吉田直嗣さんの、「いま」の空気を纏ううつわ。

  • 写真:永井泰史
  • 文:小川 彩

Share:

デザインやファッションのディレクターから料理研究家まで、幅広い層に支持されている作家・吉田直嗣さん。10月1日号「Pen」にて掲載のフリーカップをオンラインで特別に販売します。

掌に心地よく馴染むフリーカップ。これは、今回の特集のために吉田直嗣さんが特別につくってくれたものです。

同じフォルムで同じ仕上げでも、ひとつひとつ変化を感じるうつわを意識している、という吉田さん。このフリーカップも、白磁を黒の釉薬に手で浸してできあがる掛け分けのラインや、窯の中で炎の当たり方によって変化する黒の釉薬の濃淡など、表情が1点ずつすべて異なります。自分だけのたったひとつのうつわを選ぶ楽しさが、吉田さんの作品にはあるのです。

同世代の男性がセレクトショップで気軽に手にしたり、日本料理店のプロが愛用していたり。さまざまな使い手がいることも、吉田さんの特徴かもしれません。「何となくいいね」と気軽に選べるカジュアルさと、オブジェのような存在感も漂わせるフォルム。その魅力の背景を訪ねて、静岡県富士山麓にあるアトリエにお邪魔しました。

黒と白のうつわが生まれる、森のアトリエ

アトリエ前に立つ吉田さん。
吉田さんの作業場。ろくろのまわりはシンプルに片付いている。

豊かな森に囲まれた別荘地の一角に、吉田さんのアトリエと住まいはあります。東京造形大学卒業後、陶芸家の黒田泰蔵氏に師事し、3年間の修業を経て独立しました。2003年に富士山麓の一軒家をリノベーションし、制作を始めます。自身で増築したアトリエと窯場は整然としていて、もの静かな吉田さんの佇まいにどこか重なります。

「独立して作品をつくりはじめたとき、“焼き味”とか“土味”という焼き物業界で評価される感覚にはあまり共感できませんでした。自分にとってフォルムの美しさが最も大切で、シンプルな形を評価してもらいたかった。それはいまも変わりません」と吉田さんは話します。

どのくらい使いやすいかという点よりも、フォルムを好きか嫌いかで判断してもらいたい、と感じている吉田さん。「機能的なものが美しいということには半信半疑ですが、美しいものが使いやすいということもあるのでは」と考えています。

窯で焼かれるのを待つうつわたち。
シンプルななかに、わずかな癖が潜む吉田さんのうつわ。

個展を控えたろくろ場には、窯に入る前の作品が棚に並んでいました。一見、口縁の薄さなど危うげな形状のようですが、高台の作り方や大きさ、手取りの重さが安定しているかなど、最低限の機能をおさえています。その背景には、アートを志向したシンプルなフォルムだけでなく、使いやすさも配慮した師匠の作品を数多く手にした経験があるといいます。

うつわとしてきちんと使えるベースがあった上で美しさを追求することは、吉田さんにとって大切なことなのです。

自宅に隣接するアトリエ。ここで多くの時間を過ごす。

住まいから続く窯場と奥のろくろ場には、国内外のファンや熱心なコレクターがよく訪ねてきます。時には出張で来日したビジネスマンがメールでアポをとり、通訳無しでやってくることも。普遍的な「良い」ものを、感覚的に求めている方が吉田さんのうつわに惹かれるのは、焼き物という土着性や、ストーリー性を超えた仕事を意識しているからではないでしょうか。うつわのギャラリーだけでなく、ファッション関連のセレクトショップなど異業種の方との仕事が多いのは、そのためかもしれません。

気負わないうつわの美しさは、ありふれた日常から。

アトリエの梁にかけられた、趣味の自転車。アトリエ周辺はアップダウンも多く、自転車を楽しむ格好の場所だ。
色の掛け合わせをみて、すぐにピンときた人も多いのでは。そう、自転車好きには憧れのあの色です。

普段からコットンのシャツとパンツにスニーカーというカジュアルなスタイルが多い吉田さん。ロードバイクのツーリングが趣味で、壁にかかった水色の「FUJI」のほか、愛車の「NISHIKI」や「VIGORE」が玄関に並んでいました。実は取材中に、吉田さんにしては珍しい染付けのマグカップを発見。描かれた5色のラインは、世界選手権自転車競技大会で優勝した選手に贈られるジャージ「マイヨ・アルカンシエル」からの引用とか。肩の力の抜けた形と線には、個展に並ぶ作品とは異なる素の遊び心がのぞきます。

自宅の食器棚は、吉田さんのうつわ一色。というのも、ここでまだ世に出る前のうつわを試しつつ、改良を重ねているのです。
妻との共作や、学びのきっかけとなる古いうつわが自宅にならぶ。

自宅の食器棚には、テストピースや縁をチップしてしまった自作のうつわが並んでいました。さまざまな形状と仕上げのうつわを日常で使いながら感じたことを、次の作品制作にフィードバックすることも多いそうです。また、名品のコレクターや骨董店を訪ねることも大切にしています。オーバル皿の上に載った中国・明末期の端反り小鉢も、とある骨董店の主から預かっているもの。「なぜ、この土地のこの土でこの形を作ったのかという歴史的な必然性を咀嚼すると、シンプルな形を追求するための道筋が見えてきます」と吉田さんは言います。

イラストレーターの妻、薫さんとは「cheren-bel(チェレンベル)」というコラボ名で活動しています。実は人気のオーバル皿は、薫さんがフォルムをデザインして吉田さんがディレクションや仕上げを担当するcheren-belの代表作なのだとか。近作は撥水材で薫さんがドローイングしてから黒釉をかけて焼成した皿で、継続して制作する予定もあるそうです。

フォルムの美しさをストイックに追求しつつ、日常の発見を取り入れて自分自身の変化も楽しむ。吉田さんのうつわが「いま」の空気をまとっているのは、そんなバランス感覚があるからかもしれません。(小川 彩)

本記事ならびに9月15日発売号の特集「暮らしが楽しくなるアイデア集。」で紹介している吉田直嗣さんのフリーカップを特別に販売します。全10点のみの限定販売です。お早めにご購入ください。

Pen SELECT:http://pen-select.jp/