コンスタンティン・グルチッチ、失敗を恐れず、新しい日常をつくる。【後編】

  • 文:土田貴宏

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現代デザインの精鋭たち File.02:コンスタンティン・グルチッチが探る、次のかたち、次の機能。

2013年夏、コンスタンティン・グルチッチはフランスのマルセイユでインスタレーションを行いました。舞台となったのはル・コルビュジエ設計のユニテ・ダビタシオンで、1952年の完成当時の姿が保たれている一室です。この部屋では、2008年にはジャスパー・モリソンの、2010年にはロナン&エルワン・ブルレックのインスタレーションが行われてきました。グルチッチのインスタレーションは、自らデザインしたプロダクトの中でも特に気に入っているものが選ばれ、レイアウトされました。マジス、クラシコン、フロス、フレートット、マルソット・エディツィオーニ、マツィアッツィ、オーセンティックスといったブランドのアイテムが採用されています。それらとともに目を引くのは、シド・ヴィシャスらパンクロッカーのポートレートで壁面が飾られたこと。グルチッチが意図したのは、パンクロックとル・コルビュジエに共通する、純粋さと妥協しない精神をシンクロさせることでした。言うまでもなく、そこにグルチッチのイメージを重ねることができます。
2012年のヴェネツィア・ビエンナーレ建築展。この時は「REDUCE / REUSE / RECYCLE」というタイトルで、価値が認められにくい過去のビルや住宅を、さまざまな視点や手法によって再活用する16件の事例が紹介されました。展示構成を担当したグルチッチは、やはり壁面を使い、それぞれの手法を伝える写真を掲示します。ビエンナーレ会場の中でも、ドイツ館は天井の高い広々とした建物。大きな写真を使うアイデアは、その条件を生かしたものでしょう。またヴェネツィアのいたるところで目にするパッセレッレ(海面が上昇して島が水浸しになる時、歩道代わりに使われるテーブル状の台)を、会場内の順路を示すために配置して、そこに展示画像のデータを記載しました。この台は、ゆっくり展示を観るためのベンチにもなります。「REDUCE / REUSE / RECYCLE」展は、ヴェネツィアへの敬意をさりげなく表現しながら、きわめて廃棄物の少ない展示になりました。
2010年の『BLACK2』(ブラック・スクエア)は、「もの」に対するコンスタンティン・グルチッチの独自の視点を感じさせる、ユニークなエキシビションでした。彼はこの会場で、あらゆる領域から「黒くて四角いもの」を選び、51点を会場に並べました。黒い立方体は自然界に存在しないことから、人間が知恵と技術によってつくり出すものの象徴と考えることができます。イスラム教の聖地とされるカーバ神殿をはじめ、黒い立方体(または四角)が神聖なものと結びついた例は多いようです。一方、安価で機能優先のプロダクトにも、黒いプラスティックが多用されています。ここに展示されたのは、プラスティックのフロア用パレットや石油タンク、レゴブロック、ブラウンの計算機、プリンスのブラック・アルバム、iPhoneのチップ、シャネルのハンドバッグ、アメックスのセンチュリオン・カード、日本の鋳物、御影石の墓標、聖書などなど。ストイックな展示空間は、多様な思想や意図から生み出されたオブジェで満ちていたわけです。

デザインに失敗はない。

『DESIGN REAL』(2009年)はコンスタンティン・グルチッチがキュレーションした展覧会で、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーにおける初めてのデザイン展でした。「コンテンポラリーアートと同様に、デザインは常に変化しつづける社会を形づくり、また反映する」とグルチッチは「DESIGN REAL」展に際して述べています。こうした理解の上で、彼は日常的に役立っている工業製品を、アートピースのように鑑賞する状況をつくったのです。誰もが知っている日用品や、著名なデザイナーによるプロダクトもあれば、産業用ロボットや人工臓器などもありました。共通していたのは、形態から伝わるクオリティの高さと、機能と結びついた審美性です。個々の展示品の特徴や背景は、会場内に設えられたラウンジスペースでiPadを通じて提供されました。インダストリアルデザインの理想形をグルチッチ自身がどう捉えているかを、この展覧会では実例を通じて体感することができました。
2006年のケルン国際家具見本市に合わせて、グルチッチはケルン市内の特設レストランの空間をデザインしました。会場となったのは、ドイツ国鉄本部として使われていた建物の広いホールです。フロアには無数のペルシャ絨毯が敷かれ、その上にグルチッチがデザインした白い家具がレイアウトされました。現代のテクノロジーを活かして生まれた彼の家具の幾何学的フォルムが、伝統的な装飾様式と小気味いいコントラストを生んでいます。こうしていくつかの例を見ていくと、グルチッチの空間づくりは演出的要素を最小限にしていることがわかります。彼は謙虚にも、自分は空間のデザインが決して上手ではないと語っています。しかし核となる発想の本質にオリジナリティがあるのです。スイスのバーゼル近郊にあるヴィトラ・デザイン・ミュージアムでは、2014年3月22日からグルチッチにとって最大規模の個展「Panorama」が開催されます。この展覧会では、これまで発表してきたプロダクトや最新のプロジェクトのほか、近未来の生活空間についての彼のヴィジョンを提示するインスタレーションが公開される予定です。それは、デザインが向かう方向を探るものとしても、大きな注目を集めるに違いありません。
「Champion」は、パリのギャルリ・クレオのためにデザインされたリミテッドエディションのテーブルです。家具として見れば、「Champion」が魅力的かどうかは意見が分かれそうです。少なくとも万人受けするものではないし、空間との調和も難しいでしょう。フレームに描かれたグラフィックは、スキーやレーシングカーなどにインスパイアされたもの。グルチッチは、表層的な色、言葉、シンボルなどが、人々がプロダクトを認識する上でどんな効果を果たすかを実験したのです。彼のデザインには、往年のエットレ・ソットサスやアキッレ・カスティリオーニがそうだったように、自らの信念に従って突っ走っている感覚があります。まるで、デザインに失敗はない、デザインは自由なのだと主張しているかのように。こうした信念の強さと自由さは、人とものとの本来あるべき関係のメタファーではないでしょうか。