不完全性、多様なモチーフ、多彩な色づかいなどは、近年のインテリアやデザインの大きなトレンドを先導するものでした。それは、彼女の影響が世界に波及したというよりは、時代とともに同時発生的に起きたように見えます。つまり彼女のデザインは、ある種の予言のような働きをしたのです。ヨンゲリウスは、プロジェクトごとにさまざまなリサーチを積み重ねますが、価値基準のとても大きな部分が個人の直感に基づいています。だからこそ、時代のはるかに先を行くデザインに辿り着けるのでしょう。デザイン以外の領域から見ても、彼女の活動には新しいクリエイションのヒントになりうることがたくさんあるのではないでしょうか。(土田貴宏)